第14話 勘違い男、見参

「アンタに惚れた! 俺と付き合ってくれ!」


 人目も憚らず叫んだ彼に、周りの視線が一斉に向けられる。

 突然の告白に、呆気に取られる私。私のその視線の先には――。


「……は、はい?」


 ――彼に手を両手で握られ、困惑した表情を浮かべるシエルがいた。



 リオンとの婚約解消騒ぎから、およそ一週間ほどが経った。私とリオンの婚約は、国王陛下のご判断により、一旦は保留という形で落ち着いた。

 どうやら、リオンは私との婚約解消に同意しなかったらしい。女の方から申し出た婚約破棄が成立したとなれば、彼のプライドは地に落ちるだろうから想定内ではある。

 ただこの一件は、国王陛下にリオンへの大きな失望をもたらし――。磐石だった第一王位継承権が、危うくなっているという話だ。

 まぁ、それを聞いたところで同情も、ましてや心変わりもしないけどね。元々自分の地位は安泰だって、無意識に慢心してた部分もあったくらいだし。


 とにかく、私はシエルと、そしてミリアムやジェフリーなどの友人達と、平和な日々を過ごしていた。……今日までは。



 昼休み、私とシエルはいつものように、テラスで昼食を摂っていた。今日は久しぶりに、ミリアムも一緒だ。


「それにしても、貴女って本当にカタリナが大好きなのね」


 私とシエルを見比べた後、ミリアムがシエルにそんな事を言った。シエルはそれに、満面の笑みを浮かべながら答える。


「はい。カタリナ様はわたくしの太陽ですわ」

「でも貴女、カタリナの従妹なんでしょう? 自分の従妹の使用人になるなんて悔しくはないの?」


 するとミリアムは、今度はそう切り返した。誰にでも歯に衣着せないこの物言いは彼女の欠点ではあるけど、同時に私が彼女を好きな部分でもある。


「悔しいなどと、一度足りとも思った事はありませんよ」


 けれどシエルはその問いに、キッパリと否定を返す。意外そうに目を見開いたミリアムを、真っ直ぐにシエルは見つめる。


「わたくしはわたくしの意思で、この立場に在る事を望んでいるのです。それにカタリナ様は、わたくしを使用人扱いした事は一度もありません。昔からの家族のように、心を砕いて下さっています。わたくしは、カタリナ様が大好きです」


 迷いなくそう言い切り、ふわりとした笑顔を浮かべるシエル。その笑顔を見ていると……また、胸が甘く疼くような気がする。

 か、勘違いしちゃ駄目よ、カタリナ。今回のは人間的にという意味!


「……フフ。安心したわ」


 そんなシエルに、ミリアムもまた笑顔を返した。まだあまり親しい訳じゃない相手に笑顔を見せるなんて、いつもクールなミリアムには珍しい。


「何がです?」

「カタリナはいい子だけど、昔からちょっと誤解されやすいと言うか、敵を作りやすいところがあったから。でも貴女は本当に、カタリナの味方でいてくれるみたいね」

「はい。わたくしは絶対に、カタリナ様を裏切りません」


 ミリアムったら、私の事心配してくれてたのね……。シエルの返事も合わさって、何だかむず痒い。


「フフ、シエル、だったわね。カタリナだけじゃなくて、私とも仲良くしてくれる?」

「はい。勿論です、ミリアム様」

「ありがとう、シエル」


 和やかに微笑み合うシエルとミリアム。そんな光景に私まで何だか笑顔になった、その時。


「いたあああああ! やっと見つけたああああああああっ!!」


 テラス全体に響き渡るような大声と共に、誰かがこっちに駆け寄ってきた。服装からすると、どうやら貴族階級のようだ。

 栗色の短髪に翠の瞳。見るからに活発そうな顔は喜びに満ちて……ってこの顔、どこかで見たような……。


(……あ)


 思い出した。この顔。ゲームの攻略対象の一人、ロイド・アーネンベルグだ。

 大臣の息子という双子王子に次ぐ学園内での地位にいながら、貴族らしくない振る舞いで父親を困らせているという設定のキャラ。それがどうしてここに?


「どうなさいました? どなたかにご用事ですか?」


 いつもの天使のような愛想笑い――これが愛想笑いと解るぐらいには、私もシエルに慣れてきた――を浮かべながら、ロイドに応対するシエル。ロイドはそんなシエルに近付き、突然その手を取って――。


「アンタに惚れた! 俺と付き合ってくれ!」


 ――ここで時間は、現在に戻る。



「え、ええと……ちょっと待って下さい。わたくし、貴方に一度もお会いした事ないです……よね?」


 これが漫画かアニメだったら頭にハテナがいくつも飛んでいるであろう困惑の表情で、シエルが問いかける。するとロイドは、何故か得意満面の笑みを浮かべた。


「照れなくていいんだぜ! アンタ、いつも俺に笑いかけてくれてただろ?」

「……はい?」

「アンタの笑顔を見てるうちに……俺はアンタに夢中になっちまったんだ!」

「あの、すみません、よくお話が……」


 全く噛み合わない会話を交わす、シエルとロイド。それを聞きながら、私はロイドルートの流れを思い出していた。

 ロイドは気さくで面倒見のいい性格だけど、一つ、ある欠点がある。それは、勘違いがとても多い事だ。

 彼のルートでシエルは、彼が起こす勘違いに散々振り回される事になるんだけど……。


(これは……もしかしなくても……シエルが自分にだけ笑顔を向けたと勘違いしてる!?)


 その結論に辿り着き、私の心に冷や汗が流れる。これは放って置くと絶対、後々面倒な事になる!


「あ、あの、ちょっと……」

「で、どうだ? 受けてくれるか? 俺、絶対アンタを幸せにするよ!」


 私はロイドに話しかけるけど、シエルの事しか認識していないのか全く反応しない。シエルはそんなロイドに珍しく心底困った顔になりながら、何とか返事を考えているようだった。


「その……わたくし達、お互いの名前も存じ上げませんし……そんな状態でお付き合いというのは、ちょっと……」


 やっと弱々しくシエルが絞り出したのは、やんわりとした拒絶の言葉で。けれど、ロイドは。


「つまりお友達から始めましょうって奴だな! あ、俺はロイド。アンタは?」

「シ、シエル……」

「シエルか! 二人で幸せになろうな、シエル!」


 全部自分の都合のいいように解釈していくロイドに、私達三人はただ、ひたすらに困惑する事しか出来なかった。

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