第17話 文化祭Ⅳ

 清陵祭怒涛の一日目を終え、迎えた二日目。この日は春也たちは出店は出さず、見て回る側になる。忙しかったクラスの連中は皆ゆっくりと羽を伸ばせる。


「昨日は早く寝たんだけど……眠たくてなぁ」

「しょうがないよ、午後はホールとキッチンの両方をこなしてたんだから疲れが溜まって抜けきれてないんでしょ」

「もうー、だらしないなぁ」

「ふふ、でも今日は昨日みたいに疲れはしないから心配ないですわね」


 清陵祭開始の数分前。

 いつもの春也、雅人、宇宙、亜紀乃の四人は、カフェのために作り上げた設備が跡形もなく撤去された教室で文化祭が始まるのを待っていた。


「宇宙ちゃんは今日は元気いっぱいだね」

「色んなお店行くのすっごい楽しみ!」


 宇宙の目はキラキラと輝いて見えた。

 そして、校内放送により翠陵祭の二日目が幕を開けた。


「ねぇ、ねぇ。亜紀乃ちゃん、僕らは二人で行かない? 誰かさんにお邪魔虫扱いされても困るしー?」

「そうですね、お友達の邪魔になるのは不本意ですしぃ?」


 突然、二人は事前に示し合わせていたような臭い演技をする。


「まあまあ、今日は昨日がんばった春也にサービスってことで宇宙ちゃんとしっかり楽しんできなよー?」

「さあ、そうと決まれば早速行きますわよ、雅人くん!」

「それじゃあまと後でねー!」


 言うだけ言って二人は駆け足で去って行った。


「なんだったんだ? あいつら。もともとそのつもりなのに。なあ?」

「〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!」


 宇宙は、自分たちに気遣っているのだと思い、声も出ずに恥ずかしくさで悶え苦しんだ。


「宇宙?」

「だ、大丈夫! わたしたちも行こ!?」

「お、おう……」


 いつもより肩に力が入った宇宙に引っ張られるように、文化祭へと繰り出した。


「これほしい!」

「あいよ。フランクフルト二本ください」

「ッ! なんだかいつもより美味しい!」

「だろ? なんかお祭りって雰囲気だけでいつもより美味しく感じるよな」

「あっ! あれはっ!?」

「わたがしだな。食べるか?」

「食べる!」


 雅人と亜紀乃の期待通り、二人は心底楽しそうに出店を見て回っていった。

 子供ような無邪気さを感じさせる宇宙の笑顔を見る度に、春也は心の奥から自然と口元が緩んで悪い気はしなかった。

 次はどこ行こうかなど話しているうちに、いきなり声をかけられる。


「ちょいちょいそこのお二人さん。ウチに寄って行かないかい?」


 声をかけてきたのは客引きをしている三年生の女子生徒。


「ここは……」

「まあ、見てわかる通りお化け屋敷なんだけど、よかったらどう?」


 いつかの日を思い出す。そう遠くない記憶。

 お化け屋敷はもちろん暗い。宇宙は暗い場所が苦手である。


「だって、宇宙。どうする?」


 少し押し黙った末に宇宙の出した決断は……


「………………………………………………行く」


 訂正、かなり考えた。

 しかし、春也は宇宙が嫌だと言うとばかり思っていた。だからその決定に驚いた。

 そして同時に、宇宙は努力家なんだと気付いた。

 雅人はあの時から既に宇宙の性格を完璧に把握していたのだろうか?

 そう考えるとキリがなく、春也は少しばかり嫉妬のような情に駆られた。


「じゃあ行こうか」

「……うん」

「二名様ご案内ー!」


 入口の重い扉を軽快に開けた。

 宇宙は自己の苦手なものの克服のために、暗闇の中に足を踏み入れた。

 しかし、怖いものは怖い。中に入ってすぐ、春也の袖の端に掴まりゆっくりとしか歩くことができなかった。


「……やっぱやめるか?」

「いい! がんばるから--うひぁあああああ!?」


 遊園地のものとは随分とクオリティは低いが十分に悲鳴をあげる宇宙。おばけ側からすればこれほどに脅かしがいのある客はいない。

 そう長くはない道を遂に踏破した二人。なんともない春也に反してかなり疲弊している宇宙。


「うぅ……、怖かったぁ……」

「よくがんばったよ」

「うん……」


 宇宙が克服する日はまだまだ遠いかもしれない。


「とりあえず、トイレ行ってくる……」

「わかった、この辺で待ってるよ」


 春也が雑踏の中に消えて行く宇宙を見送った。それは、嫌でも目立つほど大きな男を目の端で捉えた瞬間の出来事だった。


 ぞくっ……!


 背筋に嫌な寒気を感じ、すぐに振り返り、今すれ違ったはずの人を目をで探した。

 確かに、春也は二メートルは越えているであろう大男がすぐ脇をすれ違ったのだ。いくら人が多いからといってその巨体を一瞬で見失うはずがない。

 だが、春也が一番驚いていることは、見失ったことよりも、すれ違うその瞬間まで存在に気が付かなかったことだ。春也からすれば急に真横に現れ、一瞬にして忽然とその姿を消したのだ。

 いつまにか、春也の顔は冷や汗でいっぱいになっていた。得体の知れない恐怖と疑問が春也を掴んで離さないのだ。


「……るや! 春也! 春也ってば!」

「ッ宇宙!? は、早かったな……」

「何言ってるの、そんなに早くないと思うけど?」


 春也は自分がどれほど立ち尽くしてたか記憶にない。周囲の情報が完全に遮断していた。


「春也、大丈夫? なんかすごい汗かいてるけど」

「あ、ああ。大丈夫、大丈夫。少し暑くてさ」

「まあ確かに今日は暑いけど。人も相変わらず多いし」

「とりあえずどこか行こうぜ? 俺、お腹空いてきた」

「うんっ!」


 それから、時間いっぱいまで多くの店を歩いて回った。確かに春也は楽しんではいたが、どこか気が気ではなかった。

 そして、その日は二度と大男の影すら見つけることはなかった。


「今日は楽しかったな! 宇宙」

「……」

「宇宙……?」

「何かわたしに隠し事してるでしょ?」

「し、してないし!」

「ほ〜んとにぃ〜?」


 えらく勘の鋭い宇宙にバレバレの嘘をつく。


「隠してるとか、そんな大層なことじゃないから安心してほしい」

「……ん、わかった。話したくなってたらでいいよ、いつまでも待ってるから」

「ありがとう……」

「これくらいとーぜん! わたしだって待っててもらってる身だからね。これでおあいこ!」


 ニッと笑った宇宙の笑顔は春也の抱えていた一抹の不安を簡単に吹き飛ばし、また二人は一緒に歩き出した。

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