第3話 守り神のチカラ
俺は、学校の休み時間に屋上に来ていた。
授業間の短い休み時間とあって人影はなく、春也と宇宙の二人だけであった。
「なんで宇宙がここにいるんだよ!」
「だーかーらー! 仕事をしてるってさっきから言ってるでしょ!」
この神様(一応)が学校にいるからである。誰か他に人がいないのが本当に幸いだった。
宇宙は話を続ける。
「春也を守るのが私の仕事、だからここにいるの」
「だからって学校に入ってまでしなくていいだろ」
学校に入らなくても守るくらいならできるだろと、俺は思ったからだ。
そんな事を言ったら、
「はぁ〜……」
宇宙が深いため息をついた「こいつ何もわかってないわー」みたいな顔をしてるのが腹立つ。
「だいたいさぁ、何かあった時に簡単に暴れられないでしょ」
フンと、胸を張り自慢げに鼻を鳴らす。
「でもさ、逆に学生だと暴れたらすぐにバレるんじゃないのか?」
「……っ!」
宇宙は明らかに慌てていた。
「いま気づいたのか……」
「で、でも私には二十四時間特待管理兼護衛任務をしてるんだから学生の方が守りやすいでしょ!」
こいつ完全に言い切った顔をしてやがる。
「あと聞き忘れたんだが、この学校にどうやって入った?」
「…………………」
宇宙は何も答えない。
「………どうやって入った?」
「ええと……そ、それは……」
「もしかしなくても、学校の人に何もしてないよな?」
「……ぎくッ!」
口でわかりやすく言う奴を見たのは初めてだった。
「隠し事があるのか?」
「ああと……その、私の少ない力のなかに人の記憶を少しだけいじる力がありまして……」
「はあ? 人の記憶をいじる力?」
「そう、記憶を無くしたり、新しい記憶を植え付けたりできるんだけど……」
「つまりその力で入学しと……?」
「うん!」
バシッ!
「あいたっ!」
俺は無言で宇宙の頭に平手打ちをかました。
そのあとは宇宙と話す事なく帰りのホームルームが終わり帰ろうとしていた。
「春くん、帰りましょう」
亜紀乃が俺に誘いかけてくるのが定番であり、習慣でさえあった。
俺と亜紀乃の家は近所なので毎日一緒に下校している。ちなみに雅人も家が近いので一緒だ。
「よし、かえ……」
帰ろうと、言おうとした瞬間。
ギュッ。
「………」
「………」
「………」
宇宙が俺に抱きついて来た。
……へ?
「春也は私と帰るの、邪魔しないでよ」
……ほ?
「あ……あなた何を言ってるの? 春くんと一緒に帰るのはこの私たちなのですのよ?」
「だいたい、あなた春也とどういう関係なの? 随分と仲が良いみたいだけど」
幼なじみである。
「幼なじみです。そう言うあなたこそ春くんといったいどういう関係ですか?」
「私は…………」
宇宙は何も言わなかった。
いや、正しくは何も言えなかった、だ。
スッ……
すると宇宙は、亜紀乃と雅人の顔に手のひらをかざした。
「……!」
ガクッ!
突然亜紀乃と雅人が態勢を崩し、そのまま倒れこんだ。幸いにクラスの連中は一足先に下校していたと思われるので、誰もいなかった。
だか、そんな事よりも二人の事の方が心配なのだ。
「おい、雅人! 亜紀乃! 大丈夫か!?」
すぐに駆け寄ったが、返事がない。
「宇宙! 二人に何をした!」
そういうと俺は宇宙の肩を大きく揺らした。すると宇宙は俺の腕を払い、数歩だけさがった。
「大丈夫だよ、二人とも。少しだけ記憶をいじっただけだから」
「いじっただけって……」
俺は二人が心配だった。
そんな俺の心配を知ってか知らずか二人ともすぐに起き上がった。
「だ、大丈夫か?」
俺は恐る恐る聞いた。
「大丈夫ですよ、少し立ち眩みしただけですから。帰りましょうか春くん、宇宙さん」
「僕も大丈夫。問題ないよ」
大丈夫だったみた……ん?
俺はすぐ二人の異変に気付いた。
亜紀乃が宇宙に対してとても親しみを持ち、尚且つこれが日常と言わんばかりに微笑を浮かべながら「宇宙さん」と呼んだのだ。
そして、雅人の方もなんの疑いもなく笑みを浮かべていた。俺の胸の内では疑問と少しばかりの恐怖が塒を巻いていた。
「この二人の記憶に私が春也の遠い親戚でいて、今一緒に暮らしているっていう記憶を植え付けたんだ」
俺の心を読んだかのようなことを耳元で囁いてきた。
「それはそうと、後遺症とかないよな?」
「そんなものないよ」
「……そうか、よかった」
ひとまず一安心。
春也はそこでありもないことを事実として記憶させたことに気付く。
「おい! そ……」
俺は宇宙の名前を呼ぼうとしたところで止める。
流石にここでこの話すのはまずい。俺は亜紀乃と雅人が混乱する可能性を考え、自分の口を閉ざす。
自分の追求心を押し殺し、場の空気を合わせた。
雅人の家は春也の住んでいるアパートと同じ方向ではあるが、若干……というよりかは結構離れている。
一方、亜紀乃の家は、春也の家から徒歩二分程度だ。
和気藹々とした会話は時が過ぎるのが早過ぎる。まさに今その状態に陥っている。
少し前に雅人が自分家のある方向へと俺らの進んでいる向きとは別の向きへと変え、さよならを告げ帰って行った。雅人がいなくなった時と同時のような感じがするほど、亜紀乃がいなくなるのも早かった。
そうしていつの間にかに、たった数十メートルの道のりを宇宙と二人だけで歩く形へと変わっていた。
「なぁ、宇宙」
「なに?」
「今日の飯何がいい?」
「んー……いいよ、なんでも」
「そのなんでもが、一番困るんだが……」
……そうだな、今日は鳥肉と卵がまだ残っていたから親子丼にでもするかな。
俺は冷蔵庫の中を思い返し今晩の献立を考える。普段、夕飯は自炊するので献立を考えるのはある種の癖になっていた。
「そーいや、お前って料理とか作れんの?」
「……」
突然、思い切り右の横っ腹を凄い力でつねられた。
「失礼ね、少しくらいはできるから。少しくらいは……」
もう二度と変なことを言わないようにと心を誓う春也であった。
そんな俺の心を知ってか知らずか少しだけ笑顔をこぼしていた。
そんなこと考えながら横っ腹をさすっているうちに家に着いた。
俺は無言にポケットの中にある家の鍵を取り出し、扉の差し込み口に入れ左回しに回した。鍵はそこまで固くはないので、割と小さな力で鍵が開く音がした。ドアノブを少し傾け奥へと押した。
「ただいまー」
俺はいつものように誰もいないはずの家に挨拶をする。
そう、誰もいないはず……だった今日この日以外は。
「おかえり! お兄ちゃん」
ばたん。咄嗟に扉を閉めた。そして、一度大きく深呼吸してからもう一度右手をドアノブに手を伸ばす。そして扉を開ける。
「おかえり、お兄ちゃん!」
すると今度は扉を閉める隙をついて、抱きついてきた。
「やっと帰ってこれたよ、お兄ちゃん! お兄ちゃんも嬉しいでしょ? いいんだよ? 抱いても。……いろんな意味で」
久しぶりに会った妹は相変わらずの調子で俺に絡んできた。
「お前はもう少し自分の立場をわきまえろよ……」
そんな妹に弱めの力で頭にチョップをかました。
えへへ、と花のように可憐な笑顔をこぼす。
しかし、突如背筋が凍ってしまうほどの寒気が俺を襲った。その発生源は俺のすぐ後ろにいた宇宙だった。宇宙は俺が今まで聞いたことのない低く、冷たい声で俺に囁いた。
「楽しいお喋りの途中で申し訳ありませんが、そろそろこの私に説明してもらってもいいのかな?」
周りの空気が震えていた。
「はい……」
俺は、短くそう答えると二人を連れて奥のリビングへと足を運んだ。
俺は窮地に瀕しているとそのとき悟った。何せ親戚設定で生きてきた宇宙の目の前に本物の俺の親族がいるのだから。
春也にとっても危険に晒されていたのは間違いなかった。
ちなみに俺は長いソファーに宇宙と並んで座り、その宇宙の向かい側に妹が座っていた。
何か策はないかとあたふたしている俺をよそに宇宙が落ち着いた様子で会話を切り出す。
「私の事はあとで話すけど、その前にあなたの名前を教えてくれないかな?」
明らかに宇宙の顔は怒りという感情を表していた。
本当に怒っているのかどうかは断言できないが。
すると妹は宇宙に聞かれたことを話す。
「わたしはお兄ちゃんだけの妹の笹宮 愛衣(ささみや あい)です」
何故か「だけ」を強調していた。
「まあ、妹と言っても俺の叔父さんの子どもだから従兄妹だけどなー」
これは俺の補足。少しだけ声が震えていた。
「そう、じゃあ愛衣ちゃん、あなたさっきやっと帰ってこれたって言っていたよね? それってどういう事なのかな?」
「ああ、そのことなら俺が説明するよ」
愛衣の顔が不機嫌そうだったので一体何を言い出すのか分かったものではない。
「こいつ、俺の一つ年下なんだけど、魔法適性がもの凄くて一年間、あの島に留学している予定だったんだけど」
「だった?」
宇宙が少し驚いた声で復唱して問いかけてくる。
「もともと、今年の春から一年間留学する予定だったんだけど、どうやら一年間かけて勉強する内容を二ヶ月で終わらせたみたいなんだ」
これはまったく全て本当のことで、中学三年生の時に行った適性検査で魔法適性の項目でなんと適性最高ランクのSランクをとったのだ。それを知った時は俺も随分と疑ったものだ。
「そう……十分情報は手に入ったからもういいよ」
そういって宇宙は立ち上がり愛衣に向かって両手の掌にかざした。
その行為に疑問を抱きながら真っ直ぐに見つめる愛衣。
俺はその行為を知っていた。宇宙が何をしようとしているのかを、理解するよりも手が先に動いた。
しかし、時すでに遅し。その言葉通り俺が手を伸ばした時に、愛衣は俯き、気を失ってしまった。
「よし!」
「よし! ッじゃねぇえええ!」
俺の怒号と共に愛衣は目を覚ました。
「んー……ッは!? わたし、いつの間に?」
どうやら本人は寝落ちしたと思い込んでいるらしい。
「わたしいつから寝てた?」
「ちょっと前だよ」
「そうなんだ。ごめんね、お兄ちゃん、宇宙さん」
妙な違和感がした。いや、するのは当たり前だろう、何せ宇宙が愛衣の記憶をいじったのだから。
そして俺は、愛衣に聞かれないように宇宙の耳元で問いかけた。
「おい、今度は愛衣に対してどういう記憶を植え付けたんだ?」
「この前あの人たちに親戚って記憶を植え付けたでしょ?」
あの人たちと言うのはたぶん、亜紀乃や、雅人のことだろう。
「それとほとんど同じなの」
「ほとんど同じって……というか同居している理由はどうしたんだ?」
「昔、春也のお母さんの従兄妹の兄さん夫婦が他界した時に居場所を失った私を春也の両親が引き取ったのがいまも続いている。というわけ」
なんだか長ったらしいが、とにかくしっかりと理由を作ってくれた。
「何をこそこそ話してるの?」
「ああ、悪い。何でもない」
少し首を右に不思議そうに傾けていたが、俺の一言で安心したようだ。
そして、止まっていた会話を愛衣が続ける。
「それでね、来週にはもう学校にいけそうなの」
「学校ってあの島の?それとも、日本にある魔法学校か?」
ちなみにこの世界には魔法を主に教えている学校は二つある。一つは六年前、突如現れた魔法使いが住んでいるお伽話のような島――魔法島にある魔法学校。もう一つは、日本の何処かにあるらしいが、詳細ははっきりしていない。
ちなみにこの学校の校長はなんでもあの島の元住人とか、遭難者が訪れぬよう魔結界が張り巡らされているとかうんぬんかんぬん。
魔法適性がSランクの愛衣はこの二つの学校のどちらかに行くと思われる。
しかし、答えは違った。
「ううん、わたしは翠陵学園に通うことにしたよ」
「え?」
「うそ!?」
俺と宇宙、同時に驚嘆の声をあげた。
ちなみに、俺の通っている翠陵学園には魔法科特進クラスなるものは存在しない。……もともと基本的にそんな学科は国内に存在しないけど。
俺は胸に疼くまっている疑問をすぐさま問いかけた。
「なんで魔法学校にいかないんだ?」
「それはもちろん世界でたった一人しかいないお兄ちゃんがいるからだよっ!」
「ほかに理由は?」
「じゃあ逆に聞くけど、わたしがお兄ちゃん以外の理由があると思う?」
「……ないな」
ここは負けを認めざるをえなかった。
「それはそうともうこんな時間だけど大丈夫なのか?叔父さんが心配するんじゃないか?」
「大丈夫じゃないってば! ……じゃあわたしはそろそろ家に帰るね!」
そう言ってとんとんっと小走りで玄関まで駆けてゆく。
最後に、玄関まで行ったところで、こちらに振り返って、
「ばいばい!」
と、元気に別れの挨拶を言ってきたので、
「あぁ」
と、俺はどこか力の抜けた声で挨拶を交わした。
ばたん、とドアが閉まる音がした。
「はぐ……さ……ぶん……」
「何か言ったか?」
「ううん、何も」
「あっそ……」
不確定ではあるが、心のどこかで違和感を感じていて、あまりいい気分ではなかった。
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