CHAPTER 12:アンクラウンド・ウィザード

「なにを言い出すかとおもえば、バカバカしい――――」


 アラナシュは吐き捨てるように言った。


「貴様はギデオンの生まれ変わりだというのか?」

「ちがうな。などではない」

「では、なんだ!?」


 アラナシュの問いに、レイエスはあくまで冷徹な声で応じる。


「私はレイエス・カリーナであり、ギデオン・ファルダシルでもある。わが魂と技は途絶えることなく受け継がれている。其許らのいうとは、しょせん能力のみが遺伝した不完全な現象にすぎぬということだ」


 レイエスが言い終わるが早いか、槐丸の腕が動いた。


 長剣の切っ先が音もなく宙空をすべる。

 まるで満月のふちをなぞるように、機体がすっぽりとおさまる巨大な円弧を描こうというのだ。

 どこまでも静謐でなめらかなその動作は、しかし、その内奥にすさまじいまでの殺気をはらんでいる。

 

「世迷い言をほざけるのもこれまでだ!!」

 

 長剣が槐丸の頭上に達するかというとき、イクシュヴァークは猛然と突進していた。

 

 装甲下に内蔵されていた推進器スラスターを全開し、たちまち最高速度に到達したイクシュヴァークは、一気に槐丸との間合いを詰める。

 その輪郭がふっと揺らいだのは次の瞬間だ。

 イクシュヴァークはジグザグの軌道を描くことで多数の分身――センサーを欺瞞する残像を作り出したのである。

 

 むろん、ただの分身攻撃がレイエスに通用しないことは百も承知だ。


(ハルシャ――、おまえに預ける)


 アラナシュは心中でもうひとりの自分にむかって呟く。


(だけど……ほんとうに僕でいいの? もし失敗したら……)

(俺たちは生きるも二人、死ぬも二人だ。たとえしくじったとしても、だれもお前を責めなどするものか)


 はっきりと言いきったアラナシュに、ハルシャは心のなかで肯んずる。


(うまくいくかどうかはわからない。だけど、いまは僕にまかせてほしい)


 イクシュヴァークに変化が生じたのはそのときだった。

 それまで整然と列をなしていた分身たちが、てんでバラバラな動きをみせはじめたのである。

 緩急がでたらめに入り混じった挙動は、無秩序にして不合理、乱脈そのもの。

 それだけに、なまじ整った動きよりも先を読むことはむずかしい。

 ハルシャとアラナシュは瞬時に主導権を入れ替え、お互いが意のままに機体を操っているのだ。

 どちらがどのように動くかは、当の本人たちさえ知り得ない。それでも、ハルシャとアラナシュは完璧なコンビネーションを構築している。


 ”連弾デュエット即興曲インプロンプト”――

 それは、ひとつの肉体に二人の人格が宿る彼らだけに可能な離れ業であった。


「あらゆる剣技を究めた貴様でも、この技は知るまい」


 でたらめで不規則な残像を撒きながら、イクシュヴァークは槐丸へと急迫する。

 

 ブラッドローダー戦において、残像はもっぱら目くらましとして用いられる。

 敵が残像に目を奪われている隙を衝いて、本体が一撃を加えるのである。

 だが、いまイシュヴァークが試みようとしているのは、そうした分身戦術の常道をおおきく外れたものだ。


 多方向からの同時攻撃――。

 すなわち、残像と残像のあいだを瞬時に飛び移りながら、そのひとつひとつを実体として連続攻撃を仕掛けようというのである。

 どの残像に移るかはアラナシュとハルシャの判断次第だ。攻撃パターンの選択も、移動するタイミングも、すべての決定権は彼らにある。

 それはとりもなおさず、剣聖レイエスから戦場の主導権イニシアチブを奪い取ったことにほかならない。


「死ねッ、レイエス!!」


 数十体に分身したイクシュヴァークがいっせいに槐丸に躍りかかる。

 そのすべては

 虚実を確実に見極めるためには、攻撃が命中するその瞬間を待たねばならない。

 むろん、現実には攻撃を受けた時点で勝敗は決する。

 ハルシャとアラナシュは、レイエスを確実に葬り去るつもりで攻撃を仕掛けているのである。


 斬り、突き、薙ぎ、逆袈裟……

 イクシュヴァークが繰り出す膨大な技のなかに、小手調べなどひとつとしてありはしない。

 すべてが必殺。すべてが致命。

 一太刀でも触れたならば、いかに剣聖レイエスといえども致命傷はまぬがれない。


「たしかに私の知らぬ技だ。厄介だな、これは――――」


 全方向から迫りくる攻撃をまえにして、レイエスはぽつりと呟いた。

 玲瓏な声色には焦燥も恐怖もない。

 それどころか、どこか他人事のような趣きさえある。

 いままさに死地に立っているにもかかわらず、まるで第三者の立場から事態を眺めているといった風情だ。


 ぬるり――と、槐丸が動いた。

 摩擦をいっさい感じさせないなめらかな動作。

 スローモーションのように見えるのは、疾すぎる挙動が引き起こす錯覚だ。


 甲高い剣戟音とともに銀光が散った。

 槐丸の長剣がイクシュヴァークの初撃とかちあったのだ。

 と思うや、次の刹那には白い機体はすばやく反転し、背後から突き出された刺突をいなしている。

 いかにイクシュヴァークがを作り出したところで、実際に機体が増えているわけではない。

 無数の分身のなかで、攻撃を仕掛けてくるのはつねに一体。

 その瞬間に対応できれば、すべての攻撃を捌ききることもできる。

 

 むろん、それはあくまで理論上の話だ。

 二人がかりで制御するイクシュヴァークの攻撃をことごとく読みきるなど、現実に出来るはずがない。

 そうだ。

 この世でただひとり、剣聖レイエス――无冠者ギデオンを除いては。


(ありえん、こんなことが――――)


 攻撃がことごとく防がれるさまを目の当たりにして、アラナシュは心中で驚愕の声を洩らした。

 それも無理からぬことだ。

 ノスフェライドに敗北を喫してからというもの、次の戦いにむけて技を磨いてきたのである。

 もしふたたび相まみえればノスフェライドにも遅れは取らないと自負していた必殺の技がやぶられた衝撃は、まさしく言語を絶する。


 何度目かの攻撃が失敗に終わったとき、ふいにハルシャが口を開いた。


(アラナシュ。僕にコントロールを任せてほしい)

(よせ、ハルシャ。こいつはバケモノだ。おまえにどうにか出来る相手じゃない)

(考えがあるんだ――――うまくいくかはわからないけど……)


 一秒にもみたない逡巡を経て、アラナシュは返答を告げる。


(……いいだろう。俺とおまえは一蓮托生。なにがあっても、おまえだけを死なせはしない)


***


「これで終わりか?」


 間断なく続いていた分身攻撃が熄んだのを認めて、レイエスはぽつりと言った。


「其許らの技はみごと。私にはけっして編み出せなかったものだ。その創意と研鑽は称賛に値する」

「……」

「だが、


 レイエスはあくまでそっけなく、坦々と事実を述べただけだ。

 その言葉が対峙する者にどれほどの絶望を与えるかなど、最初から意識の埒外にあるかのように。

 時間にしてわずか数分。そのかんに剣聖の眼は技の本質を見極め、その腕は完璧な対処法を習得してのけた。

 ほんのすこしまえまで世界でアラナシュとハルシャのほかに知る者のなかった必殺の技は、いまやレイエスの膨大なレパートリーのひとつに堕したのだった。


「かつてともに戦場を駆けた”アビメレク”を破壊するのは名残惜しいが、これも主命。許せ――――」


 レイエスが言い終わるが早いか、槐丸は長剣を右八双に構えていた。


 なんの変哲もない、ごくごく平凡な構え。

 にもかかわらず、凄絶なまでの鬼気を帯びているのはなぜか。

 前世からの修行のすえにあらゆる型を究めたレイエスには、もはやのである。

 極論すれば、どのような型からでも、あらゆる技を放つことができるのだ。

 さきほど見せた円月の型にしても、アラナシュの出方をうかがうためにわざと大仰な構えを取ったにすぎない。


 型を捨て去った型――”の型”。

 変幻自在にして攻守兼備、無であるがゆえに無限。

 生前の无冠者ギデオンが辿り着き、その記憶と魂を引き継いだ剣聖レイエスが完成させた究極の剣であった。


「ここからは僕が相手になる」


 イクシュヴァークから流れたのは、ひどくおだやか――というよりは、いっそ弱々しくさえある少年の声だった。


「サイフィス侯爵家当主ハルシャ・サイフィス。わが皇帝リーズマリア陛下の名において、正々堂々の勝負を申し込みます」


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