第16話 あくまでこれは「偽装」だからね?

 今日は朝から緊張のしっ放し。何せこんな経験、前世の記憶にもないんだから仕方無い。

 隣を歩くシエルの顔にも、心なしか軽い緊張が見て取れる。それに耐え切れなくなり、私は口を開いた。


「……本当に、上手くいくかしら」

「大丈夫です、お姉様。わたくしもサポート致しますから」


 そんな私に、シエルは力強くそう返す。自分も緊張している筈なのに、こういうところは、やはり見た目は女の子でも本当は男なのだと感じさせる。


「わたくしの恋人役・・・……見事演じ切って下さいませ♪」


 どこか嬉しそうにそう言うシエルに、私は、覚悟を新たにした。



『わたくしの、恋人になっては頂けませんか』


 その突然の告白に、すっかり硬直してしまう私。そんな私を見て、シエルはクスクスと笑い出した。


「か、からかったの!?」

「いいえ、すみません。これはわたくしの言葉が足りていませんでした。正確に言うと、お姉様にわたくしの恋人のフリをして貰いたいのです」

「恋人の……フリ?」


 思わずムッとした私に、シエルは謝りながらそう告げる。そこでやっと、私はシエルのやりたい事が解った。


「……恋人がいるって事にして、ロイドに諦めて貰おうって魂胆ね?」

「その通りです、お姉様」


 成る程、合点がいった。もう恋人がいる事にしておいた方が、誤解が解けるのは早いし納得もさせやすいだろう。

 でも……。


「どうして私なの? 引き受けてくれそうな人なら、他にもいるんじゃない?」


 頭に浮かんだ率直な疑問を口にする。するとシエルは、ほう、と溜息を吐いた。


「……確かに、フリでもいいからわたくしとお付き合いしたいという殿方は多いと思います」

「そう堂々と言い切られると却って清々しいわね……で、彼らに頼まない理由は?」

「間違いなく、その場限りのフリでは済まなくなるからです」


 私の問いに、キッパリと答えるシエル。その眉間には、微かに皺が寄っている。


「一度恋人と紹介してしまえば、後でその方とよそよそしく接するのは不自然になってしまうでしょう。両親に紹介するのと違って、ロイド様とはいつ学園内でお会いするか解らないのですから」

「言われてみればそうね」

「つまり、学園内にいる間はずっと恋人のフリをしていないといけない。……それは、もう、実際に付き合っているのと同じではありません?」

「……確かに……」


 シエルの言い分に、私は納得の頷きを返す。私も前世も乙女ゲーム以外の恋愛事には疎いから、この手の駆け引きは説明されないと理解しにくいのよね……。


「その点お姉様が恋人という事になれば、わたくしとお姉様は基本的にいつも一緒ですから不自然ではありません。女同士である為に周囲には隠しているとでも言えば、恋人らしく振る舞う必要もないでしょう」

「ちゃんと考えているのね……」

「わたくし、自分の為なら労力は惜しみません」


 そう言って胸を張るシエルの事を、純粋に羨ましいと思う。思えば私って敷かれたレールの上で生きるばかりで、こんな風に自分自身の為に何かしようとした事なんて殆どなかったわね……。

 もし前世の記憶が戻らなかったら、こんな風に思う事はなかったのかしら。だったら、前世の記憶には感謝しなきゃね。


「……いいわ。そういう事なら協力してあげる」

「……! ありがとうございます、お姉様!」


 そんな事をしみじみと感じながら承諾すると、シエルの顔がパッと輝いた。うんうん、やっぱりシエルには明るい顔の方が似合うわね。

 シエルが身を乗り出し、私の手を取る。そして、宝石のような蒼い瞳をキラキラ輝かせながら言った。


「お姉様、わたくし達、素敵な恋人同士になりましょうね♪」


 ……うん?

 フリ、よね? フリ、なのよね?

 一抹の不安を抱えながら、その日の夜は二人で綿密な打ち合わせをし、そして、翌日を迎えたのだった。

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