CHAPTER 12:キリング・グラウンド
空母型メガフロートの巨大な艦内はさながら迷宮のような様相を呈していた。
無秩序な増改築を繰り返した結果、各
工事のさいに資材搬入車や
それはとりもなおさず、ウォーローダーの通行も可能だということだ。
いま、そうした通路のひとつを
人類解放機構軍が開発した新型ウォーローダー”リベレイター”。
ウーズレイ少尉のリベレイターを強奪し、騎虎の勢いで追撃隊を全滅させたアゼトは、いまメガフロートの最下層めざして移動しているのだった。
リーズマリアが捕らわれている氷の監獄――コキュートス・システムを破壊し、彼女を救出するためであることは言うまでもない。
アゼトのリベレイターは、ウーズレイ少尉が搭乗していた時とはだいぶ外観を異にしている。
撃破した敵機からありったけの予備
さらに道中の武器庫で発見したダブルバレル・ショットガンに手持ち式の
速度や旋回性の低下というデメリットはあるものの、その火力は一個小隊にも相当する。
リーズマリアのもとに辿り着くためには、アゼトはたった一機で多数の敵と対峙しなければならないのである。
それもヴァネッサ率いる第二世代
従来のウォーローダーとはまるでちがう操縦感覚にもようやく慣れてきた。
さすがに最新鋭機だけあって、リベレイターの
脳にチップを埋め込んだだけのアゼトでさえそうなのだ。全身を機械化した第二世代の
(真正面から戦っても殺されるだけだ。一機ずつ、確実に数を減らしていくしかない……)
アゼトは心中でひとりごちる。
一刻も早くリーズマリアのもとに駆けつけたいという感情とはうらはらに、アゼトの思考はあくまで冷徹に戦術を組み立てている。
レーカやセフィリアを頼ることができない
このさきはわずかな被弾も命取りになる。一瞬の判断ミスさえ許されない、まさしく極限状態での戦いが待っているのだ。
そうするうちに、アゼトは奇妙な空間に出ていた。
一辺あたり四、五百メートルはあろうかという広大な部屋だ。
最初は倉庫かと思ったが、それにしてはやけに不自然な点が目につく。
ざっと見渡しただけでも、自然の岩塊や、崩れかかったビルの残骸がそこかしこに配置されているのである。
地面もコンクリートの舗装路から、土や砂がむき出しになった悪路まで、さまざまな状態が再現されている。まばらに生い茂った人工林のあいまには、沼のようなものもみえる。
アゼトの背中を冷たいものが駆け抜けていったのと、背後のゲートが閉鎖されたのと同時だった。
――誘い込まれた!?
退路を断たれたことで、アゼトは自分の置かれた状況をようやく理解した。
ここは演習場なのだ。
メガフロート内で実戦形式の戦闘訓練をおこなえるよう造られた、仮想のバトルフィールド……。
第二世代の
むろん、アゼトもいずれかのタイミングで敵が攻撃を仕掛けてくるだろうことは予想していた。
さまざまな状況下での戦闘を想定して、この短時間のうちに繰り返しシミュレーションをおこなっていたのである。
だが、まさか演習場そのものに引き込まれるとは……。
これほど巨大な空間がメガフロート内部に存在すること自体、アゼトにとっては想定外であった。
「ようこそ――――と言うべきかしらね」
アゼトはとっさに手近な障害物に機体を隠しつつ、抑揚をおさえた声で応じる。
「あんたが送り込んできた連中は全員死んだ」
「知っている。ウーズレイ少尉も悪くない腕をしていたのだけど、あなたが相手では少々荷が勝ちすぎたようね」
「無駄な戦いはしたくない。たのむ、このまま俺を行かせてくれ」
「あいにくだけど、それはできない相談ね――――」
ヴァネッサの声がふいに低くなった。
「私たちは兵士として
ヴァネッサの言葉が終わらぬうちに、ジャイロホイールの駆動音が響きわたった。
壁面の出入り口から先を競うように飛び出してきたのは、いずれも同型のリベレイターだ。
その数はざっと二十機ほど。第二波、第三波が控えている可能性を考慮すれば、これで終わりとはおもえない。
アゼトは障害物に機体を隠したまま、腰部のグレネードラックから三つばかり手榴弾を取り出す。
一見すると柄つきのオイル缶のようにもみえるそれは、対ウォーローダー用の徹甲榴散弾だ。爆発とともに内部に封入された鉄球が四方八方に飛散し、ウォーローダーのセンサーや駆動システムを破壊するのである。
アゼトは
はたして、敵の第一波は、手榴弾の爆発を避けるべくすばやく左右に散開していた。
右は三機、左は四機。――どちらからさきに仕留めるかはその瞬間に決まった。
アゼトは障害物から左半身だけを出し、二手に分散した右側の敵にむかって無反動砲を発射。
白煙を曳いて飛翔したロケット弾頭は、リベレイターの一機に吸い込まれるや、周囲の二機を巻き込んで大爆発を起こす。
直撃した機体は大破。むろん
巻き添えになった二機は片手片足を失い、その場にぶざまに横転している。
アゼトはもはや用済みになった無反動砲をためらいもなく捨てると、動けなくなった二機めがけて二十ミリ機関砲を叩き込む。
重装甲のリベレイターといえども、身動きの取れない状態で二十ミリ徹甲弾を撃ち込まれればひとたまりもない。
二機分の
荒れ狂う炎をものともせず、アゼトは機体を全力疾走させる。
まさか敵が爆発のなかから現れるとは思っていなかったのだろう。
障害物の裏手に回ろうとしていた左手の敵部隊は、予期せぬ方向から突進してきたアゼト機に動揺を隠せない。
アゼトはオート操作の
弾丸は
すかさず二十ミリ機関砲を背部のウェポンラックに収納し、ふたたび機動に移る。
アゼトの目的は
それまでは弾丸を温存しておく必要がある。銃身の熱変形や
「――――」
アゼトはたくみな操縦で火線をかいくぐりつつ、三機のリベレイターに肉薄する。
むろん、いつまでも避けつづけていられるわけではない。
さきほど撃破したばかりの一機を片手で掴み上げるや、上半身だけの残骸を敵にむかって放り投げる。
敵にしてみれば味方の死体を投げつけられたも同然だ。機内にはいまだ
次の一手を考えるでもなく、ただ逃げるためのなりふりかまわない後退を、アゼトは見逃さなかった。
地面すれすれを這うように疾走し、一気に間合いを詰める。
アルキメディアン・スクリューよりも安定性の高いジャイロホイールだから可能な芸当だ。
敵が迎撃態勢を取ろうとしたときには、すでにアゼトのリベレイターは彼らの内懐に飛び込んでいる。
アゼトはコンバットナイフを逆手に構えると、ためらうことなく敵機のコクピットハッチに突き立てる。
コンバットナイフは
ただ斬るだけでなく、挽くこともできるのだ。
ごきり――と、金属がへしゃげる耳障りな破壊音に混じって、ぷちぷちと水分に富んだ肉質を断つ音がこだまする。
全身を機械化された新世代の
アゼトは敵に刺さったままのコンバットナイフにはもはや目もくれなかった。
一度装甲に突き立てたナイフはもう使い物にはならない。
ナイフはリベレイターの標準装備なのだ。たとえ失っても、倒した敵機から奪い取れば事足りる。
血だるまになった味方機をよそに、残った二機のリベレイターはすでに態勢を立て直しつつある。
ヴァネッサ率いる後続部隊と合流されれば厄介だ。
増援が来るまえに、こいつらはあと数秒のうちに片付けなければならない。
アゼトは左腕を背中のウェポンラックに回し、ダブルバレル・ショットガンを取り出す。
銃身にはあらかじめ散弾が
歩兵や軽車両、ドローンには効果的な弾種だが、ウォーローダーには有効打とはなりえない。
ましてリベレイターのような重装甲タイプとなれば、まともに直撃しても装甲表面に傷をつけるのがせいいっぱいだろう。
アゼトはそれを承知のうえで、あえてウォーローダーにダメージを与えうる
(俺の予想が正しければ――――)
アゼトは左手でショットガンを構えると、二機のリベレイターめがけて発砲する。
はたして、弾丸は空中で弾け、無数の散弾を撒き散らした。
何百という散弾は、しかし、リベレイターのコクピットとはかけ離れた位置へと殺到する。
脚部――正確には、足首のジャイロホイールだ。
砕けた散弾はホイールに絡みつき、本体との微細な隙間に入り込んで、無接点電磁駆動システムをたちまち機能不全に陥らせる。
リベレイターは、静止時もジャイロホイールのわずかな回転によってバランスを保っている。
それが破綻すれば、ただその場に立っていることさえままならないのだ。
たちまち姿勢を崩した二機のリベレイターに、アゼトは容赦なく二十ミリ機関砲を撃ち込む。
そして、炎を噴き上げる残骸には目もくれず、まだわずかに弾が残っている
無線機からヴァネッサの声が流れたのはその直後だった。
「さすがは第一世代の
「そう思うなら攻撃を中止しろ。俺はリーズマリアのところに行きたいだけだ。邪魔立てしなければ、おまえたちを殺す理由はない――――」
「残念だけど、戦場では通用しない理屈ね」
ヴァネッサはため息まじりに呟く。
人為的に造られた兵士である
そして、戦いがみずからの価値を証明する行為であるいじょう、そこから逃げることは自己の否定にほかならない。
第一世代と第二世代という違いこそあれ、おなじ
愛を知り、戦い以外に生きる理由を見出したアゼトは、いわば兵器の要求水準を満たせなくなった規格外品だ。
その言葉が、純然たる戦闘兵器であるヴァネッサたちに届かないのは道理でもあった。
「決着をつけましょう」
ヴァネッサの言葉を合図に、生き残ったリベレイターの群れはアゼトめがけていっせいに躍動していた。
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