CHAPTER 22:リライアンス

 ノスフェライドが大太刀を振り上げたのと、ストラディオスNo.Ⅱドライが胸から頭頂部まで真っ二つに裂けたのは同時だった。

 乗り手ローディが即死したことは言うまでもない。


「セフィリア!!」


 叫ぶや、アゼトはゼルカーミラのもとへノスフェライドを飛翔させる。


 ゼルカーミラの機体は惨憺たるありさまだった。

 菫色ヴァイオレットの装甲には、No.Ⅰアインスの自爆によって飛散した数千数万の破片がびっしりと突き刺さっている。

 それにくわえて右腕は肘から、左脚は腿の半ばから切断されているのである。

 これほどひどく破壊されたのは、サルヴァトーレ・レガルス侯爵の聖戦十三騎エクストラ・サーティーン”ザラマンディア”が放った熱線を浴びたとき以来だ。

 弱々しい光を放つ両眼は、しかし、いまだセフィリアの生命の灯火が消えていないことを示していた。


「どうにか間に合ったか……」


 言いざま、アゼトはちらと後方を見やる。

 視線の先に佇むのは、あざやかな赤紫色マゼンタをまとったブラッドローダーだ。

 選帝侯エリザ・シュリアンゼの聖戦十三騎エクストラ・サーティーン”イシュメルガル”である。


 ノスフェライドとともに虚無空間からの脱出を図ったさい、イシュメルガルは原因不明の出力低下に見舞われた。

 もはや万事休すとおもわれたとき、ノスフェライドがイシュメルガルへと手を伸ばしたのだ。

 二機は手を繋いだまま、無事に通常空間への帰還を果たしたのである。


 それは同時に、一時休戦と引き換えにエリザと交わした約束――戦いの再開を意味していた。


「続きをやるというなら相手になる。だが、セフィリアのゼルカーミラは巻き込まないでくれ」


 あくまで真剣なアゼトの言葉に、エリザはイシュメルガルの首を左右に振ってみせる。


「ご安心なさって。わたくし、もうあなたと戦うつもりはございませんもの」

「どういうことだ?」

「あなたにはわたくしをあのまま捨て置くという選択肢もあったはず。いいえ、むしろ敵に対してはそうするのが当然ですわ。けれど……」


 ひと呼吸置いてから、エリザはなおも言葉を継いでいく。


「あなたは敵に手を差し伸べ、わたくしはその手を取った。その時点ですでに勝敗は決しておりますわ。生命を助けられたからには、わたくしの生殺与奪の権はもはやアゼト様のものです」

「ほんとうにそれでいいのか……?」

「わたくしを信じられないというならご自由に。斬るというなら、どうぞ遠慮なくお斬りくださいましな」


 エリザの言葉に偽りはなかった。

 敵に生命を救われた時点ですでに勝負はついているのだ。このうえ武力に訴えることは見苦しい悪あがきにほかならない。

 かりにアゼトが斬りかかったとしても、エリザは抵抗することなく斬られるだろう。

 誇り高い吸血貴族にとって、いったん口にした約束を反故にすることは敗北以上に恥ずべきおこないなのだから。


 アゼトはもはやなにも言わず、ノスフェライドをその場で反転させる。

 ちょうどイシュメルガルにむかって背中を向けた格好だ。

 相手に無防備な背中をさらす。それは無言の、そして確固たる信頼の証だった。


「アゼト様、どちらへ?」

「リーズマリアのところに行く。そのあいだ、セフィリアのそばについていてくれないか」

「たしかにお引き受けしましたわ。ヴェイド女侯爵のことはわたくしにおまかせくださいまし」


 エリザの言葉に、アゼトは「たのむ」と短く応じる。

 直後、ノスフェライドの機体がふわりと宙に浮き上がった。

 轟音とともに全身の推進器スラスターを展開した黒騎士は、回廊の果てをめざして飛行に移っていた。


***


 剣と剣が交差するたび、あざやかな火花が虚空に散った。


 ヴァルクドラクは両手剣ツヴァイヘンダーを頭上高く掲げると、セレネシスめがけて全力で振り下ろす。

 大上段からの唐竹割り――――。

 人間の剣術ではおよそ実用性のない見せかけだけの大技だが、吸血鬼の駆るブラッドローダーなら話はべつだ。

 倏忽しゅっこつの疾さで繰り出される斬撃を回避することはむずかしく、受け止めることはなお困難なのである。

 まして長大な刃渡りと大質量を兼ね備える両手剣となれば、セレネシスの刀は受けた瞬間にへし折られるはずであった。

 

 ふいにセレネシスの右脚が動いた。

 がりっ――と、金属が砕ける音が一帯を領したのは次の瞬間だ。

 ヴァルクドラクの左脇腹をセレネシスの膝頭がしたたかに打ったのだ。

 むろん、ただの膝蹴りではない。

 命中の瞬間、膝を覆う装甲がスライドし、内部に隠されていたスパイクを突き刺したのである。

 体幹部へのダメージは機体全体のバランスを崩壊させる。

 はたして、ヴァルクドラクの唐竹割りはあらぬ方向に逸れ、セレネシスは刀を用いることなく窮地を脱したのだった。


「剣だけにこだわるなと何度も教えたはずですよ、ディートリヒ」


 右脇腹から黒い液体を噴き出したヴァルクドラクにむかって、アルテミシアは冷えた声で告げる。

 スパイクは装甲を貫通し、内部のディートリヒにもダメージを与えたはずであった。

 堅牢な機体で知られるヴァルクドラクだが、脇腹の装甲は比較的薄い。

 妻として、また戦友として、つねに皇帝のかたわらで戦ってきたアルテミシアだからこそ知る弱点であった。


 そんなアルテミシアに、ディートリヒは痛痒ともない様子で応じる。


「義母上こそ、これしきで勝ったおつもりか。息の根を止めそこねるとは、あなたらしくもない……」

「これが最後の忠告です。ディートリヒ、剣を引きなさい。いまなら先帝陛下の陵墓みささぎに乱入した罪も見逃しましょう」

「いまさら私に恐れる罪などありはしない」


 ディートリヒは感情を殺した声音で告げると、ふたたびセレネシスに急迫する。

 

 刹那、するどい風切音とともにセレネシスめがけて銀光が飛んだ。

 両手剣ツヴァイヘンダーだ。

 ヴァルクドラクは剣を振るうと見せかけて、そのまま投擲したのである。


 むろん、ただ投げつけただけの剣がブラッドローダーに命中するはずもない。 

 セレネシスはわずかに身体を傾け、切っ先を向けて飛来する両手剣をあっさりと躱す。

 その瞬間、セレネシスの剣先がヴァルクドラクから逸れたのをディートリヒは見逃さなかった。


「かかったな――――」


 ディートリヒはひとりごちる。

 そのあいだにヴァルクドラクは盾の裏側に右手を差し込み、細身の刀を抜いている。

 両手剣の三分の二ほどの長さしか持たず、刀身も極端に薄いそれは、緊急用の自衛武装として搭載されているものだ。

 実戦での使用に耐えるのはせいぜい二、三回が限度だろう。

 あらゆる武器を使い尽くした状況で用いる、文字どおり最後の武器なのである。


 ヴァルクドラクは一気に間合いを詰めながら、もはや無用となった盾を投げ捨てる。

 盾だけではない。全身の装甲を排除パージし、極限までの軽量化を図っているのである。

 頭部を覆っていたフェイスマスクさえ剥がれ落ち、ブラッドローダー本来の凶悪な素顔があらわになる。その形相はまさしく機械の悪鬼と呼ぶにふさわしい。

 血色のまなこを爛々と輝かせ、ヴァルクドラクはセレネシスに襲いかかる。


「義母上、覚悟――――」


 濃灰色と無色透明の機体が交差する。

 衝撃波とともに破壊音が響きわたったのはその直後だった。

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