第5話 予定が変わってもイベントは始まる

 色々あった昼休みが終わり、午後の授業に突入する。シエルは言葉通り使用人然とした態度を崩さず、私のみならず他人を立てる事に従事していた。

 その為最初は戸惑っていたクラスメイト達も、一日が終わる頃には大半がシエルを受け入れていた。シエルの見目の良さもあり、クラスを同じにして貰うほどシエルに想われている私が羨ましいと言う者までいた。

 一方の私はと言えば、午前中は常にシエルに一挙一動を見張られていて気が気ではなかったけど、午後からは急にシエルの視線を感じなくなったので少しホッとしている。今も私ではなく、他のクラスメイトと楽しげに談笑している。

 これで安心して羽を伸ばせる――訳がない。寧ろ午前中とは別の不安で一杯になっている。

 昼休み、ジェフリーがこっちに絡んできたあの時、シエルは明らかに怒っていた。そして、それから今のように他のクラスメイトと頻繁に接するようになったのだ。

 これまでの経験からして、シエルは絶対何かを企んでいる。それもジェフリーが絡む何かを……。

 あああ、何でちっとも台本シナリオ通りの展開にならないのよ! いや、台本シナリオ通りになったらなったで破滅するんだけど私!


「あの……すみません」


 そう内心頭を抱えていると、不意に教室の入口からおどおどとした声がする。そっちに視線を向けると、服装からして使用人クラスの男の子が三人、ビクビクした様子で立っていた。

 このクラスに使用人クラスの子が来るなんて珍しい。基本的に使用人クラスでは貴族クラスは不可侵のものとして扱われているらしく、自分の主に呼び出されでもしない限り普通は来る事はない筈なのだ。


「ん? どうした、どこの家の使用人だ?」

「ラ、ラタム男爵家の者です……こちらに、パーシバル公爵家の使用人がいると伺ったのですが……」


 けど応対したクラスメイトへの返事で、合点がいった。成る程、彼らはシエルに用があるのだ。使用人なら、同じく使用人という事になっているシエルに用があってもおかしくない。

 主人の地位は、そのままそれに仕える使用人の地位。仮にも公爵家の使用人であるシエルをいじめる者など、出ないとは思うけど。ゲームではそういうイベントもあったけど、あれはゲームの私が裏で手を引いていたから出来たんだものね。

 呼ばれたシエルが、呼びに来た使用人クラスの子達とどこかへ消えていく。私はそれを、何気無く見送った。


「……そういえば、貴女の従妹のあの子、ジェフリー王子に絡まれたらしいわね。ちょっとした噂になってるわよ」


 隣で同じようにシエルが消えていくのを眺めていたミリアムが、視線を外さずに呟いた。やだ……ジェフリーは嫌でも目立つから、関わるとこっちまで目立っちゃうのよね……。


「……ええ。でも、私が追い払ったわ」

「随分可愛がっているのね。でも、あのジェフリー王子がその程度で引き下がるかしら。儚げな美少女なんて、いかにもあの男が好みそうなタイプじゃない」

「それは……」


 ミリアムの言葉に、思わず顔が曇る。私がジェフリーが苦手なもう一つの理由。それは彼が、気に入った相手なら貴族でも使用人でも手を出す女好きだからである。

 特にか弱く儚げで大人しい、ジェフリーの強引な求愛を拒めないタイプには必ずと言っていいほど手を出し、親や主人がそれを知っても相手が王子だからと泣き寝入るのがいつものパターンだ。そんな彼の悪癖を知っているのに、今更前世で最推しだった程度で好意的になれる訳がない。

 きっとゲームでは終始シエル視点だったから、彼の悪行が語られなかっただけに違いない。そう思えば、前世に多少の同情の念も湧く。


「……でも、幾らジェフリーだって私の目があるのにそうそう……」


 そう言いかけて、私はある事を思い出す。それは、ゲーム序盤に起こるイベント。

 内容は、ジェフリーがシエルを呼び出し自分の女になれと迫る。それをリオンに見咎められ、二人の間の溝が決定的になる。そういうイベントだ。

 ……ん? 待って? あのイベントの導入も、確か使用人仲間に呼び出される事じゃなかったかしら……?


「……っ!」


 反射的に、ガタッと椅子を蹴って立ち上がる。気付いてしまった事実に、顔から血の気が引いていく。

 そう、このイベント、本来ならシエルがリオンに助けられて終わりなのだ。けど現実にはそうはならない事を、私だけが知っている。


 何故なら――シエルはまだ、リオンと・・・・出会っていない・・・・・・・


 本来の歴史シナリオであれば、シエルはこの学園に来てすぐにリオンと出会い、顔見知りになっている。だからこそリオンはシエルを気にして、ジェフリーを止めに入るのだ。

 けどシエルは本来行く筈の使用人クラスではなく、この貴族クラスへ来てしまった。それにより歴史シナリオが変わり、ここまでにリオンと知り合う機会がなくなってしまった。


 つまり、あのイベントが起きたとして、シエルを助ける者は誰もいない――。


「き、急にどうしたの、カタリナ?」


 態度が豹変した私に戸惑ったように、ミリアムが声をかける。私はそれに応える事なく、急いで教室を飛び出していった。

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