CHAPTER 05:ザ・ヘッドクォーター

 アゼトとリーズマリアを乗せた大型トレーラーは、不毛の荒野を南へひた走っていた。


 もともと移動式の戦闘指揮所コマンドポストとして作られたらしく、キャビンは軍用車にしては広々としている。

 やろうとおもえば、手足をおもいっきり伸ばし、くつろぐことさえ可能だろう。

 もっとも、それも銃を構えた兵士たちがいなければの話だ。

 アゼトかリーズマリアのどちらかが不審な動きを見せた場合には、彼らはためらうことなく引き金を引くはずだった。


「ひとつ訊きたいことがある――――」


 アゼトは兵士のひとりに声をかける。


「あんたたちも吸血猟兵カサドレスなのか?」


 顔全体を覆うヘルメットをかぶった兵士は、抑揚のない声で短く応じる。


「会話は禁止されている。その質問に答えることはできない」


 アゼトが諦めてふたたび顔を俯かせたとき、ふいにキャビンと運転席を隔てる扉が開いた。

 直後、キャビンに足を踏み入れたのは、防護服をまとった金髪の女――ヴァネッサだ。


「見張りは私が代わろう。おまえたちは下がれ」

「しかし、アリエス大佐――――」

「聞こえなかったのか?」


 兵士はわずかな逡巡のあと、「了解」の言葉とともに敬礼をする。

 キャビンに詰めていた兵士たちがすべて退出したのを見計らい、ヴァネッサはリーズマリアのまえで片膝をつく。


「部下の非礼をお許しねがいたい。もうすこし上等な乗り物をご用意できればよかったのですが」

「いえ、私は……」

「これでも我々としてはせいいっぱいのもてなしのつもりです。に到着するまで、どうかいましばらくご辛抱ねがいたい」


 立ち上がろうとしたヴァネッサに、アゼトはするどい声で言った。


「待ってくれ。……さっきの話だ」

「と、いうと?」

「あんたたちは、ほんとうに俺とおなじ吸血猟兵カサドレスなのか?」

「ああ、そのことなら……」


 ヴァネッサは防護服の前面ジッパーに手をかけると、勢いよく下ろした。

 防護服の下から現れたのは、一糸まとわぬ裸体ではなく、するどい金属光沢を帯びた装甲だ。

 アルミ合金とセラミック素材、透明な樹脂製のパーツが複雑に組み合わされたそれは、まごうかたなき機械の肉体であった。

 おそらくは内臓や血液も人工物に置き換えられているのだろう。ヴァネッサの顔がやけに青白いのも、あるいは金属のうえに人工皮膚を貼っているためかもしれない。


「見てのとおり、私たちは全身を機械化している。生身の人間の脳にチップを埋め込むのが第一世代だとするなら、私たちは第二世代型の吸血猟兵カサドレスということになるわ」


 防護服を着直したヴァネッサに、アゼトはさらに問いかける。


「おまえたちはチップを持っていないのか?」

「私たちはチップによる記憶継承ではなく、個々の能力を底上げすることで吸血鬼と渡り合えるように設計されているわ。戦死した仲間の首を持ち帰り、脳からチップを摘出して次の被験者に移植する第一世代のような、はあまりにもリスクが高すぎるもの」


 アゼトは唇を結んだまま、じっとヴァネッサの言葉に耳を傾けている。


 そうだ――吸血猟兵カサドレスには、非情の掟がある。

 吸血鬼との戦いで仲間が死ねば、ただちにその首を切り落とし、脳髄だけでも無事に持ち帰らねばならない。

 脳に埋め込まれたチップには、死の間際までの記憶が克明にメモリーされている。

 それは戦場における吸血鬼の行動パターン、そして戦術上のミスを洗い出すうえで文字どおり千金の値をもつ。

 死者に鞭打つどころか、戦死者の尊厳を踏みにじるような行為も、吸血鬼との戦争に勝利するという至上目的のためにはなんら問題とされなかったのである。


 かつては吸血鬼を戦慄させたその掟も、吸血猟兵カサドレスの衰退とともに姿を消していった。

 幾多の戦士がその生涯をかけて技と経験を蓄積し、後続に託してきたチップも、もはやアゼトがもつ一基を除いてこの世に存在しないのである。


 ヴァネッサら第二世代吸血猟兵カサドレスは、そもそもチップによる記憶継承そのものを否定している。

 死を前提とする捨て身の作戦ではなく、無事に生き残ってデータを持ち帰るように基本方針を転換したのだ。


「私たちの筋力と反射神経、耐久力は人狼兵ライカントループよりずっと上。ただし……」

「ただし、なんだ?」

「私たちには戦闘経験が不足している。ほんものの吸血鬼と戦った経験がね。旧世代に明確に劣る点があるとすれば、膨大な技術と経験が蓄積されたチップを持たないこと……」


 アゼトが真剣な面持ちでこちらを見つめていることに気づいて、ヴァネッサはふっと相好を崩す。


「安心して。あなたの脳からチップを摘出しようなんて思っていないわ」

「……」

吸血猟兵カサドレスがどうやって至尊種ハイ・リネージュの次期皇帝の護衛になったのかは気になるけど、それはあなたの口から説明してもらえば済むことですもの」


 ヴァネッサはリーズマリアのほうにちらと視線を向ける。


「それにしても……護衛ひとりだけを連れてわれわれの支配領域テリトリーに乗り込んでくるとは、見かけによらず勇敢でいらっしゃる」

「私はあなたたちと戦いに来たのではありません。無用な威圧はかえって話し合いを妨げもしましょう」

「ご賢明な判断です。最高司令官グランドコマンダーからはリーズマリア様を丁重にお出迎えするよう仰せつかっております。このヴァネッサ・アリエス、ご滞在のあいだ護衛の任に就かせていただきます」

「感謝します、アリエス大佐」


 そうするうちに、ウォーローダーと輸送車の周囲はすっかり暗くなっていた。

 ちょうど日没の時刻であることにくわえて、すこしまえに地隙クリークに入ったのだ。

 するどい岩石が両側からせり出し、昼なお暗い地隙の底は、衛星写真でも捕捉できない真闇の世界だ。

 吸血鬼の目を盗んで基地を建設するには、これほど好適な場所もほかにない。

 何千何万という地隙のひとつひとつを虱潰しに捜索せねばならず、しかも成果が得られる保証はないとなれば、吸血鬼が放置するのも道理であった。

 

 さらに三十分ほど走ったころ、車列はゆっくりと停止した。

 あたりはぬばたまの闇に包まれている。それでも、タイヤのスキール音の反響から察するに、かなりの広さと高さがある空間らしい。


「到着しました。こちらへ……」


 アゼトとリーズマリアが車外に出たのと、照明が点灯したのは同時だった。

 まばゆい閃光が降り注ぎ、空間いっぱいを埋めていた濃密な闇を吹き払っていく。

 眩しさに慣れたアゼトはようよう目を開く。

 光に灼けた網膜がを認識した瞬間、アゼトはおもわず後じさっていた。


ふね……!?」


 地下空洞をまるごと転用した船渠ドックに横たわるのは、全長三キロはあろうかという巨大な軍艦だった。

 平坦な飛行甲板フライト・デッキと、島型アイランドの艦橋をそなえた特徴的な外観は、航空母艦のようにもみえる。


 それにしても、一般的な空母がせいぜい三百メートル程度であることを考えれば、まさしく規格外の大きさであった。


 それもそのはずだ。

 これは空母ではなく、海に浮かぶ航空基地そのものなのである。

 戦時中に人類軍によって起工されたものの、進水を待たずして放棄されたメガフロートなのだ。

 戦後も地下ドックでひそかに保管されていたが、その後の環境激変によって、メガフロートは船出すべき海を永遠に喪うことになった。


 ヴァネッサはアゼトとリーズマリアを小型の四輪駆動車に乗せると、みずからハンドルを取ってメガフロートへと走り出していた。


「この艦はまだ生きているのか?」


 アゼトの問いかけに、ヴァネッサは「もちろん」と応じる。


「艦内には食糧プラントや水生成施設もある。ウォーローダーや戦闘車両の自動製造工場もね」


 会話を交わしつつ、ヴァネッサの運転する小型四駆は艦内へと入っていく。


「いまから百五十年ほどまえ、このあたりに逃げ込んだレジスタンスが建造途中で放棄されたこの艦を見つけたの。烏合の衆だったレジスタンスは最高司令官グランドコマンダーのもとで再編され、そこから人類解放機構軍へと発展していった……」

「その最高司令官グランドコマンダーというのは何者なんだ。あんたも隊長なら、会ったことくらいはあるんだろう」

「いいえ。あの御方はけっして人前には姿をお見せにならない。私たちはただ指令を受けて動くだけ」


 ヴァネッサの言葉に、アゼトとリーズマリアは不安げに視線を交わす。

 それを察したのか、ヴァネッサはだれともなく呟く。


「だけど、あの御方はまちがいなくここにいる。――――」

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