CHAPTER 11:ザ・リインカーネイテッド
漆黒の空に白と翡翠色の流星がまたたいた。
二条の光は、するどい軌道を描きつつ、烈しい衝突と離散を繰り返す。
一方は剣聖レイエスの”槐丸”。
もう一方は、アラナシュとハルシャが駆る”イクシュヴァーク”であった。
「どうした、剣聖。貴様の実力はこんなものか!?」
幾度目かの鍔迫り合いのさなか、アラナシュは不敵に言い放つ。
右腕を失ったにもかかわらず、イクシュヴァークの戦闘力にはいささかの翳りもみられない。
それどころか、左腕だけで繰り出す斬撃は、一振りごとにするどさを増してさえいる。
先ほどから槐丸が後手に回っているのがなによりの証拠だ。
あらゆる技を習得した剣聖レイエスの先手を取ることは、ほとんど不可能にちかいのである。
「解せぬ――とでも言いたげただな、レイエス」
「……」
「なぜ俺たちが貴様と互角以上に戦えるのか教えてやろうか」
長剣を烈しく戦わせながら、アラナシュはなおも言葉を継いでいく。
「簡単なことだ。俺たちも貴様とおなじ突然変異――”先祖還り”だからだよ」
***
◯・◯一パーセント――――
かつて帝都の科学技術庁が算出した”先祖還り”の発生率である。
統計的にはおよそ一万人にひとりの割合だ。
ふつうの人間であれば、珍しくはあってもけっして少数ではない。
だが、人間とは比較にならないほど繁殖力がひくい至尊種において、それはまったく異なる意味をもつ。
誕生するのは数百年にひとり……もっとも、それは幸運な場合の試算だ。確率的には、そのまえに種族じたいが滅び去る可能性のほうがずっと高いのである。
それでも、過去にも”先祖還り”と目される者はたしかに存在した。
そのひとりが、聖戦時代の伝説的な使い手であり、吸血鬼の剣技のほとんどを生み出した”
彼はまぎれもない新種族でありながら、純血の旧種族である皇帝に比肩しうる実力をそなえた唯一無二の
聖戦の終結後、あらゆる爵位と栄典を固辞したファルダシルは、その生涯をひたすら剣の道に捧げた。
どのような事情があっても、至尊種にとって皇帝の意向は絶対である。それでも、ほかならぬ皇帝自身がその意思を尊重し、忠誠の見返りとして自由を与えたならば話はべつなのだ。
ファルダシルの死後、彼のふたりの娘は、それぞれ
その背景には、みずからの血統を強化したいという両家の思惑が存在したことは言うまでもない。
无冠者ファルダシルから数えてハルシャは三代目、レイエスは四代目の子孫にあたる。
だが、レイエスは吸血鬼としての覚醒と同時に、ハルシャは戦闘人格アラナシュの誕生をきっかけとして、ほかの新種族をはるかに凌駕する力を手にしたのである。
ファルダシルの子孫である彼らにふたたびの先祖還りが生じたのは、たんなる偶然ではない。
じつに五百年以上という途方もない歳月を必要としたものの、両家の目論見はみごと図に当たったのだ。
だが――――
おなじ祖先を持つ先祖還り同士でも、レイエスとハルシャのあいだにはおおきな隔たりがある。
幼いころから剣の天才として名声をほしいままにし、ギデオン・ファルダシルさえ手に出来なかった剣聖の称号を得るに至ったレイエスにたいして、ハルシャは吸血鬼社会の落伍者に等しい扱いを受けている。
もうひとつの人格であるアラナシュの存在は厳重に秘匿され、いまもサイフィス家のトップシークレットとして箝口令が敷かれているためだ。
剣聖としてあまねく天下にその名を知られたレイエスが光ならば、期せずして第二の无冠者となったハルシャとアラナシュはいわばその影である。
ひとつの大樹から分かれた枝同士ともいえる彼らが、異なる
***
「いい機会だ。貴様にこのイクシュヴァークの真の名を教えてやろう」
鍔迫りの火花が散るなか、アラナシュは不敵に告げた。
「ブラッドローダー”アビメレク”――――朽ちかけていた无冠者ギデオンの愛機をわがサイフィス侯爵家が再生したものだ。もっとも、
黙したまま攻撃を捌きつづけるレイエスに、アラナシュはなおも語りかける。
「アルダナリィ・シュヴァラが使えないのは残念だが、貴様に引導を渡すのにこれほどふさわしいマシンもなかろう」
「……」
「ほかの連中がいくら褒めそやしたところで、貴様はしょせん偽りの剣聖にすぎん。そのことを俺たちが思い知らせてやる」
言い終わるが早いか、イクシュヴァークの左腕が動いた。
長剣が宙にかがやく円弧を描いたかとおもうと、それは光の
剣を回転させることで、刃にまとわせたエネルギーを円盤状に成形し、衝撃波とともに敵に叩きつける……。
”レイズ・スラッシャー”。
それは、吸血鬼の剣技のなかでもとくに習得がむずかしいとされる技であった。
「まだこんなもので終わりだと思うなよ」
イクシュヴァークの左腕は幻みたいにかき消えている。
あまりにも高速で動いているために、肉眼では残像さえ捉えられないのだ。
間髪を入れずに、さらに四つの
ひとつ放つだけでも至難であるはずのレイズ・スラッシャーを、アラナシュは左腕一本で難なく連発してみせたのだ。
「……」
槐丸は長剣をだらりと垂らしたまま身じろぎもしない。
そのあいだに、五つの
迎え撃とうにも、別々の方向から飛来する物体を同時に打ち落とすことはほとんど不可能だ。
もしどれかひとつでも仕損じれば、致命傷は避けられないのである。
「五体ことごとく微塵に刻まれて死ね、レイエス――――」
アラナシュは勝ち誇ったように哄笑を放つ。
盤面はすでに詰みだ。
この状況からレイエスがどう出ようと、アラナシュとハルシャの勝利はけっして揺るがない。――そのはずだった。
次の刹那、アラナシュの
槐丸が長剣をひらひらと舞わせたのだ。
剣だけではない。機体そのものがゆるやかに舞っている。
およそ剣術の
おもわず目を奪われそうになったアラナシュは、はたと我に返った。
槐丸の長剣から無数の
レイエスは、あの優美な舞いのさなかにレイズ・スラッシャーを繰り出したというのか?
敵の目を欺くためではない。舞いそのものが剣技であり、すべての動作は途切れることなく連続しているのだ。
かつて剣の
優婉な舞いから繰り出された攻撃は、レイエスが若くしてその境地に到達していることを千の言葉よりも雄弁に物語っていた。
レイエスが放った無数の輪刃は、槐丸に接近しつつあった五つの輪刃を瞬時に喰らったのみならず、勢いもそのままにイクシュヴァークへと殺到する。
「おのれ……っ!!」
アラナシュは吐き捨てるや、イクシュヴァークの全身に搭載されたミサイルを一斉発射する。
ブラッドローダーは戦況に応じてさまざまな種類のミサイルや砲弾を自己製造する能力をもっているが、対ブラッドローダー戦においてそれらが役に立つことはない。
大気中のトリチウムを取り込んで即席の核弾頭を作ったところで、ブラッドローダーの装甲にダメージを与えることはできないのである。
それどころか、むざむざと敵にエネルギーを与えることにもなりかねない。
アラナシュの意思によってイクシュヴァークが作り出したミサイルも、むろん攻撃のためのものではない。
その内部はまったくの空洞――より正確にいえば、極限まで圧縮した空気を詰め込んだチャンバーなのだ。
信管が作動するや、ミサイルはすさまじい爆音とともに破裂する。
解き放たれた圧縮空気はその場に見えざる壁を作り出し、レイエスが放った
レイズ・スラッシャーも衝撃波を媒介としているいじょう、気圧の壁にぶつかればたちまち無力化されてしまうのである。
「この俺に……よくもこんな姑息な手を使わせてくれたな」
吸血鬼同士の決闘において、飛び道具の使用は邪道とされている。
その原則はブラッドローダー戦においても変わらない。
やむをえない状況だったとはいえ、ミサイルを使ってしまったことで、アラナシュのプライドはひどく傷ついたのだった。
そんなアラナシュにむかって、レイエスは抑揚の乏しい声で問いかける。
「なにを気に病むことがある」
「貴様ごときに飛び道具を使ったことだ!!」
「解せんな。使えるものを使ってなにが悪い? だれがそんなことを決めた?」
レイエスの声は常とかわらず冷たく澄みきっているが、その言葉の端々には若者らしからぬ重々しい響きがある。
「あの時代にはそんな決まりごとはなかった。戦いは勝つことがすべて。道具の
「レイエス、貴様、さっきからなんの話をしている!?」
「”先祖還り”で受け継がれるのは能力だけではないということを、其許は知っているか?」
動揺を隠せないアラナシュに、レイエスはこともなげに告げる。
「其許が受け継いだのは肉体的資質だけだ。しかし、私はちがう」
「なに――――」
「私は无冠者ギデオンのすべてを受け継いでいる。聖戦時代の記憶、生涯をかけて磨き上げた技術、そして魂のすべてがここにある」
その声は、レイエスであってレイエスではない。
いまアラナシュのまえに立っているのは、現代によみがえった无冠者ギデオンその人なのだ。
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