CHAPTER 10:テイキング・オール

 すさまじい衝撃と風圧は、いずれの切っ先より疾く”赫薔薇姫ローゼン・ロート”を打った。


 地響きも熄まぬなか、砂塵を巻き上げて大地に屹立したものがある。

 全長一◯メートルはあろうかという巨大な鉄杭だ。

 その表面を覆う色彩いろは、濡れたような光沢を帯びた

 ローゼン・ロートと同色の装甲にほかならなかった。


「いいタイミングだ、メルヴェイユ」


 予期せぬ事態に動きを止めた四騎を一瞥し、イザール侯爵は満足げに呟く。


「間に合ってなによりです。どうかご武運を、侯爵閣下――――」


 通信回線ごしに恭しく応じたのは、玲瓏たる女の声だ。

 イザール侯爵家の人狼騎士団を率いる人狼兵ライカントループメルヴェイユである。


 六騎との戦闘に入る直前――――

 イザール侯爵は、メルヴェイユにひとつの密命を託した。

 すなわち、塔市タワーの多目的カタパルトを用いてを戦場に打ち出すように、と。

 射出するタイミングは、ひときわ高い砂煙が上がった瞬間。

 メルヴェイユは寸秒の狂いもなく、完璧に主君の要求に応えてみせたのだった。


「さて、第二幕を始めるとしよう」


 ローゼン・ロートの腕が鉄柱に伸びた。

 無骨な指先がその表面に触れたのと、鉄柱が変形を開始したのは同時だった。

 鉄柱だったものは、たちまち数千とも数万ともしれない断片へと分解されていく。

 それは木の葉のように舞い、あるいは粘菌のように溶け崩れつつ、またたくまにローゼン・ロートの全身を覆い尽くす。


「おのれ、この期に及んでつまらん小細工を弄するか!!」


 怒声を放ったのはオリヴィエ・モーレヴリエだ。

 ほかの三人同様、いっときは攻撃の手を止めたオリヴィエだが、それもつかのまのこと。

 鉄柱の正体がなんであれ、ローゼン・ロートが武器を失っていることに変わりはないのである。しかも戦場の真ん中で立ち止まっているとあれば、攻撃を仕掛けない手はない。

 血気盛んな近衛騎士は、絶好のチャンスを逃すまいと愛機ヴァルプルガを猛進させる。


「待て、オリヴィエ!! またしても先走るつもりか!?」

「止めるな、兄者。これは断じて手柄欲しさの先走りなどではない。奴がなにかを企んでいるのなら、わが身をもってその魂胆を暴いてくれるまで!!」


 兄ギュスターヴの制止も聞かず、オリヴィエのヴァルプルガはローゼン・ロートに急迫する。

 まばゆい銀光をふりまいて長剣が踊った。ヴァルプルガのフルパワーを込めて横薙ぎに斬断しようというのだ。


「――――!?」


 必殺の一閃がローゼン・ロートを切り裂くまさにその瞬間、オリヴィエは言葉にならない叫びを洩らした。


 掌だ。

 それも、ただの掌ではない。

 深緋色の装甲をまとった巨大な掌が、長剣の刃を掴み取っているのである。

 オリヴィエはとっさに長剣を引こうとするが、太い指にからめとられた刃はぴくりとも動かない。

 おそるべき握力であった。


 オリヴィエは長剣を捨て、後退を決断する。

 ふいに機体が軽くなったことを自覚したのはそのときだった。

 近衛騎士の目交に映じたのは、あざやかな切断面を晒したヴァルプルガの下半身だ。

 そして、鮮血を撒いて旋回する異形の巨剣――ふた振りの大剣同士を柄尻でつなげた連結両剣コンバインド・ソードであった。


「なんだ……あれは――――」


 血煙の彼方にたたずむローゼン・ロートの姿を認めて、オリヴィエは消え入りそうな声で言った。

 それが彼の最期の言葉になった。

 緋の閃光がまたたいたと思うや、ヴァルプルガの上半身は乗り手ローディごと両断されたのである。


「オリヴィエ!! おのれラルバック・イザール、よくも……」


 双子の弟の死を目の当たりにして激昂したギュスターヴは、しかし、その場から一歩も動くことはできなかった。

 

 目と鼻の先に立つローゼン・ロートは、先刻までとはまるで様相を異にしている。

 鉄柱だったものはいまや跡形もなく消え失せ、一部は連結両剣に、残った部分は機体の各部を鎧っている。

 おおきく張り出した肩と胸の装甲は、そのうちに宿る巨大な膂力パワーを無言のうちに物語る。

 頭部を覆うのは長大な角飾りをあしらった兜だ。スリットが刻まれた目庇バイザーの奥であざやかな赤光がまたたく。

 あらゆるブラッドローダーのなかでも、聖戦十三騎だけがもつ特殊装備――――アーマメント・ドレス。

 ローゼン・ロートのためだけに仕立てられたそれは、合戦用の武具と甲冑にほかならない。

 

を使うのは二百年ぶりになるか。あいにくだが、慣れぬ道具ゆえ手加減はしてやれん。それでもかまわぬというなら……」


 イザール侯爵は連結両剣を両手で構えつつ、三騎のブラッドローダーを睥睨する。


「遠慮は無用――――どこからでもかかってくるがいい」


 言い終わるのを待たずに、三つの影が宙に舞う。

 

 大気を裂く快音とともに、クレパスキュルの両袖からするどいものが六つばかり飛んだ。

 見た目はクナイによく似ているが、むろんただの飛び道具ではない。

 自律制御式の遠隔攻撃デバイスだ。

 デバイスはみずから意思あるもののごとく自在に飛翔し、全方位から標的に襲いかかるのである。

 ほんらいは電子戦用の中継子機として開発されたものだが、複数のデバイスによる飽和攻撃は、まさしく暴風のごとき破壊力を発揮する。


「ズルツバッハ伯爵夫人、そのまま奴の動きを止めろ。ギュスターヴ!! いまぞ弟の仇討ちせい!!」

「おおッ!!」


 リムザン伯爵の言葉に鼓舞されたギュスターヴは、愛機ラングロアを突進させる。

 双子の弟を目の前で殺された怒りが恐怖を麻痺させているのだ。

 イザール侯爵がどんな策を弄したところで、真正面から一気呵成にぶちやぶる。

 たとえ刺し違えたとしても悔いはない。敵将を道連れに散ることは、近衛騎士としてなによりの名誉なのだから。


 なおもその場から動かないローゼン・ロートめがけて、ラングロアの長剣とグロヴィデンスの鞭、そしてクレパスキュルの遠隔攻撃デバイスがいっせいに襲いかかる。

 

 金属を烈しく打つ音が響きわたったのは次の刹那だった。

 

 鞭はローゼン・ロートの首に絡み、遠隔攻撃デバイスは装甲の脆弱な部分に突き立っている。

 そして、長剣の切っ先は、深緋色の装甲を割ってローゼン・ロートの胴体を深々と刺し貫いていた。

 イザール侯爵はいっさい防御することなく、なすがままにすべての攻撃をその身で受け止めたのだった。


――――勝った!!


 三人が心中で快哉を叫んだのと、ローゼン・ロートの兜の奥で赤光がまたたいたのとは、はたしてどちらが早かったのか。


 ローゼン・ロートの左手が首に絡んだ鞭を掴み、ぐいと引き寄せるや、グロヴィデンスはあっけなく宙に浮いた。

 同時に右手の連結両剣コンバインド・ブレードが動き、長剣を突き刺したまま身動きの取れないラングロアを逆袈裟に斬断する。

 おびただしい黒血を振りまきつつ旋回した刃は、そのままローゼン・ロートの手を離れ、グロヴィデンスへと吸い込まれていった。

 聖戦十三騎のなかでも並ぶものなき膂力パワーをほこるローゼン・ロートだ。

 直接斬りつけたほどではないにせよ、投擲物にもおそるべき破壊力が宿るのである。

 はたして、回転しつつ飛翔した連結両剣は、いともあっさりとグロヴィデンスを縦に割った。


 リムザン伯爵とギュスターヴの両名が即死したことは言うまでもない。

 

 流れた時間はわずか◯・◯一秒にも満たない。

 ふたりの貴族は、自分の置かれた状況を認識するまもなく、一刀のもとに屠られたのだった。


「な、なぜ生きて……!?」


 ズルツバッハ伯爵夫人は、後じさりつつ、消え入りそうな声で呟いた。

 戦意を喪失していることはブラッドローダーの装甲ごしでもはっきりと見て取れる。

 それも無理からぬことだ。確実に掴んだはずの勝利が、まるで蜃気楼みたいにかき消えてしまったのだから。


 そんなズルツバッハ伯爵夫人に、イザール侯爵はひとりごちるみたいに言った。


「ただ賭けに勝っただけのこと」

「賭け!?」

「そうだ。私は卿らがに賭けた。あらかじめ攻撃される箇所に装甲を集中すれば、致命傷には至らん。その読みが当たったというだけのことだ」

「では、もし我らが同時にかからなかったら……」

「決まっている――――そのときは私の敗けだ」


 動揺するズルツバッハ伯爵夫人にむかって、イザール侯爵はこともなげに言ってのける。

 まさしくみずからの生命を賭けた危険な博奕は、イザール侯爵の勝利に終わったのだ。


勝者総取りオール・テイクといこう」


 ローゼン・ロートの右手からするどいものが音もなく伸びた。

 アーマメント・ドレスに付属する武装のひとつ――伸縮式の長槍スピアだ。

 一・五メートルほどの円筒だったそれは、一瞬のうちに折りたたまれていた機構を展開し、たちまちブラッドローダーの背丈を超える長柄武器ポールウェポンへと姿を変えていた。


 穂先のあたりでがおぼろげに揺らいだ。

 電光をほとばしらせつつ伸びた青白い焔が、はっきりと刃の形を取る。

 超高温のプラズマを放射してエネルギー刃を形成したのだ。

 その温度は太陽フレアにも匹敵する。ローゼン・ロートのパワーが加われば、ブラッドローダーの装甲を溶断する程度は造作もない。


「ひいっ!!」


 クレパスキュルが遠隔攻撃デバイスを呼び戻そうとしたときには、ローゼン・ロートはすでに地を蹴って躍動している。

 刹那、深緋色の旋風が吹き抜けたと思うや、金属を断つ快音が一帯を領した。


 対峙する二騎のブラッドローダーは、互いに位置を交換するかたちになった。

 どちらも微動だにしない。

 ただ、乾いた風と砂埃だけが、凍てついた時間のなかをさらさらと流れていく。


 先に動いたのはクレパスキュルだ。

 ローゼン・ロートに背を向けたまま、一歩、二歩とよろめきつつ前進する。

 しゃっ――と、乾いた風鳴りに奇妙な音が混じった。


「む、無念……」


 ズルツバッハ伯爵夫人は苦しげな声を洩らす。

 右肩から左腰へと斜めに走った極細の銀線に沿って、クレパスキュルの胴体がずり落ちたのは次の瞬間だ。

 すれちがいざま、ローゼン・ロートの一閃を浴びたクレパスキュルは、乗り手ローディごと袈裟懸けに斬断されたのだった。

 おそるべき切れ味。そして、イザール侯爵の技量であった。


 たったひとりですべての敵を倒したイザール侯爵は、ふと空を見上げる。


 剣聖レイエスとハルシャの戦いは、はるか成層圏の彼方でまだ続いているのだ。

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