CHAPTER 19:ニュー・ジェネシス
重水素レーザーの閃光が闇を裂いた。
水爆と同等のエネルギーを凝縮した熱線は、空母型メガフロートの最下層をあっさりと貫き、はるか地底へと伸びる
いま、互いに手を取り合って竪坑に飛び込んだ巨影はふたつ。
一機は漆黒のブラッドローダー”ノスフェライド”。
そして、白銀の装甲をまとったもう一機は、リーズマリアの”セレネシス”だ。
黒と銀の巨人騎士は、
やがて、二機はほとんど同時に着地した。
足元は土ではない。床一面に敷き詰められているのは、光沢を帯びた金属だ。
あたりを見渡せば、大深度地下とは思えないほどだだっぴろい空間が広がっている。
「リーズマリア、俺のそばを離れないで」
言って、アゼトはノスフェライドのセンサーを用いて一帯を
次の瞬間、おもわず驚嘆の声を洩らしたのは、その広さに圧倒されたためだけではない。
そこは巨大な機械に埋め尽くされた異様な空間だった。
独立した大小の機械同士が有機的に絡みあい、ひとつの生態系を形作っているのだ。
床といわず壁といわず無数の
ノスフェライドとセレネシスのセンサーは、どちらも”
ブラッドローダーのセンサーはたとえ小動物だろうと確実に捕捉する。二機ともに生体反応を検知できなかったとあれば、この場所が無人であることは疑いようもない。
それでも、
「俺が先行する。リーズマリアは後ろを警戒していてくれ」
「わかりました。……アゼトさんもお気をつけて」
ノスフェライドとセレネシスは、機械に占拠された空間を慎重に進んでいく。
ブラッドローダーの火力をもってすれば、メガフロートごとこの場所を吹き飛ばすことはたやすい。
じっさい、アゼトはそのつもりだったのだ。最高司令官を殺すだけなら、重水素レーザーとミサイルをありったけ乱射し、なにもかもを灰燼に帰すのが最も手っ取り早いのである。
それを止めたのはリーズマリアだった。
――もはや平和的解決は不可能だということは承知しています。それでも、彼にはまだ聞き出さなければならないことが残っているのです。……
最高司令官を殺すのは、必要な情報をあらいざらい吐き出させてから――というわけだ。
延命のために生身の肉体を捨てたとはいえ、最終戦争以前から生きつづけている唯一の旧種族であることに変わりはないのである。
どのみち最高司令官はブラッドローダーに対抗する術を持っていないのだ。
ノスフェライドとセレネシスを前にすれば、みずからの命運が尽きたことを否応なしに理解せざるをえないはずであった。
と、ふいに地鳴りのような音が一帯を領した。
たんなる機械の作動音ではない。空間そのものが鳴動しているのだ。
何の変哲もない金属としか見えなかった床がそこかしこで形を変え、機械類を飲み込んでいく。
「リーズマリア!!」
アゼトは反射的にセレネシスを抱き寄せていた。
ブラッドローダーに乗っているかぎり、
密着したまま浮遊する二機のブラッドローダーの足元では、いまこのときも異変が進行しつつある。
ややあって、鳴動はふいに熄んだ。
アゼトとリーズマリアの眼前に広がる光景は、数秒まえとはまったく様相を異にしていた。
機械類のほとんどは地下と壁面に収納され、それと入れ替わるように、透明なシリンダーが立錐の余地もないほどに林立しているのである。
「なんだ、これは……!?」
突然の出来事に、アゼトはおもわず驚嘆の声を洩らしていた。
透明なシリンダーの総数はざっと数千基ほど。
その内部には、あざやかな青色の液体が充填されている。
「アゼトさん、あれを――――」
アゼトはリーズマリアが指し示した方向にすばやく視線をむける。
そして、そのまま言葉を失った。
人間だ。
数えきれないほどの人間が、一糸まとわぬ姿でシリンダーの内部に浮遊しているのである。
身体を丸め、青い液体に浮かぶその姿は、一見すると胎児のようにもみえる。
最大の違いは、彼らはいずれも成熟した男女だということだ。
「こいつらは……」
アゼトがシリンダーのひとつに手を伸ばそうとしたとき、部屋の中心に轟音とともにそびえ立ったものがある。
高さ五十メートルはあろうかという透明な正四角錐だ。
その内部に浮かんでいるのは、脳髄と神経だけの異形である。
人類解放機構の指導者たる
最初にアゼトとリーズマリアが面会したのは、彼が住まう巨大な塔の先端部にすぎなかったのだ。
「まさかブラッドローダーを持っていたとはな……」
最高司令官の声には、隠しきれない驚愕がにじんでいる。
無理もないことだ。
ノスフェライドが出現するその瞬間まで、最高司令官はアゼトを旧型の
人間――それも、吸血鬼を狩る吸血猟兵がブラッドローダーを所有しているなど、考えもつかないことであった。
ノスフェライドは大太刀を抜くと、するどい剣尖を最高司令官に向ける。
「約束どおり、おまえを殺しに来た」
「威勢のいいことだ。しかし、汝に我を殺すことはできん」
「なに?」
訝しげに問い返したアゼトに、最高司令官はあくまで落ち着いた声で応じる。
「汝のまわりをよく見てみるがいい。ここに眠っている者たちはただの人間ではない。放射線や化学物質に汚染されていない、清浄にして完璧な
「それがどうした!?」
「忌々しい新種族の奴ばらは、すでに生殖能力の限界に達している。だが、新種族が滅んだところで、汝ら人類にも未来はない」
最高司令官の声には、どこか憐れむような響きさえある。
「いくら世代を重ねたところで、ひとたび汚染された遺伝子はけっして元通りにはならぬということだ。遠からず、汝らヒト種の寿命は現在の半分以下にもなろう。やがては新種族と同様、滅びへの道を転げ落ちていくのみ……」
「いったいなにが言いたい?」
「知れたこと。遅かれ早かれ絶滅する宿命の汝らに代わって、我が作り上げた完璧な新人類が世界を再建する。そして、彼の者たちの頂点に立つべき存在は、我ら旧種族の末裔――――そこにいるリーズマリアを置いてほかにおらぬ」
最高司令官の眼中には、もはやアゼトの姿はない。
延命のために肉体を捨てた彼にとって、いまやリーズマリアだけが種族の希望なのだ。
「リーズマリアよ。いまこそ滅びゆく種に見切りをつけ、来たるべき新世界の支配者となれ。それこそが、この滅びゆく世界を救うただひとつの手立てなのだ」
依然として沈黙したままのリーズマリアに、最高司令官はなおも熱の篭った声で語りかける。
「あらたな創世を司る神の座は、汝のためにこそある。この世界を滅亡から救いたいのであれば、我の申し出を拒むという選択肢はないはずだ……」
両者のあいだに重い緊張が降りた。
どちらも無言を保ったまま、相手の出方をうかがっているのだ。
セレネシスのコクピットが音もなく展開したのは次の瞬間だった。
銀灰色の髪をなびかせて地上に降り立った吸血鬼の姫は、最高司令官をまっすぐに見据えると、決然と言った。
「私の意思は決まっています――――」
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