CHAPTER 06:メタル・リベレイター
そこは、巨大な獣の
天井には
ほんらいであれば隠れているはずの配管や補強材がむき出しになっているのは、工事を最後まで完了することができなかったためだ。
人類解放機構の本拠地――空母型メガフロートの艦内である。
ヴァネッサの運転する車輌は、すでに五分ちかくも艦内を走りつづけている。
後部座席に座ったアゼトとリーズマリアは、どちらも緊張した面持ちで周囲の景色を見つめている。
なにしろ艦の全長は三キロほどあるのだ。
そのうえ、未完成のまま放棄されたためか、各ブロックはそこかしこで分断されている。
左右に壁がせまる細長い隘路を抜けたかとおもえば、落差百メートルはあろうかという深淵がぽっかりと口を開けているといった具合である。
ほとんど迷宮みたいな艦内を、ヴァネッサは迷うことなく先へと進んでいく。
そうしてしばらく進むうちに、一行はふいに広い場所に出た。
「ここは――――」
アゼトはおもわず驚嘆の声を洩らしていた。
雑然とした艦内にあって、そこだけは場違いなほど清潔に保たれている。
壁際に何棟かが並んだガラス張りの小屋は、陰圧が保たれたクリーン・ルームだ。その内部で組み立てられているのは、いまや希少品となった
ウォーローダーを始め、あらゆる電子デバイスの生命ともいえる集積回路は、最終戦争を契機にその製造基盤のほとんどが失われた。
いまでも吸血鬼の居城である
下界に出回る品といえば、とうに耐用年数の切れたジャンクか、粗悪なデッドコピーばかりといったありさまだ。
文明に見放された地上の人間にとって、超小型の集積回路は太古の魔法にもひとしい。その原理を理解する者はおらず、いつ壊れるかもわからない品を祈るように使いつづけるしかないのである。
それだけに、こうして真新しい集積回路がつぎつぎと生産されているのは、アゼトにとってにわかには信じがたい光景であった。
「私たちの
言って、ヴァネッサは工場の一角を指さす。
透明な壁を隔てたむこうがわに広がるのは、大規模な製造ラインだった。
ベルトコンベアで運ばれてきた胴体に、天井からぶら下がったロボット・アームが四肢やセンサー・ユニットを手際よく取り付けていく。
ウォーローダーの
現在でこそ
かつては無人の自動工場が昼夜の別なく稼働し、膨大な数のマシンを生み出しつづけていたのである。
いまアゼトたちが目にしているのは、滅び去ったはずの機械文明の精髄にほかならなかった。
「あの機体は……?」
組み上げられた機体を眺めつつ、アゼトはひとりごちるみたいに呟いた。
錆止めの
コクピットブロックの取り付けや塗装などの最終仕上げは別の区画でおこなわれるらしく、半完成状態の機体は、一機また一機とライン上を流れていく。
「”リべレイター”。この
「”
「いまは先行量産型がロールアウトしたばかりだけど、いずれ各地の人類解放機構軍の主力を担うことになる。あくまでシミュレーションの上ではあるけど、ヤクトフントに対して一対八のキルレシオを達成しているわ」
ヴァネッサの言葉に、アゼトはおもわず息を呑んだ。
戦後に開発されたヤクトフント系は、現存する量産型ウォーローダーとしては最上位のスペックをもつ。
各諸侯が擁する人狼騎士団の主力機であり、最新のアップデートが施されたヤクトフントMk-Ⅲに至っては、あらゆる点でアーマイゼやスカラベウスといった人類側のウォーローダーを凌駕しているのである。
リベレイターは、そのヤクトフントに対して八倍の戦闘力をもっているという。
五機のリベレイターでヤクトフント四十機――つまり、わずか一個小隊で一個大隊の敵を殲滅できる計算だ。
もちろん、実戦はシミュレーションどおりに進むほど甘くはない。
それでも、リベレイターが従来のウォーローダーとは一線を画す高性能機であることは疑うべくもない。
現在の主力機であるアーマイゼやスカラベウスをすべてリベレイターに置き換えることができれば、人類解放機構軍の戦力は格段に強化される。
究極の兵器であるブラッドローダーに較べれば玩具にひとしいとはいえ、吸血鬼にとっては看過できない由々しき問題だ。
リベレイターを横目で見つつ、アゼトはそれとなくヴァネッサに問いを投げる。
「しかし、駆動系や関節の配置はヤクトフントによく似ているな……」
「逆よ。ヤクトフントは、もともと旧人類軍の次期主力機として開発されていた
複雑な表情を浮かべるアゼトに、ヴァネッサはふっと微笑みかける。
「私たちが使っている機体には、
「……せっかくだが、またの機会にしておく」
三人を乗せた車輌は、完成したリベレイターが整然と佇立する区画を抜け、さらに奥へと進んでいく。
どうやらメガフロートの船底に到達したらしい。
通路を囲んでいた金属の隔壁は消失し、かわりに分厚い耐爆コンクリートが取って代わった。
最終戦争のさいに建設された核シェルターだ。
それもただのシェルターではない。コンクリートの多重防壁のあいだに、中性子線を遮断する鉛と水の層が挟み込まれているのである。
こうすることで、たとえ至近距離で核兵器が炸裂したとしても、居住者への影響を最低限に抑えることができる。
政府中枢や軍司令部といった最重要施設だけに採用される特殊構造であった。
やがて、車輌は重厚な金属扉のまえで停止した。
ヴァネッサはアゼトとリーズマリアを振り返りつつ、片手で降りるよう合図をする。
「残念だけど、私はこれ以上進むことはできない。
車輌から降りたリーズマリアは、ヴァネッサに軽く会釈する。
「送っていただき感謝します、アリエス大佐」
「任務です。礼には及びません。それより、罠が仕掛けられているとはお思いになりませんでしたか?」
試すようなヴァネッサの問いかけに、リーズマリアは毅然と応じる。
「まったく警戒していないと言えば嘘になります。ただ、あなたが悪い人でないことは分かりました。私はあなたを信頼します、ヴァネッサ・アリエス大佐」
「もったいなくもありがたいお言葉、恐縮のいたりです」
車輌が元きた道を戻っていったのと、金属扉がゆっくりと開いたのは同時だった。
アゼトは懐の拳銃に手をかけつつ、リーズマリアをちらと見やる。
「リーズマリア――――」
「行きましょう、アゼトさん」
アゼトとリーズマリアは固く手を握りしめると、どちらともなく一歩を踏み出していた。
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