吸血葬甲ノスフェライド外伝 -EXTRA EPISODES Ⅱ-

PROLOGUE:ウォー・ウィズイン

 吸血鬼の帝都みやこ――――。

 その中心である枢密院カウンシルは時ならぬ喧騒に包まれていた。

 最高執政官ディートリヒ・フェクダルが意識不明の重体に陥り、指導者が不在となったためだ。


 取るものもとりあえず参集した三十人あまりの議員たちは、ただ顔を見合わせて右往左往するばかり。

 それも無理からぬことであった。

 彼らはこれまでディートリヒに頼りきり、その命令に唯々諾々と従ってきたのである。言い換えれば、彼の意のままに動く人形も同然ということだ。

 それを裏付けるように、これだけの大人数が集まっているにもかかわらず、ディートリヒに代わって一同をとりまとめようという者はひとりとして現れない。

 最高執政官の決定を盲目的に追認することしか能のない彼らは、議員とは名ばかりの烏合の衆にすぎないのだ。

 それはしかし、ほかならぬディートリヒ自身が彼らにそうあるように望んだ結果でもあった。独裁体制の盤石さは、指導者への依存度に比例するのである。


「もし最高執政官閣下の御身に万が一のことがあれば――――」


 議員のひとりがその言葉を口にしたとたん、議事堂は水を打ったように静まりかえった。


 ディートリヒの具体的な容態はつまびらかにされていない。

 だが、彼の愛機である聖戦十三騎エクストラ・サーティーン”ヴァルクドラク”は、見るも無惨な姿で修理工場へと運ばれていったという。

 ブラッドローダーがそれほど破壊されているとなれば、乗り手ローディも相当の深手を負っていると考えるのが道理だ。

 だれがディートリヒをそのような目に遭わせたかはこのさい重要ではない。

 議員たちのもっぱらの関心事といえば、ディートリヒがいつ目覚めるか――――あるいは、という点であった。


 次期権力者の座をめぐる暗闘が展開されてもおかしくはないが、議員たちにはそんな素振りもない。

 べつにディートリヒに心からの忠誠を誓っているからではない。彼らには、独裁者に取って代わろうというほどの覇気も野心もないのである。

 議員たちを恐慌に追いやっているのは、ただひとつの懸念であった。


――先帝の遺児リーズマリア・シメイズ・ルクヴァースが帝都ここに攻め込んでくる……。


 人間と至尊種の共存を掲げるリーズマリアは、帝都においてはほとんど狂人も同然に扱われている。

 もしあの娘が次期皇帝に即位したならば、想像するだにおぞましい粛清の嵐が吹き荒れるだろう。

 それだけならまだいい。リーズマリアがを率いているという噂が真実なら、帝都そのものが完膚なきまでに破壊されるかもしれない。

 なにしろ、リーズマリアのもとにはノスフェライドを始めとする複数の聖戦十三騎が集っているのである。

 バルタザール・アルギエバ大公やレガルス侯爵といった有力な選帝侯が相次いで討ち死にを遂げたうえに、イザール侯爵やヴェイド女侯爵、サイフィス侯爵、さらにはシュリアンゼ女侯爵までもがリーズマリアの軍門に下ったのだ。

 百機以上のブラッドローダーを擁する帝都防衛軍団といえども、反乱軍の攻勢を凌ぎきれるという保証はどこにもない。


 至尊種の社会を根底から覆そうとする狂気の軍勢は、西方のシュリアンゼ女侯爵領にまで迫っている。

 その魔の手から帝都を守ることができるのは、ディートリヒをおいてほかにいないのである。

 議員たちが祈るような面持ちで天を仰いだとき、議事堂の扉がいきおいよく開け放たれた。


「作戦でも練っているのかと思えば、どいつもこいつも雁首をそろえてお祈りか。いつからここはになったのだ?」


 ふいに割れ鐘のような胴間声が響きわたった。


「ザウラク侯爵!?」


 アイゼナハ・ザウラク侯爵であった。

 十三選帝侯クーアフュルストに列せられる大貴族は、悠揚せまらぬ足取りで議事堂内へと踏み込んでいく。

 

「おまちなされ、ザウラク侯爵。いかに選帝侯といえども、姿で神聖な議事堂に入られては――――」


 議員のひとりが悲鳴のような声を上げた。


 それも当然だった。

 身長二メートル半はあろうかというザウラク侯爵の雄大な体躯は、ひどく無骨な甲冑――白兵戦用の動力内蔵強化服ジェネレイテッド・スーツに包まれているのである。

 そのうえ、左腰にはレーザー砲と一体化した大剣を佩き、右手にはザウラク家の紋章である”三頭犬ケルベロス”が描かれた巨大な盾をたずさえている。

 背中に引っ掛けているのは、太陽光を完全に遮断するフルフェイス型の兜だ。

 強化服とヘルメットを組み合わせれば、ブラッドローダーに乗り込まなくても、数時間ていどなら太陽光の下で戦うことができる。

 それは、いましも戦場に赴かんとする武人もののふの装いにほかならなかった。


 官服姿の議員たちが一斉にどよもすなか、ザウラク侯爵はするどい眼で彼らを一瞥する。


「ふふん、武装したまま議会に入ってはいけないという規則があったかね」

「そんなことはわざわざ言うまでもない常識ですぞ!!」

の――だろ?」


 ザウラク侯爵は議員たちの慌てぶりに目もくれず、空いている席にどっかと腰を下ろす。

 そして、机のうえに装甲に包まれた足を乗せると、議事堂そのものが震えるような大音声だいおんじょうで一喝する。


「聞け、ものども!! ――最高執政官ディートリヒ・フェクダル閣下は反逆者リーズマリア・シメイズ・ルクヴァース討伐のためおんみずから出陣したが、武運つたなく手傷を負われた。かけがえのない御身体ゆえ、大事を取ってしばしのあいだご加療に専念されるよしである。そして、最高執政官閣下が復帰されるまでのあいだ、このアイゼナハ・ザウラク侯爵が全軍の指揮を執る次第と相成った」


 言って、ザウラク侯爵は懐から一枚の紙片を取り出す。


「続いて最高執政官閣下よりの命令を下達する。これより帝都は戦時非常体制に入る。逆賊リーズマリア・シメイズ・ルクヴァースおよびその一党を抹殺するまで、有形無形のあらゆる資源を戦争遂行のために傾注すべし。あえてこの命令に背きたる者は、いっさいの官位・官職を剥奪のうえ、反逆者として死罪に処す――――」


 ザウラク侯爵は朗々たる声で命令書を読み上げると、すっかり青ざめた顔の議員たちをじっくりと睨めまわす。


「聞こえたな? 最高執政官閣下の御命令に従うという者は、そのひらひらした官服を脱いで軍服に着替えてくるがいい。いいか、これから始まるのは戦争だぞ。――われわれ至尊種ハイ・リネージュにとっては、八百年ぶりの大戦おおいくさだ!!」


 ザウラク侯爵が鉄の拳を机に叩きつけるや、議員たちは蜘蛛の子を散らすみたいに逃げ去っていった。

 それぞれが帝都に所有する屋敷に戻っていったのだ。

 戦支度に取り掛かるというのは、あくまで建前に過ぎない。彼らはこれから数日、財産を安全な場所に移し、家族を領地へ疎開させる準備に狂奔することだろう。

 脅しをかけた当のザウラク侯爵にしても、議員たちがいくさの役に立つとはむろん思っていない。


「おみごとでした、ザウラク侯爵。僕ではあなたほどの貫禄は出せませんからねえ」


 扉の陰から金髪をなびかせて現れたのは、最高審問官ヴィンデミアだ。

 ザウラク侯爵はヴィンデミアから視線を外したまま、鎧をまとった腕を組む。

 無骨な手指のあいだから、ひら、と白いものが落ちた。

 先ほど読み上げた命令書だ。

 ディートリヒの指示が書かれているはずのそれは、しかし、裏表ともにまったくの白紙であった。


「それで、最高執政官どののご容態は?」

「一命はとりとめましたが、あいかわらず昏睡状態がつづいています。ヴァルクドラクもかなりひどくやられましたから、修復にはだいぶかかるでしょう」

「おかげでとんだ貧乏くじだ。――――あの御方の代理が、この俺に務まるかね?」


 自嘲するように言ったザウラク侯爵に、ヴィンデミアは意味ありげな微笑みを浮かべる。


「安心してください。ディートリヒくんは戦争が下手なのが唯一の欠点。その点、あなたは彼とは真逆ですからね」

「最高審問官どの。そりゃ褒め言葉と受け取ってかまわんのかね」

「いかようにも……」


 ヴィンデミアのあいまいな答えに、ザウラク侯爵は「ふん」と鼻を鳴らす。


「戦の準備には最短でも三ヶ月はかかる。それまでにリーズマリア・ルクヴァースが攻めてこないことを祈ることですな」

「そこはご心配なく。戦の準備が整っていないのは、むこうとておなじこと」


 ふたたび腕を組んだザウラク侯爵に、ヴィンデミアは囁くように言った。


「あなたの働きぶりには大いに期待しておりますよ、総司令官アイゼナハ・ザウラク侯爵――――」

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