第29話 景品は悪役令嬢です、なんてアリなの?
「……何でこんな事になったのかしら……」
自室のベッドに力無く倒れ込みながら、私は深く溜息を吐いた。
あの後、シエルがヒョウタに決闘を申し込んだ事は学園中に知れ渡り。更にジェフリーまで立会人に立候補し、あれよあれよという間に話が進んでいったのだった。
そして何よりも……。
「まさかヒョウタが……決闘を受けるなんて……」
そう、何よりも、肝心のヒョウタが決闘を承諾してしまったのである。
ヒョウタは異世界の転生者だけど、その前に一国の王太子だ。それに対し、シエルはただの使用人。
本来ならば、決闘が成立する筈がない。それどころか、不敬だとその場で断罪されてもおかしくないのである。
けれど、ヒョウタは、決闘を受けた。
正直、ヒョウタは決闘を断るとばかり思っていた。有力な貴族の子ならともかく使用人の決闘を断ったところで名声に傷は付かないし、ヒョウタ自身争い事を好む性格ではなかったからだ。
なのに、ヒョウタは決闘を断らなかったのである。
「ああもう……私は一体どうしたらいいのよ……」
図らずも景品となってしまった身としては、頭を抱えるより他にない。自国の王子との婚約を破棄したと思ったら他国の王太子の決闘の景品にされるとか、前世で読んだどの物語にもない展開すぎる。
私はただ、平穏に毎日を過ごしたいだけなのに……。何で毎回毎回、こんな事になるの?
「……あ」
その時、私はふと思い出した。私がヒョウタにキスされたっていうシエルの誤解……まだ解いてなかった。
そうよ、そもそもそれが発端で決闘なんて話になったのよ。ならその誤解さえ解けば……。
私はベッドから跳ね起き、隣のシエルの部屋に向かう。入口の扉をノックすれば、すぐに返事はあった。
「はい?」
「シエル、私よ。話したい事があるの」
「……」
一瞬の沈黙の後、扉を開けてシエルが顔を出す。私相手なら取り繕う必要もないと思ったのか、服装は薄着で胸のパッドも取った状態だ。
それを誰も見てない事を確認して、中に入る。シエルは扉を閉めると、無表情のまま口を開いた。
「何ですか? お姉様」
「あなたの誤解を解きに来たの」
「誤解?」
う……負けちゃ駄目よ、カタリナ。私はシエルの冷たい目を、真っ直ぐに見つめて言った。
「私とヒョウ……ディアスは、キスなんてしてないわ。あれはただ、顔を覗き込まれてただけ」
「証拠は?」
「ないわ。だから私には、何度も繰り返し訴える事しか出来ない」
シエルの目が、私を見つめ返す。どれくらいそうしていただろう。不意にシエルが、フゥ、と大きな溜息を吐いた。
「解ってますわ、本当は」
「え?」
「お姉様とディアス様はキスなどしていないと、解ってます」
そう言ってもう一度、シエルが大きく溜息を吐く。解ってる……って、じゃあ、何で決闘なんて……?
「これは、わたくしの意地なのです」
混乱し始めた私に、シエルが眉を下げ笑った。そして私の目の前に立ち、顔を見上げる姿勢を取る。
「今は女として生きていても、わたくしは男です。男には、愛する人の為に、戦わなくてはならない時があるのです」
「で、でも、貴方に理由があってもディアスには……」
「あの方は、お姉様を好いておいでですわ」
「……え?」
シエルの言った意外な一言に、私は目を丸くする。ヒョウタが……私の事を好き?
「ディアス様ご自身に、まだ自覚はないようですけれど。それも恐らく、時間の問題だったでしょう」
「……だから、あなたとの決闘を受けたと?」
「ウフフ、恋愛事に鈍いお姉様にしては珍しく、大正解です♪」
……何だろう。何か馬鹿にされてる気がする。
でも、それじゃあ、私が何を言ったって決闘は行われるって事?
「……お姉様は何故、決闘がお嫌なのです?」
そう思っていると、不意に、シエルが問いかけてきた。私は毅然と、自分の考えを述べる。
「決まってるでしょ。景品扱いされて、嬉しい人間なんていないわ」
「わたくしが勝てば、別に今までと何も変わりませんよ?」
「それはそうかもしれないけど……!」
「……カタリナ」
一方的な物言いに思わず語調を荒くなる私に、シエルは柔らかく笑いかけた。そしてそっと、私の手を取る。
「僕は、必ず勝つから。だから心配しないで」
「シエル……」
トクリと、胸が小さく高鳴る音がする。頬もじんわりと、熱を持ち始めて――。
「って! そもそも決闘とか言い出したのは貴方じゃない! 騙されないわよ!」
「あら、そうでしたかしら♪」
と、そこで流されそうになっていた自分に気付いて、すぐに我に返ったのだった。
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