CHAPTER 10:ブービー・トラップ

 ジャイロ・ホイールの駆動音を響かせながら、青灰色ブルーグレイの機体が駆け抜けていった。


 人類解放機構軍の最新型ウォーローダー”リベレイター”。

 第二世代の吸血猟兵カサドレスたちが操る五機のリベレイターは、狭隘なメガフロート内の通路をあやうげなく疾走していく。

 全身を機械化された彼らにとって、ウォーローダーは文字どおり手足の延長なのだ。操縦桿やフットペダルといったマン・マシン・インターフェイスはあくまで補助アシストにすぎず、じっさいの操縦は、脳神経と中枢コンピュータを直結させることによっておこなわれる。

 その意味では、乗り手ローディというよりは、むしろシステムの一部と表現したほうが正確だろう。


「ウーズレイ少尉より小隊各機へ。まもなくB-21区画ブロックに入る。タルボ、モリス、私と来い。ジェンセンとクライスは後方警戒にあたれ」

了解ラジャー――――」


 ウーズレイ少尉はするどい声で命じると、みずからのリベレイターをさらに加速させる。


 多くの階層をもつメガフロートのなかでも、B-21区画は兵器の製造を担うブロックだ。

 独房から脱走したアゼトの反応は、隣接するブロックでふいに途切れた。

 おそらくは監視カメラが設置されていない通風孔や排水路にもぐりこんだのだろう。

 リベレイター本体の生産ラインは厳重に隔離されているため、ウォーローダーを奪われる心配はいまのところない。

 それでも、B-21区画には人間用の銃火器や弾薬の保管庫が存在している。アゼトが武器を入手するには、まさしくおあつらえむきの場所なのだ。

 

――次に彼が現れるとすれば、おそらくはそこでしょうね……。


 指揮官であるヴァネッサの推理にもとづいて、ウーズレイ少尉の率いる追撃隊はB-21区画に急行しているのだった。


 そうするうちに、五機のリベレイターはふいに開けた場所に出た。

 B-21区画の中ほどにある武器保管庫エリアだ。

 すでに作業員の退避は終わっているため、周囲に人気ひとけはない。

 しんと静まりかえったフロアには、発電用蒸気タービンの低い稼働音だけが響いている。


「敵はチップを埋め込まれた旧型の吸血猟兵カサドレスだ。見た目は年端もいかない少年だが、すくなくとも数百年分の戦闘経験を持っている。各機、くれぐれも警戒を怠るな」


 タルボとモリスの機体を左右に散開させつつ、ウーズレイは注意深く前進する。

 

 リベレイターのセンサー系は従来機に較べて大幅に強化されている。

 最新鋭のパルスドップラー・レーダーをはじめ、暗視装置ノクトビジョン赤外線探知装置IRST、さらには対吸血鬼・対人兼用の二酸化炭素CO2検知センサーまで搭載している。

 アゼトがどれほど巧妙に身を隠していたとしても、体温や呼吸までは消すことができない。


 ウーズレイは壁と天井、床を念入りに走査スキャンする。

 ディスプレイの表示は――――”反応なしネガティブ”。

 焦る必要はない。リベレイター三機の索敵網は、すでにフロア全体を覆いつつある。

 いつまでも逃げつづけることなど出来るはずもないのだ。


(ネズミめ、さっさと尻尾を出すがいい。そうすればすぐ楽にしてやる……)


 と、右前方を進んでいたタルボ機が立ち止まった。

 足元には格子状のカバーがかけられた排水口がある。

 タルボの上ずった声が通信機から流れたのは次の瞬間だった。

 

「ウーズレイ少尉、ダクトの奥にわずかな熱源反応があります!!」

「くわしく調べろ。ただし、手榴弾グレネードは使うな。脳が吹っ飛んではチップを回収することができん」

「了解。遠隔センシングユニットを使用します――――」


 タルボ機は片膝を突き、排水口にむかって右手首を突き出す。

 リベレイターの手首には有線式の遠隔センシングユニットが内蔵されている。

 もともとは建物内に隠れた敵の捜索、あるいは曲がり角の先で待ち伏せている敵を発見するための装備である。

 細長いケーブルにつながれたユニットは排水口のカバーをすりぬけ、奥へ奥へと進んでいく。


「――――!!」


 排水口から強烈な光があふれたのは次の瞬間だ。

 耳を聾する爆音とともに、狭い管の奥からすさまじい熱と炎が一気に噴き上がる。

 それは鉄製のカバーをあっさりと吹き飛ばし、タルボ機の上半身を焼いた。

 いかに重装甲のリベレイターといえども、コクピット下部――人間でいう下腹部の装甲は手薄だ。

 爆風はそのままコクピットになだれこみ、一瞬のうちにタルボを絶命させていた。

 肉体のほとんどを機械化した第二世代の吸血猟兵カサドレスは人間よりもはるかに頑強だが、不死身ではない。一千度を超える超高温に晒されれば、機械の部分はかろうじて耐えられても、脳のような生体組織はひとたまりもないのだ。


「まずい――――トラップだ!! モリス、退避しろ!!」


 ウーズレイは我知らず声を荒げていた。


 爆発の威力は面積が狭いほど増大する。

 おなじ分量の火薬でも、周囲を取り囲んだ状態で起爆させれば、爆発の威力は通常時の数倍から数十倍に達するのである。

 工兵隊が障害物の破壊に用いるバンガロール破壊筒と同様の原理だ。

 アゼトはまえもって排水口の奥に爆弾を設置し、タルボ機が覗き込んだタイミングで作動させることで、人間が運搬できる少量の火薬でウォーローダーを撃破してみせたのだった。


「おのれ、小癪な真似を……!!」


 と、カメラの片隅でなにかが動いた。

 センサーの照合結果を待たず、ウーズレイはすかさずトリガーを引く。

 銃撃音とともに、手持ちの二十ミリ機関砲が曳光弾まじりの火線を吐き出す。

 リベレイター用に開発されたブルパップ型アサルトライフルである。

 ボックス型弾倉マガジン装填ロードされているのは、対ウォーローダー用の高速徹甲弾だ。その威力は、ただ一発で人間を無数の肉片に変える。


 三十発入り弾倉マガジンをほとんど撃ち尽くしたところで、ウーズレイは射撃を中止した。

 アゼトを仕留めたからではない。だ。


「なっ……!?」


 照準環レティクルの中心で爆炎に包まれているのは、資材搬入用のフォークリフトだ。

 運転席に人影はない。アクセルペダルを固定した状態でエンジンをかけ、でたらめに突っ走らせたのである。

 仕掛けたのはむろんアゼトだ。

 ほんらいなら引っかかるはずのない原始的な陽動。それでもウーズレイが反射的に攻撃を仕掛けてしまったのは、仲間を失った直後の動揺を衝かれたからにほかならない。


――ヤツはどこだ!?


 ウーズレイはとっさに視線を天井にむける。

 はたして、赤外線センサーは、天井を透かして熱源反応を捕捉していた。

 アゼトは電気配線や排水パイプが通っているわずかな隙間に潜んでいたのだ。


「そこかッ⁉︎」


 ウーズレイは天井にむかって即座に発砲する。

 もともと残弾数が少なかったこともあり、数発で弾倉マガジンは空になった。

 そのあいだも、アゼトはたえまなく動きつづけている。

 ウーズレイの顔には焦りがにじむ。弾倉を交換しているあいだに取り逃しては元も子もない。

 すかさずコクピット前面に取り付けられた十二・七ミリ同軸機銃に切り替え、間髪をおかずに射撃を再開する。

 二十ミリ弾に較べれば破壊力はだいぶ落ちるとはいえ、十二・七ミリ弾も人間を殺傷するには充分すぎるほどの威力がある。

 猛烈な銃火は天井を穿ち、アゼトを着実に追い込んでいく。

 

 刹那、湿り気を帯びた破壊音が轟きわたった。

 弾丸が蒸気タービンの配管を傷つけたことで、高温の飽和蒸気が噴出したのだ。

 フロアには濃密な蒸気が垂れ込め、視界は白一色に塗りつぶされている。

 こうなってはリベレイターの高性能センサーも役には立たない。

 ウーズレイは外の様子を直接たしかめるため、コクピット上部に設けられた覗き穴クラッペのシャッターを開く。


 戦闘中に覗き穴クラッペを用いるのは、文字どおり最後の手段とされている。

 センサーが使えない状況でも視界を得ることができる反面、コクピット内に敵弾が飛び込んでくる危険もあるからだ。

 ウーズレイもそのリスクは承知しているが、しかし、背に腹は代えられない。


 にぶい衝撃が機体を揺さぶったのはそのときだった。

 しまった――と、ウーズレイがみずからの判断ミスを悟ったときには、すでに覗き穴ごしに銃口が突きつけられている。

 大口径の回転式拳銃リボルバー

 その銃把グリップを握っているのは、異様な風体の人物だった。

 赤茶けたボロ布を全身にまとわりつかせ、両眼には大ぶりな溶接用ゴーグルを装着している。

 アゼトは天井の断熱フィルムを引き剥がして即席の耐熱ポンチョを作り、頭からすっぽりと被ることで、高温の蒸気のなかでも活動を可能としたのである。


(これが旧世代の吸血猟兵カサドレスだというのか――――)


 銃声は立て続けに二度起こった。

 その残響も熄まぬうちに、コクピットハッチが開く音と、なにか重いものが地面に落ちる音が生じた。

 あらたな主人あるじを得たリベレイターは、なにが起こったのかもわからぬまま索敵を続けるモリス機にむかって、猛然と疾走を開始した。

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