CHAPTER 14:ポイント・オブ・ノー・リターン

 二機のリベレイターを載せたエレベーターは、メガフロートの最下層にむかって降下していった。

 ドアのすぐ近くにヴァネッサ機、その後方にアゼトの機体が前後に並んだ格好だ。


「わかっているとは思うが――――」


 地鳴りのような駆動音が響くなか、アゼトは無線機インカムごしに呟く。


 エレベーターのドアが開くのと同時に待ち伏せ攻撃が仕掛けられる可能性は否定できない。

 その場合には、当然ドアの近くにいるヴァネッサの機体がまっさきに被弾することになる。

 それはとりもなおさず、ヴァネッサはアゼトの盾に――より直截に言うなら、弾除けにされるということだ。

 むろん、不審な行動を取った場合には、即座に背後からコクピットを撃ち抜くこともできる。


「べつに気にしなくていい。私を生かしたまま連れてきたのはそのためでもあるんでしょう?」

「……そんなつもりじゃない」

「さっきまで敵だった相手をあまり気遣いすぎないことね。無用な情けは命取りになる」


 ややあって、重い音とともにエレベーターは停止した。


 アゼトはジャイロホイールを作動させ、機体の軸を正面に対して斜めに傾ける。

 それはウォーローダーが出現するはるか以前から戦車兵のあいだに伝わる、限られた装甲厚を最大限に利用するためのテクニックであった。

 ひりつくような緊張感がエレベーター内を支配する。次の瞬間には銃弾とミサイルが飛び込んでくるかもしれないのだ。


 だが、アゼトの予想に反して、開いたドアの向こうに敵影は認められなかった。

 前方には暗く長い通路が伸びているだけだ。

 レーダーにはなんの反応もなく、赤外線IRセンサーで走査スキャンをかけても同様だった。


「さきに行ってくれ」


 アゼトに言われるまま、ヴァネッサの機体が先にエレベーターを出た。

 待ち伏せの危険はひとまず去ったが、ここが敵地の中枢部であることに変わりはない。どこに罠が仕掛けられていても不思議ではないのだ。

 ウォーローダーはその構造上、地雷や落とし穴といったトラップにきわめて脆弱だ。

 堅牢な装甲をほこるリベレイターといえども、片方の脚を失っただけで容易に擱坐かくざするのである。

 ヴァネッサを先行させたのは、進路上の罠の有無を確かめるためのやむをえない措置だった。


 数メートルばかり進んだところで、ヴァネッサ機の右腕が動いた。

 下に向けられていた二十ミリ機関砲の銃口が、ほとんど水平の位置まで持ち上がる。


「――――」


 ヴァネッサの予期せぬ行動に、アゼトはとっさに身構える。


 乾いた発砲音は二度響いた。

 直後、はるか前方でなにかが壊れる音と、かすかな火花が生じた。


「……なにを撃った?」

「自動迎撃ユニットよ。もしあのまま進んでいたら、いまごろふたりとも蜂の巣にされていたでしょうね」


 アゼトは火花が散っているあたりを狙って光学センサーをズームさせる。

 はたして、彼方で炎に包まれているのは、ヴァネッサの言葉どおりのものだった。

 遠目には壁の一部としかみえないが、それは複数の火砲とセンサーを搭載した自律型迎撃ユニットだ。敵が回避不能な距離まで近づいたところで起動し、一斉射撃を仕掛けるのである。

 一発も発射することなく沈黙した九十ミリ連装砲とミサイルランチャーは、いずれもリベレイターに致命傷を与えるには充分すぎるほどの威力をもっている。

 運よく直撃を回避できたとしても、大破はまぬがれなかっただろう。


「助かった。……あのまま進んでいたら危ないところだった」

「礼には及ばないわ。あれは敵味方の区別なく侵入者を攻撃するようプログラミングされている。私は自分が生き残るためにやるべきことをやっただけ」


 周囲を警戒しつつ、二機のリベレイターはさらに先へと進んでいく。

 そのさなか、ヴァネッサはそれとなくアゼトに問いかける。


「コキュートス・システムから彼女を無事に救出したとして、そのあとはどうするつもり?」

「わかりきったことだ。リーズマリアを連れてここから脱出する」

最高司令官グランドコマンダーはあなたたちを逃さないように幾重にも罠を張り巡らせている。裏切り者の私もふくめて、おそらくだれも生かしておくつもりはないでしょうね」


 わずかな沈黙のあと、アゼトはぽつりと言った。


「たとえ俺はどうなろうと、リーズマリアだけはかならず助け出してみせる。彼女はこれからの世界に必要な人だ。人間と吸血鬼にとっての最後の希望の灯を、こんなところで消させはしない」


 予想に反して、自動迎撃システムのほかには敵らしい敵に出くわすこともなかった。

 そうして何度目かの曲がり角を過ぎたところで、通路は唐突に終りを迎えた。


 いま、アゼトとヴァネッサの前に広がるのは、鉄骨の太い柱に支えられただだっぴろい空間だ。

 床に耐熱コンクリートが敷き詰めてあるところを見るに、どうやら航空機の格納庫ハンガーらしい。

 もっとも、肝心の航空機は一機も見当たらない。いずこかへ撤去されたのか、それとも最初から積まれていなかったのは判然としないが、がらんどうの巨大空間は、ひどくもの寂しい風情を漂わせていた。


「コキュートス・システムはこの先の区画セクションにある。もっとも、私も足を踏み入れるのははじめてだけど――――」


 ヴァネッサの言葉に、アゼトは無言で頷く。

 第二世代の吸血猟兵カサドレスを率いる彼女でさえ立ち入ったことのない領域。

 そこになにがあるのかは、じっさいに突入するまでだれにもわからない。

 ただひとつ確実なことがあるとすれば、リーズマリアはいまこのときもアゼトの助けを待っているということだけだ。


「行こう。ここからは俺が先行する」

「本気? すこしまえまで敵だった相手に背中を預けることになるのよ」


 それだけ言うと、アゼトは迷うことなく前に出ていた。


 二機のリベレイターは最大限の警戒を払いつつ、広い格納庫内を進んでいく。

 異変が生じたのはそのときだった。

 コクピットにけたたましいロックオン警告アラームが鳴り響いたのだ。

 アゼトはすばやく手元のレーダーディスプレイに視線を走らせる。


 高速で接近しつつある小型の飛翔体――数は三つ。

 弾頭部に赤外線探知IRシーカーを搭載した対戦車ミサイルだ。

 戦前に実用化された旧式兵器だが、ウォーローダーを破壊するには充分すぎるほどの威力をもつ。

 リベレイターといえども、まともに直撃すれば大破は免れないだろう。


 アゼトとヴァネッサのリベレイターは左右に散開しつつ、コクピット前面の十二・七ミリ同軸機銃を斉射。


 刹那、ごうっ――と、耳を聾する爆音とともに閃光がほとばしった。

 迎撃の成功に安堵の息をつく暇もなく、ふたたび警告音が鳴りわたる。

 二機は互いの死角をカバーするように弾幕を張り、先ほどとおなじように第二波のミサイルを撃墜していく。

 

 白煙がたちこめるなか、アゼトとヴァネッサのリベレイターは疾走に移っている。

 ミサイルには有効射程がある。標的との距離が近すぎても、ミサイル本来の性能を発揮することはできないのである。


 ミサイルがどこから発射されたのかはすでに見当がついている。

 五十メートルほど前方の柱の陰。

 敵はそこに機体を隠しながら、アゼトたちを狙ったのだ。

 

 アゼトはリベレイターの腰部に懸吊されていた手榴弾グレネードを、柱の陰めがけて投擲する。

 手榴弾といっても、爆風と破片によって敵にダメージをあたえる破片手榴弾フラググレネードではない。

 ゲル状の易燃性物質を充填したテルミット焼夷弾である。

 その燃焼温度は三千度にも達する。ウォーローダーの装甲を容易に溶かすばかりか、乗り手ローディを骨も残らず焼死させることも可能なのだ。


 むろん、アゼトもそれで決着がつくとは思っていない。

 投げ込まれたのが焼夷弾だと理解すれば、敵機は柱の陰から飛び出してくるだろう。

 回避と攻撃を同時におこなうことはむずかしい。

 柱の陰から出た瞬間、敵には確実に隙が生まれるはずだ。

 アゼトにとってはまたとない攻撃の好機チャンスでもあった。


 手榴弾が柱の陰に入った直後、青白い炎が一帯を照らし出した。

 敵はその場から一歩も動くことなく、甘んじてテルミットの業火に焼かれることを選んだのである。

 柱の陰には焼け焦げた残骸だけが横たわっている。――そのはずだった。


「こいつは――――」


 柱の陰から現れたを目の当たりにして、アゼトは茫然と呟いていた。


 三千度の猛火を身にまとって佇むのは、暗褐色ダークグレイのウォーローダーだ。

 見るからに分厚い装甲のせいか、あるいはフレーム自体が異なるのか、機体のサイズはリベレイターよりもひと回り以上は大きい。

 全高はざっと五メートルあまり。ウォーローダーとしては最大級の大きさと言っていいだろう。

 頭部の装甲が音もなく展開し、するどい光を帯びた四連レンズがあらわになった。


 機体を包む業火もものかは、暗褐色の機体はゆっくりとアゼトとヴァネッサのもとへ近づいてくる。


「よくぞここまで辿り着いたと言っておこう。さすがは本物オリジナル吸血猟兵カサドレス。チップを持たぬまがいものの第二世代とは出来が違う……」


 外部スピーカーから流れた声は、最高司令官グランドコマンダーのものだ。

 おそらくは遠隔操作リモートコントロールによって別の場所から機体を操っているのだろう。

 コクピットをもたない無人機ならば、炎に焼かれても平然としていられるのも道理であった。


 アゼトは二十ミリ機関砲の銃口を突きつけつつ、するどい声で告げる。


「貴様の部下はもう残っていない。リーズマリアを解放しろ」

「くく、おかしなことを言う。ならば、汝のすぐ隣にいるのはいったいなんだ?」


 アゼトはヴァネッサのほうに視線を動かそうとして、そのまま動きを止めた。

 ついいましがたまで肩を並べて戦ったもう一機のリベレイターは、アゼトの機体に照準を合わせている。


 最高司令官は愉悦に堪えないといったように笑い声を洩らす。


「最高司令官の名においてヴァネッサ・アリエス大佐に命じる。そやつを殺せ。脳髄をえぐり出し、オリジナルのチップを我に献上するのだ」

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