第16話 文化祭Ⅲ

 文化祭、それは青春の代弁者。ある者はくだらないと吐き捨て、ある者は懸命に尽力する。

 放課後に明け暮れた日々は振り向く間も無く過ぎて行く。

 何もかも全てが静かに消えた後、きっと誰もが口をそろえる。


「なんかあっという間だったな」

「わたしは楽しかったなー」

「でも本番はこれからだよ?」


 晴天を覆い尽くす灰色のとばりが、気分をより一層重くさせる。じめじめとした六月の朝、春也、宇宙、雅人の三人は清陵祭当日の準備のためいつもより早く学校に来ていた。


「へー、様になってるじゃん」

「そ、そうかな?」


 ホール担当の雅人は真新しいタキシードのコスプレ衣装をまとっていた。


「春也も早く着替えて着なよ。宇宙ちゃんもさ」

「あいよ」

「はーい」


  宇宙も同じくホール担当だが、俺は厨房担当。まあ、根本的に映えないだろうから当然だろう。


「なんじゃこりゃあああああ!」


 着替え終えた春也は驚きのあまり喉を枯らしそうになる。それも当然、今彼が着ているのは、白いコックコートでもなく黒いタキシードでもない。メイド服なのである。ついでに猫耳カチューシャのおまけ付き。


「い、いや……春也、すごく……くふふ、ふッ……似合ってる……から」


 涙が出そうなほどに腹を抱える雅人。毎日見ればボディービルダーになる日も近くなるかもしれない。


「笑うな! なんでこんなのが用意してあるんだ!」

「いやさ、どうせホールもやってもらうことになりそうだし丁度いいかなって。でも……アハハハ、思ったより似合ってるよ……ぷっ」

「いや嬉しくねぇよ! 着替えてる途中からなんか変だと思ったらまさかメイドになるなんて思わなかったわ!」

「いやまあ、こういうのもたまにはいいんじゃない?」


 少し遅れて宇宙が見事なメイド姿を披露させた。


「あぁ? 良いワケないだろ! 後お前あれだな! それスゲー似合ってんな!」

「ホント? ありがと! えへへ、嬉しいな……春也も似合ってると思うよ? 可愛い」

「だから俺は嬉しくなぁい!」


 渾身の魂の叫びが二人に届くことはなかった。

 その後、悪戯に翻弄された春也は着替えようとしたが、「あ、他に服ないから」という一部始終を見ていた夜森に一蹴され、一日限りの新人メイド春也がここに爆誕した。


 それからというもの、開店してから一、二時間は経った位から注文のやまない雨に廊下に収まりきらないほどの長蛇の列と多忙の極みに達していた。


「寺下くんと亜紀乃さんは紅茶とパンケーキの材料の補充! 鈴村くんと宇宙さんは新しいテーブルとイスの補充をお願い!」


 夜森の指示は的確だった。いつも物静かな彼女からは似ても似つかない熱さを持っていた。しかして彼女の熱意が皆の士気を上げ、最後まで客の数に潰れることはなかった。


「それにしてもすごい人だよねー、いつもこうなの?」

「いやそんなことはないな」


 この学校の立地自体、そこまで都会というほどでもない。むしろ少し田舎と言えるくらいの人口である。


「去年の倍近くは客が来てるな」

「そんなに? 何か変じゃない?」

「変って言えば変だけどこんな時もあるだろ」

「そうかなあ……」


 春也と宇宙は言われた通りにテーブルとイスを運んでいた。溢れる人の合間を縫いながら。


「つ、疲れた〜!」

「やっと昼休憩だね」

「僕はもうくたくただよ」


 十三の刻を少し過ぎたあたり、春也、宇宙、雅人、亜紀乃の四人は休憩タイムに入った。

 疲れ切った春也は水揚げされたタコの様にぐにゃぐにゃ潰れかけていた。


「腹へってもう動きたくない……」


 春也のその一言を待っていたかのように亜紀乃はすかさずに、


「では、皆さんの分もお弁当があるで屋上で一緒に食べませんか?」

「い、いいのか!?」と、目を輝かせる春也。

「ええ、せっかくですもの。腕によりをかけて作ってきましたわ!」

「それは楽しみだね」と、雅人。

「お? 雅人お前ウキウキしてるな? 俺にはわかるぞ」

「春也の方が食い意地張ってるくせに」


 先ほどまで潰れかけていた姿はどこへやら。

 早く行こうと言わんばかりに立ち上がる春也。

  雅人も疲れを感じさせないくらい足取りは軽かった。


「おお! 美味そうだな!」

「シンプル イズ ベスト。お弁当の中身はどれも定番のものを用意しましたわ。こういう時はシンプルなものこそ美味しく感じられますから」


 弁当の中には、唐揚げ、卵焼き、おにぎり、金平ごぼうなどの、弁当と聞かれればこれと答えるものがたくさん詰められていた。


「よくわかってるな亜紀乃! じゃあ早速、いただきます! ……うん、美味い!」

「じゃあ僕も、いただきます……美味しいよ」

「それはよかったです! たくさん食べてくださいね」

「おう! ……宇宙? なにぼーっとしてんだ? 食べないのか?」

「えっ? あー、食べるよ。……ッ! これ美味しいよ亜紀乃ちゃん!」

「ありがとうございます! そう言っていただけると嬉しい限りです!」

「その、さ……今度作り方とか教えてくれる? わたし、料理とか苦手で……」

「もちろんですわ! 手先は器用そうですし、宇宙ちゃんならすぐに上手になると思いますよ!」

「えへへ、ありがと!」


 そんな二人の会話を見た雅人は、


「よかったね春也」

「何がだ?」


 春也は一人、何も考えずただひたすらに亜紀乃の美味しい弁当を味わっていた。

 その後、空腹を満たした四人は営業が終わるまで元気に働き尽くした。もちろん、春也はメイドさんの格好で。


「なんだかんだ言って楽しかったな」

「そうだね。ちょっと忙しかったけど」


 学園祭の一日目が終わり、帰路につく春也と宇宙。


「まあ明日はお店出さなくていいし、気が楽だよな」

「あ、明日なんだけどさ。一緒にお店まわらない? ふ、二人で……」


 ほのかに紅潮した頬をわずかに震わせ、宇宙は勇気をだしてその言葉を発した。


「ん、わかった。二人で行こうか。楽しみだな!」

「……うんっ!」


 いつのまにか晴れていた空は赤く煌めき、宇宙の頬をより一層に紅く染めた。

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