CHAPTER 20:セカンド・ドゥームズデイ

「言え、リーズマリア。支配者の座に就くと――――」


 最高司令官グランドコマンダーの声には隠しきれない興奮がにじんでいる。

 ややあって、リーズマリアはあくまで凛然と言い放った。


「先刻も伝えたとおり、私は支配者になどなるつもりはありません」

「バカな……!!」

「あなたは自分を神だと思い込んでいるだけの哀れな道化。見下しているつもりの至尊種ハイ・リネージュや人間よりも、ずっと惨めで愚かな存在だということにまだ気づかないのですか」


 最高司令官の返答を待たず、リーズマリアはなおも言葉を継いでいく。


「たとえ滅びゆく運命さだめであったとしても、私は現在いまを懸命に生きる人々とともにあります。それが私の選択、私の意志です」

「清浄で完璧な新世界ではなく、汚れきったこの世界の存続を望むというのか!? このさきに未来などありはしないのだぞ」

「そもそも、この世のあまねく存在はいずれ老い衰え、そして滅びゆく宿命さだめ。それは私たち旧き吸血鬼とて例外ではありません。あなたの言う理想的な新世界など、しょせん幻想にすぎないのです。なにより……」


 リーズマリアはいったん言葉を切ると、深く息を吸い込み、一語一語はっきりと口にする。


「私が望むものは私自身の手で掴みます。あなたに与えてもらうものなど、なにひとつありません」


 それだけ言うと、リーズマリアはアゼトのほうをちらと見やる。

 アゼトは何も言わなかった。

 ただ、ノスフェライドの黒い頭部を首肯させただけだ。

 

「もう終わりだ、最高司令官。あんたも、あんたの計画もな」

「だまれ!! もはや吸血猟兵カサドレスでさえなくなった人間風情が……!!」

「チップがあろうとなかろうと、俺は吸血猟兵だ。この胸に戦う意志があるかぎり、俺の矜持はだれにも奪えはしない」


 アゼトは大太刀の切っ先を最高司令官に突きつける。

 それは、これいじょうの会話は無用という意思表示にほかならない。

 最高司令官の敗北はもはや動かしがたい。

 二機のブラッドローダーの戦闘能力をもってすれば、この空間を消し飛ばす程度は造作もないことなのだから。


「おのれ、どこまでも愚昧なれ者どもめが――――」


 最高司令官が吐き捨てたのと、空間に異様な震動が走ったのと同時だった。


「なにをするつもりだ!?」

「あくまで我の申し出を拒むというなら、人類解放機構軍が保有しているすべての核ミサイルを発射する」

「バカな。ブラッドローダーに核など通用しない。そんなものを使ったところで、貴様ひとりが自滅するだけだ」

「勘違いするな。狙いは汝らではない。……核を用いて破壊するのは、この世界そのものだ」


 最高司令官の言葉に呼応するように、宙に立体映像が表示された。

 そこに映っているのは、地中深くに建設されたミサイルサイロと、その内部に格納された多段式ロケットだ。


 ただの戦略核ミサイルではない。

 最終戦争の終盤において、対吸血鬼用の切り札として開発されたオゾン層破壊兵器だ。

 大気圏に巨大なオゾンホールを穿ち、紫外線をふくむ膨大な宇宙放射線を降らせることで、地上から吸血鬼を一掃する計画だったのである。

 むろん、宇宙放射線が死滅させるのは吸血鬼だけではない。人間をはじめとする地球上のあらゆる動植物を巻き添えにした、それは惑星規模での自爆攻撃にほかならないのだ。


 破滅的な計画は、しかし、戦時中に実行に移されることはなかった。

 ブラッドローダーの登場によって人類軍は各地で敗走し、発射施設を放棄せざるをえなかったのである。

 戦後、狂気の計画は人々の記憶から忘れ去られていった。

 そうだ――戦前から生きつづける最高司令官グランドコマンダーただひとりを除いては。

 八百年の時を経て完璧に修復され、本来の性能を取り戻した最終兵器は、いま目覚めの刻を迎えようとしているのだった。


「たとえオゾン層をすべて剥ぎ取ったところで、塔市タワーに住む新種族どもは死にはすまい。だが、地上の人間たちはどうだ? 致死量の宇宙線が直接降り注ぐようになれば、彼奴らはたちどころに死に絶えるであろう」 

「そんなもの、発射されるまえに破壊するまでだ!!」

「どこまでもあさはかな猿め。まさか発射地点がここだけだとでも思っているのか」


 画面が細かく分割され、数十発のミサイルが映し出されたのは次の瞬間だった。

 いずれのミサイルも、すでに最終発射体制ファイナル・ローンチに入っている。

 ブラッドローダーの演算能力をもってすれば映像の送信元を逆探知することも可能だが、たとえ座標を割り出したところで、発射を阻止できるかどうかは別問題だ。


「いくら貴様たちのブラッドローダーが高性能でも、世界各地から発射されるミサイルを同時に叩くことなど不可能だ。たとえ一発でも成層圏で炸裂すれば、地上の人類を全滅させるには事足りる……」

「……っ!!」

「破滅を防ぐ手立てはただひとつ。リーズマリアよ、おまえが私の申し出を受諾するなら、ミサイルの点火を止めてやってもよい。あと十秒だけ猶予をやろう――――」


 最高司令官はあくまで鷹揚に告げる。

 もしリーズマリアが拒否すれば、その瞬間にすべてのミサイルが発射されるだろう。

 もしオゾン層が破壊されれば、至尊種ハイ・リネージュはともかく、じかに放射線を浴びる人間はひとたまりもない。

 文字どおり、この十秒に全人類の命運がかかっているのだ。


「アゼトさん――――」


 リーズマリアはぽつりと呟くと、ノスフェライドのほうをちらと見やる。


「私のことを信じてくださいますか?」

「決まっている。たとえどんなことになったとしても、俺はリーズマリアの味方だ」

「……ありがとう」


 それだけ言って、リーズマリアはふたたび最高司令官に向き直る。

 

「わかりました。……そちらの申し出を受諾します」

「それでいい。いざ我がもとへ来たれ、次なる支配者よ」

「そのまえに、ひとつ条件があります。ただちにミサイルの発射を止めてください」

「く、く。よかろう――――」


 画面のむこうに変化が生じた。

 多段式ロケットのほとんどを構成する大型燃料タンクが取り外され、アームに支えられた弾頭部だけが宙に浮いている。

 いましも発射されようとしていたミサイルは、これで完全に無力化されたことになる。


 リーズマリアは無言のまま、最高司令官のもとへ近づいていく。

 そうして数歩進んだところで、四方から細長いものが飛び出した。

 炭素繊維カーボンナノチューブの糸を撚り合わせたワイヤーだ。

 ワイヤーは蛇みたいにのたくりつつ、リーズマリアの四肢と首に巻き付き、その動きを縛める。


「なんのつもりだ!?」

「動くな、小童。一歩でも動けばこの娘をくびり殺すぞ」

「リーズマリアはあんたの後継者になることを受け入れた。このうえなにが不満だ!!」

「後継者だと? 笑わせてくれる。だれが裏切り者の娘を後継者になど選ぶものか。我が欲していたのはこの女の肉体、いまや地上に唯一残された旧種族の血統だけだ。失われた本来の身体に代わって、わが意識を移し替えるための器として……な」


 身動きの取れないリーズマリアとアゼトにむかって、最高司令官は勝ち誇ったように哄笑する。


「穢らわしい新種族どもの血が混ざっていることには、このさい目を瞑ろう。純血の旧種族たる私の器になれることを光栄におもえ、リーズマリア」

「……好きになさい」

「くく、もはや反抗する気力も失せたか。ずいぶんと手こずらせてくれたが、あらたな器にくわえてブラッドローダーまで手に入るとあれば、上出来すぎるほどよ」


 言い終わるが早いか、奇妙な機械がリーズマリアの頭に覆いかぶさった。

 最高司令官のカプセルと無数のケーブルで繋がったそれは、遠目には鉄仮面のようにもみえる。

 リーズマリアは抵抗するそぶりも見せず、なすがままになっている。

 

「これより私の意識を転送する。おまえの人格は跡形もなく消え去ることになろう。リーズマリア、最後になにか言い残すことはあるか?」

「ひとつだけお願いがあります……」

「なんだ?」

。……覚悟を決めたからには、無用の苦痛を味わいたくはありません」


 不安げなリーズマリアの言葉に、最高司令官は呵々と大笑する。 


「愚問だな。心配せずとも、この私が失敗することなど万にひとつもありえん――――」

「それを聞いて安心しました」


 アゼトは身じろぎもせず、固唾をのんで二人のやりとりを見守っている。

 

 ケーブルを伝ってリーズマリアの身体に光が走ったのは次の瞬間だった。

 最高司令官の脳が収められたカプセルもまた、かすかな燐光を放っている。

 ついに意識の転送が始まったのだ。

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