第11話 真意の先
俺はひどく安堵していた。それが慢心に変わらぬよう細心の注意を払いながら。
元気の無い宇宙が笑ってくれた。数週間の間、まともな笑顔を見たことがなかった。宇宙の笑顔を見た瞬間、温かな安心感に包まれた。
俺は雅人に感謝した。この上にないくらいの感謝を心に秘めた。
しかし、それと同時に俺は自分自身を嫌悪した。雅人に力を貸してもらうことしかできない自分を嫌った。
実際、雅人は人当たりは校内でも有名なくらい良かった。よく女子と話してるのを俺と亜紀乃はよく見かけた。彼女曰く、「わたくしより女友達が多い」らしい。それほどまでに雅人のコミュニケーション能力は高かった。
そんな彼に力を貸してもらえるのは恩の字なのだが、代わりに自分の力の無さを示してるようでどこか癪にさわる。雅人を恨んでるわけではないのだが、どうしても自分に対する憎悪だけは、消えることは無かった。
「俺に、力があれば……!」
その一言が虚しく心に染み渡った。
少し元気が出てきた宇宙は亜紀乃と話せるまでになった。
かく言う俺は自分の無力を痛感していた。
「春也にしかできないことは必ずあるよ。それまでは僕に任せて」
雅人が俺の肩を叩き、励ましの一言を発してくれる。だらこそ、この親友には頼ってしまうのだ。大勢が背中を預けられるほど、彼には器量があるのだ。そこには絶対的な信頼があるのだ。……それらを含めて全部、自分に返ってきてしまうのだ。嫌悪感という形になって。
「さあ! 次はあそこに行くよ!」
俺の後ろめたい気持ちに喝を入れるような声で我に帰る。
「お次は何ですの?」
雅人が指差す場所を見て、亜紀乃は首を傾げる。
指先には荒れた枯れ木ひとつない山々がごつごつとした岩肌を露出させていた。
「あの『アレクサンダーマウンテン』は、かの有名な西洋の大王、アレクサンドロス大王が……ってまた僕を置いていくの!?」
「その説明は割とどうでもいいな」
「そうですわね」
「……うん」
俺は宇宙の声が聞こえたように気がしたが、構わず続ける。
「なんでギリシャ語と英語の両方の読み方を使っているんだ。統一しろよ」
「そこは触れちゃいけないとこだよー!」
「それに、ギリシャってこんなに植物が生えてない場所でしたか?」
「亜紀乃ちゃんまで――――!」
雅人の叫びは虚しく空に響いた。
名前に意味はない。
おそらく意味はない。
ないと思いたい。
しっかりとした教育と受けたのかよくわからない経営者のネーミングセンスに疑問の念を感じる。
一度、ここの経営者の顔を拝んでみたいものだ。
しかし、人々は名前というものに大半は興味を示さない。誰かが他人の名前に意味を求める事がない様に。
ある程度の意味を持った言葉を羅列させるだけでよい。たったそれだけで、さも意味を持った言葉だと錯覚する。そして誰もが疑問に感じないのだ。
故に、アレクサンダーマウンテンという名に誰もが疑問に感じない。
「なあ、なんかさっきより人が多くないか?」
暑い日差しの中、三十分ほど並んでも待っている列の半分も進まない。
「仕方がないよ。これはジャスティスランドの中でも一二を争う程の人気があるジェットコースターだからね。無理はないよ」
気分が高揚しているのか、すんと鼻を鳴らす。
「やはり人が大勢いる場所は慣れないものがありますわ」
「まったく同感だ」
俺は慣れない空気に気圧されながらも宇宙のためと自分に釘を打つ。
「まあまあ二人とも、こうやって並ぶのも楽しみの一つなんだし、そもそも、すっからかんだったらそれはそれで寂しいでしょ?」
「うむ……そうだな」
半ば無理矢理に納得させられているような気がするが特に気にしない。
やはり、他愛のない話が終わることがなかった。先程のアトラクションの様に。ただ一つ、違う点があるとすれば、それはきっと楽しげな会話の中に宇宙の相槌が聞こえた気がするだけ。それだけだった。
アトラクション自体は大変楽しいものであった。枯れた荒野を高速で駆け抜ける爽快感は、日常では味わえない貴重なものであった。急降下や急上昇、急加速などの要素があり大いに盛り上がれる楽しさがそこにはあった。
「大丈夫ですか、宇宙さん?」
「うぅ……」
宇宙はジェットコースターに酔ってしまったのだ。苦手な物があることに驚きを隠せない春也は、気まずい雰囲気を気にして足が動かない。声をかけたくても行動に移せない。
「これは予想外だったよ……。じゃあ、あっちにベンチがあるからそこで休憩しようか」
雅人に促され、一行は後をついていく。春也は黙ったままだった。
宇宙をベンチに座らせ、亜紀乃が隣に座る。
「気分はいかがですか?」
亜紀乃が心配して声をかけるが、唸ってばかりでろくに返事もできていない。
「僕と春也は向こうで何か飲み物でも買ってくるよ」
見兼ねた雅人が指差して気遣う。
「俺もか?」
「あたりまえじゃないか」
雅人は眉をひそめて言う。そしての直後の真剣な眼差しは付いて来い、という目配せのように見えた。
「あ、ああ。俺も行くよ。じゃあ亜紀乃、ちょっと待っててくれ」
「はい、宇宙さんは私に任せてください!」
「任されるよ」
俺は片手を振りその場から離れる。
徐々にベンチからの距離が長くなりやがて見なくなると同時に、目的の露店が目に止まる。
「あの店でいいのか?」
後ろを振り返り見ると瞬時に雅人は歩くのをやめた。
「どうした雅人、違うのか?」
「春也……僕は何があったか知らないし、別に知らなくてもいいと思う。……けど、これだけはわかってほしい」
先程の真剣な眼差しが脳裏に蘇るほどその眼光は少しだけ鋭いものを感じた。
「き、急になんだよ。わかるって何のことだ?」
「宇宙さんのことだよ。春也も見ててわかると思うけど彼女は着実に心を開こうとしてる」
「そんなの、宇宙が元気になりつつある事なんて見りゃわかる」
実際、俺はわかっていた。宇宙が笑い出したのも、少しでも話そうとしていたことも。
「いいや、春也は真の意味で理解できていないんだよ」
「どういうことだよ!これ以上何を理解しろって言うんだ!」
答えの出ない自分に嫌気がさし、やがて苛立ちを覚える。
「理解するのは宇宙さんのことじゃないよ。春也、君自身のことだ」
「俺……自身?」
「そうさ。君自身が理解できていない。彼女の努力に」
「宇宙の……努力……?」
込み上げていた怒りが熱冷ましていくのを感じる。しかし、冷静になっていなかった。
「見てわかる通り、まだ完全じゃない。だからこそ彼女は彼女なりに努力しているんだ。自分のためにも、春也のためにも」
「俺の……ため?」
「うん。君のためでもあるんだ。僕はそう思ってると信じている」
「なんでそんな事が簡単に言えるんだよ。まだ分からないだろ……」
やがて不安になり、全身を駆け巡り出す。
「分かるさ! だってこれは僕だって思ってる。こんな空気は嫌だってね」
「そう……なのか……」
「そうだよ、そしてこれを一番理解しなくちゃいけないのが春也、君なんだよ」
俺は今までの自分を思い出した。数少ない宇宙との会話は全て自分から起こしたものではないことを。
「そう……だよな。仮にも男の俺がしっかりしないでどうするんだよ。俺が……しっかりしないと」
雅人に言われ、身体を清々しい清涼感がスーッと吹き抜けていく感覚がした。
「でも、俺にできるのか」
「出来るよ。春也だもん。芯が強いのは僕が一番知ってるつもりだよ」
「そうか、ありがとう。雅人、なんか元気でた」
「そりゃよかった。じゃあ早く買って行きますか」
「ああ、そうだな」
改めて本当に信頼できる奴なんだと再確認せざるを得なかった。やはりこの男は寺下雅人なんだと。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます