CHAPTER 13:バレエ・メカニック

 薄暗い通路にジャイロホイールの駆動音が響きわたった。

 火花を散らしながら駆け抜けていくのは、青灰色ブルーグレイに塗られた複数の機影だ。

 ”リベレイター”。

 いま、烈しく銃火を交えるのは、どちらもおなじ機種。

 そして、機体を操るのも、やはりおなじ吸血猟兵カサドレスであった。


 アゼトと第二世代の吸血猟兵カサドレスたちの戦いは、演習場からメガフロート艦内に張り巡らされた通路へと場所を移している。

 各階層レベルへとつながるエレベータおよび区画セクションの隔壁はすべて閉鎖ずみだ。

 巨大な周回路サーキットにも似た通路は、いまや吸血猟兵同士の血で血を洗う戦いのリングへと変貌を遂げたのだった。


 単独で疾駆するアゼトのリベレイターを、ヴァネッサに率いられた七機のリベレイターが猛追する。

 どちらも設計上の限界速度――時速一八◯キロに達している。

 アルキメディアン・スクリューを採用した従来のウォーローダーではぜったいに到達できない超高速度だ。


 乾いた発砲音の直後、ぎっ――と、金属を引っ掻くような不快な音が生じた。

 後方のリベレイターの一機がふいに転倒したかとおもうと、そのまま壁面に激突し、たちまち無残なスクラップとなって彼方に遠ざかっていく。

 一見すると操作ミスによる自爆のようにもみえるが、むろんそうではない。

 アゼトが仕掛けたトラップに引っかかったのだ。


 アゼトはダブルバレル・ショットガンをに発射した。

 敵を直接撃破するためではない。床に散弾を食い込ませ、表層部にささくれだった無数の凹凸を作り出すためだ。

 転倒したリベレイターは、運悪くその凹凸にジャイロホイールを引っ掛けたのである。

 巡航速度ならいざしらず、限界速度での疾走中にひとたびバランスを崩せば、もはや機体を立て直す術はない。

 壁と床に何度も叩きつけられたリベレイターは、四肢すべてがひきちぎれ、ついには燃料電池フューエル・セルの誘爆によって跡形もなく弾け飛んだ。

 全身を機械化した第二世代の吸血猟兵といえども、こうなってはひとたまりもない。


 六機のリベレイターは、仲間の死に動揺することなく、なおもアゼト機を執拗に追撃する。

 先頭を走る機体は、一機だけ頭部に双眼ステレオ式センサーと通信用アンテナが備えつけられている。

 指揮官であるヴァネッサの乗機であった。


 ここまでの戦いで、ヴァネッサは部下のほとんどを喪っている。

 いずれも機械化手術による身体能力の向上にくわえ、ヴァネッサの手で鍛え上げられた一流の乗り手ローディたちだった。

 彼らが一機でヤクトフント十機以上に相当するリベレイターに搭乗すれば、ブラッドローダー以外に負けることなどありえない。――そのはずだった。

 人類解放機構軍がほこる無敵のウォーローダー部隊は、いまやアゼトただひとりによって全滅に追い込まれようとしている。


 相手が旧世代だからと侮っていたわけではない。

 それどころか、用心に用心を重ねて、確実にアゼトを仕留められるよう戦略を練ったつもりだった。

 にもかかわらず、ここまで追い詰められた理由はただひとつ。

 アゼトの操縦技術と戦闘センスがヴァネッサの想定をはるかに上回っていたためだ。

 ウーズレイ少尉の先遣隊が全滅した時点でそのことに気づいていれば、あるいはここまでの損害は避けられたかもしれない。

 悔やんだところで、いまさら戦略を修正することは不可能だ。すでに戦力の大半を失い、指揮官として取れる選択肢はいくばくも残されていない。


 それでも、まだ逆転の目は残っている。

 いままで手加減をしていたというわけではないが、ヴァネッサたちが全力を出しきれていなかったのも事実だ。

 最高司令官はあくまでアゼトの脳内に埋め込まれたチップを無傷で回収することを望み、ヴァネッサと部下たちもその意向に沿うよう慎重に行動してきたのである。

 だが、いかに最高司令官の命令でも、チップにこだわって部隊が全滅しては本末転倒だ。


(たとえあの御方の命令に背くことになったとしても……)


 ヴァネッサは唇を噛む。

 生き残った味方の全火力を集中させ、アゼト機を完全に粉砕する。チップはおろか、おそらくは肉片さえ残らないだろう。

 最高司令官からどのような叱責を受けたとしても、すべての責任はヴァネッサが引き受けるつもりだった。


「隊長機より全機へ。フォーメーション・ヴィクターに移行。各ポジションにて自由射撃を許可する――――」


 ヴァネッサの命令一下、五機のリベレイターは通路いっぱいに展開し、V字型の陣形を取る。

 それは前方の一点に集中攻撃を仕掛けるためのフォーメーションだ。

 標的ターゲットに最大の火力を投射できる一方、反撃を受ければ大損害はまぬがれない。

 それでかまわなかった。

 たとえアゼトの反撃によってさらなる被害を被ったとしても、最後に一機でも生き残っていればこちらの勝ちだ。

 ヴァネッサと部下たちには、みずからの生命と引き換えにしても、かならず敵を殲滅するという不退転の覚悟がある。


 六機のリベレイターが所定の配置についたのと、各機の武装が火を吹いたのは同時だった。

 耳を聾する発射音が一帯を領し、濃密な火線が闇にほとばしる。

 数秒のあいだに発射された銃弾の合計はゆうに千発を超えている。

 主兵装の二十ミリ機関砲のみならず、十二・七ミリ同軸機銃や多連装ロケット、グレネードランチャーも含めた文字どおりの一斉射撃である。

 ただでさえ狭い通路を埋め尽くすには充分すぎるほどの量だ。

 アゼトの操縦技術がどれほど卓越していたとしても、回避するための空間そのものが存在しなければ被弾は避けられない。

 集中砲火を受けたアゼトのリベレイターは跡形もなく吹き飛ぶだろう。

 それはとりもなおさず、吸血猟兵の記憶を宿したチップがこの世から消滅することを意味している。


 なかば勝利を確信したヴァネッサと部下たちが目にしたのは、しかし、予想外の光景だった。

 攻撃が命中するかというまさにその瞬間、アゼトのリベレイターは幻みたいにかき消えていた。

 

 むろん、ほんとうに消滅したわけではない。

 脚部の関節をたくみに伸縮させ、おもいきり跳躍ジャンプしたのだ。

 とはいえ、その場でただ跳び上がっただけでは、飛来する無数の銃弾やロケットを避けられるはずもない。

 アゼト機は跳躍の勢いもそのままに、空中で横倒しの姿勢を取ると、壁面にジャイロホイールを押しつけたのである。

 甲高い悲鳴のようなスキール音が響きわたり、高速回転するホイールと壁のあいだにあざやかな火花が咲いては散る。


 重力に逆らう壁走り――――。

 ウォーローダー乗りのなかでも、”軽業師タンブラー”とあだ名される熟練のカヴァレッタ乗りだけに可能な芸当だ。

 軽量型のカヴァレッタでも、慣性が乗り切ったわずかな瞬間のみ可能な超高等技術を、アゼトはけっして身軽とはいえないリベレイターでやってのけたのだった。

 むなしく空を灼いた六条の火線は、はるか彼方で大爆発を引き起こす。


 アゼトのリベレイターは壁を蹴り、ふたたび宙に舞っていた。

 左右の手には二十ミリ機関砲とダブルバレル・ショットガンを把持している。

 並みの乗り手ローディにはまず不可能な跳躍中の精密射撃も、アゼトにとってはお手のものだ。

 機関砲とショットガンの銃口が発射炎マズルフラッシュを吐き出した。

 ひとかたまりになって疾走していた六機のリベレイターは、回避も迎撃も思うに任せないまま、一方的に撃破されていく。

 かろうじて被弾をまぬがれたのはヴァネッサ機だけだ。ほかの五機が我が身を盾に代え、隊長機を庇ったのである。


 アゼトのリベレイターは脚部に内蔵された衝撃緩和装置ショックアブソーバーを作動させつつ、ヴァネッサ機の後方に降り立つ。

 先ほどまでとは前後を入れ替えた格好の二機は、どちらも示し合わせたようにホイールを停止させている。

 相手に銃口を向けあったまま対峙する二機のリベレイターを、死者を焼く業火が照らし出す。


「もう決着はついた。これ以上の戦いに意味はない――――」


 さきに沈黙を破ったのはアゼトだ。

 ややあって、ヴァネッサは困惑したように問うた。


「それで、どうしろというの?」

「コキュートス・システムまで案内してもらう。吸血猟兵カサドレス部隊の指揮官なら、セキュリティの突破方法も知っているだろう」

「この私に最高司令官グランドコマンダーを裏切れ……と?」

「あんたを殺したくない」


 アゼトは感情を押し殺した声で告げる。

 世代こそ異なるものの、おなじ吸血猟兵カサドレスをみずからの手で数多く葬ったのだ。

 最後に生き残ったヴァネッサを殺したくないという思いは、正真正銘、アゼトの本心だった。


「そうまでして吸血鬼を助けようとするのは、彼女のことを愛しているから?」

「……」

「無理に答えなくてもいい。確実に言えるのは、あなたの強さも覚悟も、私たちよりずっと上だということだけ――――」


 ヴァネッサ機の右腕が動いた。

 アゼトに向けていた銃口を下げたのだ。

 その場でくるりと機体を旋回させると、ヴァネッサは背中でアゼトに告げる。


「ついてきなさい。彼女のところに辿り着けるかどうかは保証できないけど、行けるところまでは付き合ってあげる」

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