CHAPTER 11:ザ・クリエイター
暗闇を裂いてまばゆい火線が奔った。
曳光弾まじりの銃撃はあやまたず標的を捉え、コクピットに大穴を穿つ。
撃たれたのもリベレイターなら、撃ったのもやはりリベレイターだ。
アゼトがウーズレイ少尉から奪った機体であった。
爆炎に包まれた敵機には一瞥もくれず、アゼト機はジャイロ・ホイールの甲高い回転音とともにその場で急反転する。
始動から停止までは半秒とかかっていない。
従来のアルキメディアン・スクリューでは不可能な
ほんらいであれば多少の慣熟を必要とするデリケートな操作を、アゼトは乗り込んで一◯分と経たぬうちに我がものとしている。
背後を振り向きざま、二十ミリ機関砲がふたたび銃火を吐き出した。
まばゆい閃光がぱっと闇を照らし出す。
B-21区画に残っていた最後の敵を仕留めたのだ。
アゼトは空になった
ディスプレイ上に描画されたのは、空母型メガフロートの内部構造である。
全長三キロを超す規格外の構造物だけあって、小規模な都市なみの広さを有している。
そのうえ各
不案内なアゼトにとっては、ほとんど迷宮も同然だ。
「リーズマリア、どこに……」
アゼトはほとんど途切れかかった意識のリンクをたどり、リーズマリアの現在地を探り当てようとしている。
それどころか、時おりするどい頭痛に苛まれ、意識には薄い
いまのアゼトは、
と、ふいにアゼトの指が止まった。
船底ちかくに黒く塗りつぶされた
ディスプレイ上には”コキュートス・システム”とだけ表示されている。
アゼト自身は初めて目にする名前だ。しかし、脳に埋め込まれたチップは、それが意味するところを克明に記録していた。
八百年まえの最終戦争において、人類軍はひとつの問題に直面していた。
捕獲した吸血鬼の処遇である。
生きた吸血鬼は貴重な
そこで当時の科学者たちは、吸血鬼を安全に長期保存するための
それこそがコキュートス・システム――伝説に謳われる極寒地獄の名を冠した監獄である。
もし現在も稼働しているのであれば、捕らえたリーズマリアを勾留しておくにはうってつけの場所だ。
現在地からコキュートス・システムに辿り着くまでには、いくつかの階層を突破する必要がある。
道中にはヴァネッサに率いられた第二世代の
ウーズレイら先遣隊の全滅を受けて、より厳重な迎撃体制を構築しているだろうことは想像に難くない。
いまのアゼトはノスフェライドを喚ぶこともできず、レーカやセフィリアの援護を受けることもできない。
たった一機で敵中を突破し、リーズマリアのもとに辿り着かねばならない。
(できるのか……そんなことが……)
成功率はかぎりなくゼロにちかい。
それは、ほかならぬアゼト自身がだれよりもよくわかっている。
機体こそおなじリベレイターだが、敵は機械化によって身体能力を大幅に強化された新世代の
地の利を活かした奇策も二度とは通用しない。早々に手のうちをさらけ出してしまったアゼトは、正攻法で戦うほかないのだ。
(行くしかない――――)
それでも、アゼトはためらうことなく機体を前進させていた。
迷っている暇はない。
たとえこの身がどうなろうと、リーズマリアだけは救ってみせる。
ただその一念だけが、アゼトを絶望的な戦いへと赴かせているのだった。
***
するどい痛みがリーズマリアを現実に引き戻した。
まるで全身を無数の刃物で切りつけられているかのよう。
その感覚の正体が”寒さ”だと理解するまでには、若干の時間を必要とした。
皮膚はたえまなく痛みを訴えつづけているというのに、手足がどこにあるのかも判然としない。
それでも凍りついたまぶたを強引に開くと、真紅の瞳にたちまち薄氷が張った。
「目覚めたか、リーズマリア――――」
やはり凍りついたリーズマリアの耳に、その声は何重にも反響して聴こえた。
人類解放機構を裏で操る旧種族は、凍結して機能を失った鼓膜ではなく、聴神経にじかに電気刺激を与えることでリーズマリアに語りかけているのだ。
「おまえはコキュートス・システムの内部にいる。ほんらいは下等な新種族どもを捕らえておくための牢獄だ。そのようなものを同族に用いるのは忍びないが、平和的に対話するためにはやむをえぬこと……」
最高司令官の声は皮肉と嘲りの色を帯びていた。
「言っておくが、ブラッドローダーを喚ぼうなどとはおもわぬことだ。もしおかしな真似をすれば、あの
リーズマリアの全身を苛んでいた激痛がふいにやわらいだ。
最高司令官がコキュートス・システムを操作し、凍結のレベルを下げたのだ。
機能を失っていた五感にふたたび血が巡りはじめる。
なおも白く濁った視界のなか、最高司令官の声は、現実の音としてリーズマリアの耳朶を打った。
「しゃべれるようになったであろう。これも同族のよしみとおもえ」
「だまりなさい……卑怯者……」
「その眼、汝の父親によく似ておる。しかし、自分が置かれている状況を理解しても、まだ生意気に減らず口がたたけるか」
最高司令官は凍結のレベルをさらに下げ、リーズマリアの両眼を覆っていた氷の
同時にリーズマリアの視界に飛び込んできたのは、一糸まとわぬ姿で
それは四肢を拘束され、巨大な冷却装置に背中を固定された彼女自身の姿にほかならなかった。
被検体の観察を容易とするため、そして捕虜に最大限の屈辱を与えるために、コキュートス・システム内部には鏡面処理が施されているのだ。
「おろかで哀れな人。私がこんな辱めに屈すると思っているのですか」
「まさか――この程度で折れるようでは困る」
あくまで気丈に言ったリーズマリアに、最高司令官は高笑いで応じる。
「聞け、リーズマリア。我が汝に与えるのは辱めでも苦痛でもない。汝にはおのれが真の支配者であるという自覚を持ってもらう」
「なにを……」
「汝はただの娘ではない。人類を再生する救世主、そしてきたるべき新世界を統べる女王としての責任がある。それこそが同胞たる旧種族を裏切り、忌まわしいまがいものどもに与した父の汚名を
「嫌だと言ったらどうするのです」
「知れたこと……汝の人格を改造し、ふさわしい器に作り変えるまでのことだ。我の力をもってすれば、それしきの芸当はじつにたやすきこと――――」
最高司令官が言うが早いか、リーズマリアの意識にざらりとしたものが触れた。
最初は気のせいかと思ったそれは、まもなく耐えがたい不快感と痛みとなってリーズマリアを苛みはじめた。
先の大戦で吸血鬼の捕虜に対しておこなわれていた拷問のひとつだ。
特殊な周波数を用いて脳波に直接干渉し、抗うことのできない苦痛を与えるのである。
強靭な肉体をもつ吸血鬼といえども、精神は人間のそれと変わらない。眠ることも気絶することも許されない極限状況に追い込まれれば、いずれ発狂に至る。
「苦しかろう。おとなしく我が意に従うと言えば、いますぐにでも解放してやろう」
「アゼトさんがかならず助けに来ます……」
「あの小童に期待するだけ無駄なことだ。しょせん
秀麗な
「私はアゼトさんを信じます。どんな手段を使おうと、私の心までは自由にできないと知りなさい」
「面白い。あの小童がここに辿り着くまで正気を保てるかどうか、ひとつ試してやろうではないか」
極寒の牢獄に絹を裂くような悲鳴がこだました。
いつ終わるともしれない責め苦のなか、それでもリーズマリアはたしかに希望を見出していた。
微弱だが、精神のリンクはまだ完全には途切れていない。この苦しみをアゼトも共有しているということだ。
それは迷宮に垂れたひとすじの糸となって、引き裂かれた二人をかならず結びつけるはずだった。
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