第23話 前言撤回、驚きました

「……あ」

「どうしましたの、カタリナ様?」


 次の授業の為に教室を移動して、席に着いた時。私は、一つの失敗に気が付いた。


「前の時間の教科のノートを、間違えて持ってきちゃったの」

「カタリナ様も、そそっかしいところがおありですのね。可愛らしいです」

「もう、からかわないで」


 クスクスと笑うシエルを軽く睨み付けると、私は席を立つ。ノートがない事には、しっかりと授業が受けられない。


「カタリナ様、ノートでしたらわたくしが取りに行きますわよ?」

「いいえ、このくらい自分で行くわ。それに貴方じゃ、どれがこの授業で使うノートか解らないでしょう?」

「あら、わたくし、カタリナ様の持ち物でしたら総て把握しておりますわ♪」

「……それを聞いたら、ますます任せられなくなったわ」


 いや怖い。怖いんだけど。最近のシエル、ストーカーぶりにますます拍車がかかってない?

 とにかく、急がないと授業が始まるわね。すぐに取りに行かないと。


「すぐ戻るわ。貴方はここで待ってて」


 そうシエルに言い残し、私は教室へと引き返した。



「ハァ……久々に一人になれたわね……」


 廊下を歩きながら、私は深く息を吐く。このところ家でも学校でもずっとシエルと一緒だったから、何だか開放感を感じる。

 シエルの事は嫌いじゃないけど、出来ればもう少し自由は欲しいわね……。今度、思い切って言ってみようかしら。


「……それにしても、この四ヶ月、本当に驚く事が起こってばかりだったわね……」


 激動の四ヶ月を、しみじみと思い返す。まぁその原因の大半はシエルなんだけど……。

 前世の記憶が蘇った事から始まって、シエルが男だと判明したり、リオンとの婚約を破棄したり……。四ヶ月前には、想像も出来なかった事ばかり。

 きっともう、一生分は驚いたわね……。今なら何が起きたって、驚かない自信があるわ。

 そう思いながら、教室に辿り着いた時。私は教室の中に、まだ人が残ってるのに気が付いた。


(あれは……ディアス?)


 その姿を見て、私は咄嗟に物陰に隠れてしまう。教室にいたのは、机に座り顔を伏せたディアスだった。


(どうしたのかしら……周りの反応に落ち込んでるのかしら……?)


 どこか様子のおかしいディアスに、私は入って声をかけるべきか迷う。そうしていると、ディアスがブツブツと独り言を喋り始めた。


「ハァ……緊張するよぉ……知らない人達がいっぱい……やっぱりこんな所でやってくなんて無理だよぉ……」

(……は?)


 聞こえたその内容に、思わず頭の中に疑問符が浮かぶ。え……あれ? ディアスは確かにギャップが売りだけど、こういう形でのギャップではなかった筈なんだけど……?


「大体僕みたいな人見知りのコミュ障が、知らない土地でたった一人でやってく方が無理なんだよ……ああ、ホントにもう……何で僕はディアスなんかに生まれちゃったんだよ……」


 私が混乱している間にも、ディアスの独り言は続く。うん……うん? 待って、今、おかしな事言わなかった?

 コミュ障って、確か前世の世界の言葉じゃなかった? 待って、これ一体どうなってるの?


 ――ガタンッ!


 そう焦って、もっとよく聞こうと身を乗り出したのがいけなかった。動いた拍子に、足の爪先が壁にぶつかってしまったのだ。


「しまっ……」

「誰!?」


 私の立てた音に我に返ったディアスが、バッと顔を上げる。瞬間――私の目とディアスの目が、バッチリとかち合った。


「え、あの、えっと、これはっ」

「あ……カタリナ……? え、今の独り言聞かれた……!?」


 目を限界まで見開き、絶望顔で震えるディアス。……待って、私、ディアスに名前を名乗った事なんて……。


「お……おしまいだぁ! よりにもよって悪役令嬢に、こんなところ見られるなんてぇ!」


 ますます混乱する私を余所に、ディアスは両手で頭を抱えて机に突っ伏す。……悪役令嬢。私がその立場である事を知ってるなんて、ディアスは、まさか……。


「……貴方、もしかして……前世の記憶があるの……?」

「……え……?」


 思わず言葉になって漏れた結論に。ディアスは驚いたように、顔をゆっくりと上げた。


 ――どうやら人生というのは、まだまだ驚きに満ちているらしい。

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