CHAPTER 15:インセイン・ドミネイター

 鉛のような沈黙があたりを支配していた。


 全身に炎をまとわりつかせたまま佇むのは、暗褐色の大型ウォーローダーだ。

 ”ドミネイター支配者”。

 その名が示すとおり、リベレイターを指揮・統括するために開発された上位機種である。

 並外れた大型機にふさわしく、その火力と装甲はリベレイターをはるかに凌駕する。

 それにくわえて、数百機からの大部隊を指揮するための高速コンピュータと戦術データリンク・システムが搭載されている。

 ウォーローダーというよりは、むしろ移動可能な前線基地コマンドポストと言ったほうが適切だろう。

 ほんらいなら操縦と火器管制、通信制御のために三人の乗り手ローディを必要とする有人機だが、最高司令官グランドコマンダーが遠隔操作することで、無人での運用を実現しているのだった。


 アゼトのリベレイターは、ヴァネッサ機とドミネイターに挟まれたまま身動きも取れない。

 もしわずかでも不審な動きを見せれば、たちまち十字砲火を浴びることになる。


 静寂と緊張のなか、口を開いたのはヴァネッサだ。


最高司令官グランドコマンダー、ひとつだけ質問をお許しください」

「なんだ? アリエス大佐」

「あの吸血鬼……リーズマリア・シメイズ・ルクヴァースのことです。彼女がコキュートス・システム内に拘束されているというのは事実なのですか?」


 ヴァネッサの問いかけに、最高司令官はいかにも煩わしげに応じる。


「汝ごときがそんなことを知る必要はない。兵士は兵士らしく、ただ命令を遂行すればそれでよい」

「彼女は正式な和平交渉の使者としてここに来たと聞いています。吸血鬼とはいえ、害意のない相手を不当に拘束するなど……」

「だまらぬか!!」


 ドミネイターの外部スピーカーから怒声がほとばしった。

 ヴァネッサにむかって、最高司令官はなおも怒りに充ちた声で告げる。


「害意がないというが、現にその小童は我らのウォーローダーを盗み、汝の部下たちを殺したではないか」

「お言葉ですが――――彼はリーズマリア・ルクヴァースを奪還するため、そしてみずからの身を守るために戦っただけです。非がこちらにある以上、彼の行動を責めることはできません」

「ヴァネッサ・アリエス大佐。おまえは人類解放機構の一員でありながら、吸血鬼とその配下を弁護するというのだな?」

「私は軍人として、たとえ上官の命令であっても、人道と軍法に外れた行為には加担したくないというだけです」


 最高司令官が「もうよい」と吐き捨てたのと、ドミネイターの背部から二本の砲身が伸びたのと同時だった。


 二連装一二◯ミリ電磁投射砲レールキャノン

 独立した二基の燃料電池フューエル・セルから電力供給を受けて駆動するそれは、ドミネイターがもつ最大最強の武器だ。

 もともとは駆逐艦クラスの艦砲として開発されていた兵器である。

 プラズマ化した砲弾は命中と同時に炸裂し、四千度を超える火炎によって標的を灰と変える。


 ふたつの砲口のひとつはアゼトに、もうひとつはヴァネッサに向けられている。


「ヴァネッサ・アリエス。どうあっても命令に従えぬというなら、この場で処分するまでだ」

「おまちください、最高司令官――――」

「我はゲリラの敗残兵にすぎなかった汝を救い、失った四肢のかわりに新たな肉体を与えてやった。ただの脆弱な人間にすぎなかった汝を、吸血猟兵カサドレスにしてやったのだ。よもやその恩義を忘れたとは言わさぬ」


 最高司令官はヴァネッサの返答を待たず、なおも恫喝めいた口調で続ける。


「汝に兵士としての本分をまっとうする最後の機会を与える。――その小童の脳髄からチップを抉り出せ。行動をもって忠誠の証を立てよ」


 アゼトのリベレイターが動いたのはそのときだった。

 両腕が上がったのと同時に、重い音を立てて二十ミリ機関砲が床に落ちた。

 敵前で武器を手放す。それは、これいじょうないほど明確な武装解除の意思表示にほかならなかった。

 最高司令官はアゼトにむかって訝しげに問う。


「小童、それはなんのつもりだ?」

「見てのとおりだ。俺は勝ち目のない戦いをするつもりはない」

「白々しいことをかすな。汝はいったいなにを企んでいる?」

「これでも嘘だと思うか?」

 

 かすかな駆動音とともにリベレイターのコクピットが開いた。

 アゼトはシートに座ったまま、ドミネイターの砲口に生身を晒している。

 さあ殺してくれと言わんばかりの無謀な振る舞いに、最高司令官はなかば呆れたように哄笑する。


「追い詰められて気でも狂ったか」

「俺は正気だ。これでもまだ信じられないというのなら、操縦桿スティックから両手を離してみせようか」


 言うが早いか、アゼトの両手が操縦桿を離れた。

 最高司令官とヴァネッサが見ているまえで、アゼトは両手を頭より高く――開ききったコクピットハッチすれすれに掲げる。

 完全に戦意を失ったことを示す体勢だ。

 いかに吸血猟兵カサドレスでも、こうなってはもはやどうすることもできないのである。


「始末する手間が省けたというものだ。その殊勝な心がけに免じて、せめて苦しまずにチップを摘出してくれる……」


 最高司令官は高笑いを放つと、アゼトのリベレイターへと一歩を踏み出す。

 みずからの手でアゼトをコクピットから引き剥がそうというのだ。


 ドミネイターが歩行するのにあわせて電磁投射砲の砲身が揺れ、照準が外れた一瞬を、アゼトは見逃さなかった。

 アゼトは高く掲げた両手を勢いよくコクピットハッチの裏側に叩きつける。

 そのまま抱え込むようにして構えたのは、警備兵から奪ったグレネードランチャーだ。

 コクピットを開く直前、ひそかにハッチの裏側に仕込んでいたのである。


「おのれ、謀ったな――――」


 弧を描いて飛んだ榴弾は、まるで吸い寄せられるみたいにドミネイターの頭部へと向かっていく。


 転瞬、爆発音とともに炎と閃光がほとばしった。

 榴弾にはドミネイターのセンサーを破壊するほどの威力はない。

 それはむろんアゼトも承知している。

 一時的に索敵システムと射撃F管制C装置Sを混乱させることができれば充分なのだ。


 アゼトはふたたびリベレイターの操縦桿を握ると、機体をその場で急旋回させる。

 落とした二十ミリ機関砲を拾い上げたとき、最高司令官の絶叫がこだました。


「なにをやっている!? ヴァネッサ、奴を殺せ!!」


 ヴァネッサのリベレイターはアゼト機を追って疾走を開始する。


 アゼトは反射的に二十ミリ機関砲を構えるが、すぐに照準をヴァネッサのリベレイターから外していた。

 ヴァネッサ機が銃口を下げたままであることに気づいたためだ。


「いいのか?」

「どのみち私は殺される。だったら、最後にあいつに味わわせてやりたくなったのよ。――飼い犬に手を噛まれる気分ってやつを、ね」


 自嘲するみたいに言ったヴァネッサに、アゼトは「ありがとう」と短く答える。


 それだけで充分だった。

 新旧の吸血猟兵カサドレスは、共通の敵を得たことで、存分にその力を発揮できるようになったのだ。

 烈しい火花を散らして反転した二機のリベレイターは、ジグザグの軌道を描いてドミネイターへと向かっていく。


「穢らわしい裏切り者どもめ。もはや二匹とも生かしてはおかぬ。地獄でみずからの愚かさを悔いるがよい」


 ドミネイターの二連装電磁投射砲から稲妻がほとばしったのは次の瞬間だ。

 プラズマ化した弾体が大気の絶縁耐力を破壊し、雷のような閃光と轟音を発生させたのである。

 その最高速度はマッハ三◯以上。直撃すれば巡洋艦クラスの大型艦船でも撃沈はまぬがれない。

 むろん、ウォーローダーごときは跡形も残らない。――そのはずであった。


 ぎっ――と、金属を引っ掻く耳障りな音が一帯を領した。

 二機のリベレイターは、どちらも横倒しになった格好で床を滑っていく。

 アゼトとヴァネッサは、電磁投射砲が発射される直前にわざと機体を転倒させ、ぎりぎりのところで攻撃を回避したのだ。

 絶大な破壊力をほこる電磁投射砲といえども、弾体に直接触れないかぎりはさしたる影響はない。


 ジャイロホイールを巧みに用いて立ち上がった二機は、ドミネイターめがけて二十ミリ機関砲を撃ちまくる。

 もっとも、いくら銃弾を撃ち込んだところで、規格外の重装甲に鎧われた本体にダメージを与えることはできない。

 はたして、命中した二十ミリ弾はことごとく弾き返され、暗褐色の装甲には傷ひとつついていない。


「くくく、愚かなやつらよ。どこまでも無駄なあがきを――――」


 最高司令官は嘲るように言うと、ふたたび電磁投射砲の発射態勢に入る。


 奇策が通用するのは一度かぎりだ。

 偶然に二度目はない。どんな手を使おうと、今度こそ確実に命中させる。

 電磁投射砲の砲口が赤熱化し、帯電した大気がパチパチと乾いた音を立てる。


 すさまじい爆炎がドミネイターを包んだのはそのときだった。

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