第13話 これが「推しが尊い」という感情?

 屋敷に戻った私は、早速お父様にリオンとの婚約を破棄したいと願い出た。当然だけど、お父様は私の突然の願い出にとても驚いていた。

 理由を聞かれたので、シエルの事は伏せてリオンに手酷く裏切られたとだけ告げた。本当の事を言えば、シエルが追い出されてしまうかもしれないもの。

 お父様は少し悩んだ後、「受け入れられるかどうかは解らないが」と付け加えて国王陛下に婚約者の座を辞退する旨を伝えると約束してくれた。私やお母様には、とても優しいお父様。だから前世の記憶がなければ、そんなお父様がシエルの家を没落させたなんて信じられなかったところだけど……。

 さて、無事に婚約は破棄出来るのかしら? ……まさか自分が破棄する側になるなんて、昨日までは思ってもみなかったけど。



 果たして、噂の広まるのはとても早かった。


 「私がリオンをふった」というその噂は、翌日の昼休みになる頃にはすっかり学園中に広まっていた。……噂を流したのが誰か、何と無く解るけど追及はしないでおこう。

 周りの反応は様々。次期王妃の座を蹴った私を愚かだと揶揄する声もあれば、私を自立した女性として見直したという声もある。

 何よりも大きな変化は、「公爵令嬢にして次期王妃」である私だけを見ていた人間と、肩書きに囚われない私個人を見ていた人間との差がハッキリと表れた事だった。前者は王子に恥を掻かせた私とは関わりたくないと露骨に避け、後者はこの一件で私に興味を持ったようで積極的に話しかけてくるようになった。

 結果的には、リオンをふったのは正解だったかもしれない。信用の置けるのは誰か、見極めやすくなったのだから。

 今のところ、確定だと思ってた破滅が宙ぶらりん状態になってるから……。いざという時の味方は、作っておくに越した事はないわよね、うん。



「……おい」


 そんな、良くも悪くも注目の的になった昼休み。シエルと二人で昼食を摂っていると、おもむろにジェフリーが話しかけてきた。

 ちなみにリオンは昨日の今日だからか、学園で姿を見かけない。私にふられたショックで寝込んだ、なんて噂も立ってるけど、本当のところは解らない。


「ごきげんよう、ジェフリー様」

「いや、シエル、今日用があるのはお前じゃない。今日はカタリナに用がある」

「私に?」


 予想外なジェフリーの言葉に、私はつい怪訝な顔になる。もしかしてこいつも、私を愚かだと嘲笑いに来たのかしら?


「何? 一体……」

「ああ。……お前の事を、少し見直した」

「え?」


 するとジェフリーの口から出てきたのは、更に予想外な言葉だった。呆気に取られる私に、照れ臭そうにしながらジェフリーは続ける。


「その……お前の事はずっと、兄上の威光を傘に着るいけ好かない女だと思っていた。だから、正直驚いた。お前が兄上に婚約破棄を叩き付けたと聞いた時は」


 ジェフリーったら、私の事をそんな風に思ってたのね。良く思ってなかったのはお互い様ってとこかしら。


「シエルに近付く俺に牽制をかけるのも、単に気に食わない俺を遠ざけたいからだと思っていた。だが……違ったんだな。兄上からお前が婚約破棄を突き付けた理由を聞いて思った。お前は、シエルを本当に大切に想っているのだと」


 真剣な表情で語るジェフリーに、何だかむず痒い気持ちになってくる。い、いや、気に食わないから遠ざけたっていうのは全くもってその通りだし、ちょっと持ち上げすぎじゃない!?


「その……俺は、お前に認められたい。兄上より俺の方がシエルに相応しいと、納得させた上で改めてシエルに交際を申し込みたい。そして何よりも、お前という人間をもっと知りたい。だから……」


 そんな私の居心地の悪さには気付いていない風に、ジェフリーが右手を差し出す。その頬は、ほんのりと朱に染まっていた。


「改めて、一から関係を築き直さないか。将来の義理の姉弟としてではなく、ただの友人として」

「ジェフリー……」


 ……もしかして、これが前世の記憶でいうところの「デレ」? こうなったジェフリーは、一応ゲームのジェフリールートで見た事はあったけど……。

 でも……正直……。


 ――ヤバい。これはヤバい。


 前世の気持ちが、ちょっと解った気がする。傲慢で自分本位だと思ってた相手に認められるのって……何と言うか物凄く……クる! クるわ!

 落ち着いて私。相手はあのジェフリーよ。でも、これは……。

 ……尊い! この上無く尊いわこの前世の推し!


「……お姉様……?」


 脳内で悶えに悶える私だったけど、その低い声と冷たい視線にハッと我に返る。恐る恐る振り向くと、シエルが天使の笑みを浮かべながら頬をひくつかせていた。


「あ、いえ……何でもないわ、シエル」


 慌ててそう言ったものの、察しの良いシエルが何かを感じ取った事は明白だった。シエルはあくまで表向きは自然な様子で立ち上がると、ジェフリーと私の間にスッと割って入った。


「シエル?」

「ジェフリー様。これからはお姉様にご用向きがあれば、まずは使用人であるわたくしを通して下さいませ」

「だ、だが……」

「わ・か・り・ま・し・た・か?」


 戸惑いながらもジェフリーは反論しようとしたけど、有無を言わさないシエルの様子に最後には大人しく頷いた。それを確認して、シエルの剣呑なオーラは漸く霧散する。


「解って頂けて嬉しいですわ。ジェフリー様♪」

「お、俺は、どっちと先に仲良くなるべきなんだ……?」


 心底困ったような、そんなジェフリーの呟きがいたたまれなくて、私は心の中でジェフリーに謝罪した。

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