第10話 遊園地

 雅人が提案したのは俺が相談した日から三日後の放課後だった。皆が帰ろうとしたときに突然、雅人が言い出したのだ。俺はそのことを知っていたので別段驚くことはなかったが、宇宙も驚いていなかったのは疑問に思う。

 雅人が言うには、平日なら比較的人が少ないらしいので行きやすいと言う。学校の創立記念日なので丁度良い。肝心の動機はというと、自分が行きたいと言った。

 ……結構、適当だなあ。

 とにかく、俺はチャンスを貰ったのだ。自分から作ったのではなく、雅人から得たのだ。決して無駄にはできない。


「遅いな……あいつら」


 集合時間を二十分ほど過ぎても亜紀乃と雅人は未だ来ない。

 俺と宇宙は集合時間の十分前には遊園地の入り口に着いていた。宇宙とふたりっきりになったのは気まずかったが、雰囲気に押し殺されずなんとか耐えしのいで来た。

 ここの遊園地「ジャスティスランド」は付近の地域はもちろん、全国の誰でも知っているかなり有名は遊園地である。なので、平日だとしても大勢の客で賑わっている。

 人がたくさんいるせいもあって、ただでさえ、暑いのに余計に暑さを増している。

 まだ六月なのに真夏を思わせるほどの灼熱の太陽光を浴びながら待っているところに、ようやく例の二人が姿を現した。


「遅いぞ、二人とも」

「ごめん、ごめん。ちょっと色々な所で時間食っちゃって」

「遅れてしまって申し訳ないですわ。お詫びと言ってはなんですが、何か一つ奢ります」

「いや、いいよ。別にそこまでしなくても」


 財布を取り出そうとする亜紀乃を右手で牽制する。

 今回は楽しむことが直接の目的でない。しかし、宇宙に怪しまれないように少しは楽しんでるふりをしないといけない。こんな所で失敗してしまっては雅人に失礼だから。


「さ、早く行こうよ」

「それ、お前が言うのかよ」

「遅れてきたのは悪いと思ってるさ。さあ、早く早く」


 雅人が先陣を切って手招きする。


「だってさ。行こうぜ、二人とも」

「ええ、行きましょう」

「……」


 先に園内に入った雅人を三人が追いかける。

 宇宙には多少強引に話したが、それでも宇宙は無言だった。しかし、無言だったはものの、小さく頷いてくれた。これも雅人のおかげかも知れない。そう思い、俺は大きなゲートをくぐった。

 園内を見渡して目に入ったのは色取り取りの建物、大きな噴水、数多くのふうせん、子供たちを持て成す可愛いマスコットキャラクターたち。

 見るもの全てが春也にとっても新鮮そのものだった。


「始めて来たけど、すごいな。遊園地って」

「え! 春也って遊園地来たことなかったの?」

「ああ、これが初めてだけど」

「まさかこの地域に住んでいてここの遊園地に来たことがないなんて……」


 露骨に肩を落とす雅人。


「亜紀乃ちゃんは来たことあるよね……?」

「来たことはありませんわ」

「なっ……!」


 雅人の精神的ダメージはさらに蓄積されていく。


「流石に宇宙さんは……」


 そう言って宇宙を見つめるが、儚くも宇宙は首を振った。


「そ、そんなあ……」


 ついに両手を地につけ、完全にノックアウト。


「僕が間違っているのか……」

「いや、お前は間違ってないだろ。だって、宇宙は越して来たばかり、俺と亜紀乃は家の事情があるだろ」

「そ、そう……だよね。……そうだよね! 僕は間違ってない!」


 自分の正当性に気付き元気を取り戻した。


「じゃあどこから廻って行こうか……ってあれ、亜紀乃ちゃんは?」


 先ほどまでいた亜紀乃がいない。

 辺りを見渡すと噴水の向こうでマスコットキャラクターと戯れている女子高生を発見した。


「あれは亜紀乃か……?」


 俺は自分の目を疑った。

 目に映ったのはウサギの着ぐるみを一生懸命に愛でている亜紀乃の姿。もちろん、俺も雅人もこんな所を見るのは初めてだ。


「亜紀乃ちゃんってそんなにウサギが好きだったのか」

「ああ、俺も驚いてる」

「と、とりあえず行ってみるか」


 驚きを隠せない雅人に促され俺と宇宙も近づいてく。

 俺たちが近づくのに気づいた亜紀乃はウサギのマスコットキャラクターと別れ、こちらに向かって来る。


「ウサギっていいですわ……眺めてると心が洗われてくようで……」


 亜紀乃の目は眩しいくらいに輝かせていた。


「お前ってウサギが好きだったんだな……」

「ええ、好きですわ。お伝えしてませんでしたか?」


 心の中で春也と雅人は「知らねーよ!」と大きく叫んだ。


「ところで、どこから廻るのです?私はここの事をあまり知らないので雅人くんに任せたいのですが」


 正直、俺も宇宙も詳しくないから雅人に一任したいところではある。


「うーん……そうだなあ……」


 全て任せてしまうのは申し訳ないと思うが、彼の「秘策」の事もあるので安易に干渉はできない。


「やっぱり最初って言ったらあれで決まりだよね」


 そう言って指をさした先にあるのは、たくさんの果物が描かれたカラフルなジェットコースターがあった。


「トロピカルコースターは僕の中で三番目にお気に入りなんだ」

「そのまんまだな」

「そのまんまですわね」


 一人興奮する雅人に冷たい視線を送る春也と亜紀乃。


「別に名前は関係ないでしょ! ねぇってば!」


 叫ぶ雅人を横目に俺と亜紀乃は最後尾に並ぶ。


「ところでこれはどんなコースターなんだ?」

「七つのフルーツを探す果食主義の冒険者の物語さ」

「果食主義?」

「果食主義とは、果実しか食べない人のことらしいよ」

「らしいか」

「らしいなのですか」

「しょうがないでしょ! 公式設定がそう言ってるんだもん!」


 雅人をいじめてる間に少しずつ人がはけて行き、ついに俺たちの番までまわってきた。


「僕と亜紀乃ちゃんは先に乗るね」


 俺の返答を待たずして、二人して先に乗ってしまったので、仕方なく気まずいが俺は宇宙と乗らなければなかった。


「……気を付けろよ」

「……うん」


 コースターの右側に乗り込んだ俺は宇宙に注意を促すが、この会話だけでも十分に気まずい。

 雅人と亜紀乃は楽しげに話してるのを眺めていると、気付いたら既に発車していた。

 トロピカルコースターは屋外を高速で走る系統のものでなく、室内を比較的ゆっくりと進むものになっているのでこれから遊ぶための雰囲気を作るには丁度良かった。

 コースターを彩るはカラフルな果物などではなく、味気のない質素な木製のトロッコだった。冒険モノとあって、とても本格的である。

 ……こりゃ、クライマックスに大岩が転がり迫ってくる可能性もあるな……。

 俺はそんな余計な気配りをしつつ、辺りを見渡す。

 そこには大小様々な果物が幻想的に輝き、まるで宝石箱のように無数に散りばめられていた。


「おお、綺麗だな」


 イチゴ、マンゴー、パイナップル、バナナ、ドラゴンフルーツにドリアンまで、たくさんの果物が客を出迎え魅了した。

 しかし、客を出迎えたのは果物だけではなかった。そこには仁王立ちする青年の姿があった。

 その青年は爽やかな笑顔で、


「俺の名はスタージェス・フルーチェリオン。名高い冒険家さ!」


 青年は続けて言う。


「俺はこの世界にある七つの伝説のフルーツを探しているんだ。実は六つは何とか手に入れたけど七つめのフルーツがある場所が到底一人では突破できそうもない……。だから、君たち冒険家に力を貸してもらいたい。協力してくれ!」


 長い台詞を淡々と聞き、目を輝かせてる亜紀乃を見ながら話の流れを理解した。


「協力してくれるのか? ありがとう! 若き冒険家たちよ!」


 いや、お前も随分若いだろ。

 と、内心ツッコミをかましつつ、スピードが上がったコースター風を切り、爽快感を覚える。

 トロッコ型のコースターはゆっくりと走ったり、疾走したりと緩急があって、非常に心地良い。

 七つ目のフルーツであるスターフルーツを探すべく熱帯雨林を駆け巡るコースターとスタージェス。幾多の危険生物や数々の罠を潜り抜け、ジャングルの最奥まであと少しだった。向かう先に見えてきたのは眩しいくらいの閃光。ついに目的地が見えたのだ。

 物語は終盤へと差し掛かる最中、宇宙はひとり話しかける。


「ねえ、春也……」

「ん? なんだ……?」


 俺は突然話しかけられて身体がぴくっと反応する。平静を保とうとしていたがやけに緊張する。


「……やっぱりなんでもない……」


 宇宙は俯いたままだった。


「な、なんでもないってそ……」


 言いかけた途端、視界が真っ白になり、変に浮遊感を感じる。

 コースターは急降下していたのだ。

 そして、コースターの辿り着いた先には無数のスターフルーツだった。

 綺麗な空や、泉などもあるがタイガーアイにも似た輝きを持ったスターフルーツの前では霞んで見える。

 この光景に宇宙も顔を上げ、


「綺麗……」


 と呟いていた。

 その顔はとても今までの張り詰めた表情ではなく、ひとりの少女としての柔らかい笑顔がそこにはあった。

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