第4話 現れた攻略対象

「何であなたがこっちのクラスに来てるの!」


 昼休み、私は当然の如くシエルを問い詰めた。いつも昼休みを一緒に過ごすミリアムには、お願いして今日は席を外して貰っている。

 私の追及に対し、シエルはいつもの天使の笑みを浮かべた。そして事も無げにこう言い放つ。


「お姉様に悪い虫がついていないか、実態調査です♪」

「だからそんなのいないって……」

「それを判断するのはわたくしですわ♪」


 どんなに私が抗弁しても、暖簾のれんに腕押し。くっ……口でシエルに勝てる気がしない!

 しかもこの様子は、明らかに私の反応を楽しんでやってる。ちょっと前世の記憶、貴女の知識当てにならないんだけど!?


「ご安心下さいな、見た目以上に目立つ気はありませんから。お姉様の面子を潰したくありませんもの」

「……随分な自信ね」

「それだけ立派な淑女となるよう、厳しい教育を受けましたもの。こればかりはお姉様にも負けないと自負致しますわ」


 そう堂々と言い切る姿に、悔しさや対立心より先に感心の念が先に立つ。私も公爵家の娘として恥ずかしくない教養を身に付けてきたつもりだけど、シエルほど自分に自信を持ってる訳じゃないわね……。

 ……って、これじゃ私よりもシエルの方がよっぽど「公爵令嬢」じゃない。私もシエルに負けないくらい、悪役令嬢らしく胸を張って生きないと。


「……でも、どうするの? 確か信用出来そうな名家を見極めるにはまずは使用人に近付いて情報を聞き出すのが一番って、そう言ってたのは貴方じゃない」


 静かな決意を固めたところで、私は疑問を口にする。そう、使用人待遇で学園に通いたいと言い出したのは、他ならぬシエルなのだ。

 お父様はシエルへの罪悪感があるのか、私と同じ貴族待遇で通わせると言ったんだけど……。結局うちのクラスに来てしまったんじゃ、本末転倒もいいところだ。


「ご心配なく。確かにそちらも重要でしたけど、一番大事なのは、没落した貴族の娘というのを表沙汰にしない事の方ですもの」


 けれどシエルは手にしたレモンティー入りのティーカップを傾けながら、涼しい顔でそう言い放つ。……援助を得たいのに、何で援助が必要だという事を隠すのかしら?


「不思議そうな顔をしていますわね、お姉様。確かにお家再興を目指している事を初めから明かしていれば、同情は簡単に手に入ります。ですが、それ以上には決してなりません。可哀想な子、そう思われるだけで終わるのが精々です」

「それは……確かにそうかもしれないわね」


 続けられたシエルの言葉に、私は納得して頷いた。確かに人間、ただ可哀想というだけではなかなか救いの手は差し伸べないかもしれない。


「ですが、もし仲の良い友達が実は困っている事を後から知ったら……お姉様ならどうなさいます?」

「それは、自分に出来る事があれば協力したいと思うわね」

「そういう事です。本気で誰かの助力を得ようと思うならば、そうするに至るまでの信頼を丁寧に築いていく必要があるのですわ」


 ……シエルって、本当に私より一つ下なだけなのかしら。とてもそうとは思えないぐらい、私より遥かにしっかりしている。

 シエルの言い分は、前世の知識を得た今の私が聞いても理に叶っている。この世界がまさに信頼という名のフラグを立てて進行していくゲームの世界だからか、余計にそう思う。

 まさかこんな形で、ゲームシステムの裏付けがなされるなんて……。きっと前世の私は、思ってもみなかったでしょうね。


「という訳なので、少し順序は変わりましたが、これから張り切って参るつもりで……」

「何だお前は? 見慣れない顔だな」


 その時、背後から私達にそんな声がかけられた。その声に、私の前世の記憶が反応する。

 そうだ、忘れていた。この昼休みには――アイツ・・・が出てくるんだった!

 ゆっくりと、後ろを振り返る。するとそこには、短い赤毛に金の三白眼の超美形が立っていた。


「……ジェフリー」


 不快感と歓喜という、相反する二つの感情を抱きながら私は彼の名を呼ぶ。不快感は私のもので、歓喜は前世の記憶のものだ。


 ジェフリー・ウィル・アストライア。このゲームの攻略対象の一人であり、舞台となっているこの国、ユークリッド王国の第二王子。

 性格はいわゆる、我が儘で強引な俺様気質。特に武芸に秀でていて、強い男性を好む女性からの人気は高い。

 けれど私は、あまり彼を好きじゃない。彼には他人に対する配慮というか、優しさがまるで欠けているからだ。

 ……なのに前世の私は、彼が「最推し」という奴だったらしい。何でも、自分本位だった男がどんどん自分に甘くなっていく様がたまらないのだとか。自分の前世なのに理解が出来ない。

 ちなみに彼の双子の兄である第一王子リオンは私の婚約者。なので彼と顔を合わせる事は、学園の内外問わず多い。


「ふん、カタリナか。相変わらず兄上以外の男には素っ気ない事だ」

「誰にでも振り撒くほど、私の笑顔は安くはありませんの」

「気の強い事だな。まぁいい、今はお前ではなくそっちの娘に用がある」


 余裕たっぷりに笑って、改めてジェフリーはシエルに目を向ける。そして品定めをするように、シエルの上から下までをジロジロと見つめた。


「格好からして使用人のようだが、なかなかいい見目をしているな。どうだ? お前が望むなら、特別にうちの城で働かせてやってもいいぞ?」


 こいつ……公爵家からシエルを引き抜くつもり!? 傲慢な態度に流石に居ても立ってもいられず、私は席を立つとシエルとジェフリーの間に立ち塞がった。


「……彼女はうちに来たばかりなの。戯れに手を出すのは止めて頂戴」

「何だと? 公爵家の令嬢風情が王子のこの俺に意見など……」

「ならリオンにこの事を報告してもいいのよ?」

「! ……チッ」


 リオンの名前を出すと、ジェフリーの顔が忌々しげに歪む。そして小さく舌打ちをすると、くるりと私達に背を向けた。


「いくら次期王妃だからといって調子に乗るなよ、カタリナ」

「貴方こそ、王子の地位に胡座あぐらを掻いて足元を救われないといいわね」

「……ふん!」


 捨て台詞を吐いて、ジェフリーは足早に立ち去っていった。ジェフリーの姿が見えなくなると、私はホッと息を吐いて席に着き直す。

 ……前世の私には悪いけど、やっぱり私はあの男は無理! あいつのルートにだけは、絶対にシエルを行かせないわ!


「今の方……第二王子のジェフリー様ですのね?」


 そう私が密かに決心していると、口元に酷く整った笑みを浮かべてシエルが呟いた。けれども目は、全く笑っていない。

 ……しまった。シエルはお家再興を目指してるのよ。王子様との太いパイプなんて、求めて当然じゃない!

 それを勝手に追い返せば、よくは思われないわよね。ああ……私怨に駆られてやってしまった……。


「……そ、そうね……」

「……そう……」


 あああ……シエルの顔がマトモに見れない。これでお父様のした事をバラすって言われたらどうしよう……。


「……いい度胸ですわ……」


 戦々恐々とする私に、シエルは極上の笑みを浮かべ、そして言った。


「王子の身分を笠に着て……わたくしのお姉様にあんなに馴れ馴れしい口を聞くなんて……!」


 ……え? そこ?

 思わず呆気に取られてシエルを見つめる私の前で。シエルは、静かに顔に青筋を浮かべていた。

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