CHAPTER 21:モータル・ストライク
颶風を巻いて銀刃が閃いた。
ヴァルクドラクが
大柄な機体と長大な剣の組み合わせが生む、疾さと重さを兼ね備えた攻撃。
並のブラッドローダーであれば、まちがいなく装甲を叩き割られているはずであった。
アルテミシアは一髪の差で斬撃を躱すと、愛機セレネシスをヴァルクドラクの内懐に飛び込ませる。
両手剣は
まして機体同士が密着するほどの極至近距離ともなれば、セレネシスの刀に圧倒的な分がある。
「はっ――――」
アルテミシアは短い気合とともにするどい突きを放つ。
狙うはヴァルクドラクの喉――ブラッドローダー最大の弱点であるコクピットハッチだ。
ヴァルクドラクに較べれば非力なセレネシスだが、小柄な機体にはそれを補って余りあるほどの瞬発力が秘められている。
研ぎ澄まされた切っ先は装甲をたやすく貫通し、コクピット内のディートリヒに致命傷を与えるだろう。
ヴァルクドラクの腕がわずかに動いたのと、甲高い金属音が
ディートリヒは両手剣の刃ではなく、鍔の部分でセレネシスの突きを受け流したのである。
吸血鬼が用いる剣術のなかでも、とりわけ高等技術とされる防御技だ。
ほんのわずかでもタイミングを誤れば死は確実という状況で、ディートリヒは冷静な判断力によって窮地を脱したのだった。
アルテミシアは二撃目をあきらめ、すばやくセレネシスを後退させる。
「いまの一撃、よくぞ捌きました。腕を上げましたね、ディートリヒ」
「当然だろう。元々はあなたが伝授した技だ」
ディートリヒは両手剣をふたたび正眼に構えつつ、抑揚に乏しい声で応じる。
もともと卓越した知力をもっていたディートリヒだが、皇帝夫妻の養子となってからは武術の鍛錬にも熱心に打ち込むようになった。
永らく泰平の世が続いているとはいえ、
諍いの解決手段としての決闘は日常茶飯事であり、領地や資源を巡って大規模な合戦に及ぶこともしばしばなのだ。
どれほどの高位高官だろうと、力の弱い者はそれだけで軽蔑され、家臣の統制もままならなくなる。
それゆえ貴族、とりわけ選帝侯家の子女は幼いころから剣術指南役に師事し、その地位に見合うだけの実力を身につけることが義務付けられているのである。
むろん、それは皇帝の義理の息子であっても例外ではない。
それどころか、つねに他者からの嫉妬に晒され、指導者としての資質を値踏みされる立場であることをかんがみれば、その重圧はほかの選帝侯の比ではない。
ディートリヒは政治について学ぶかたわら、義母である皇后アルテミシアから直々に剣術の手ほどきを受けた。
八百年前の聖戦を生き抜いたアルテミシアの剣は、アルギエバ大公らと同様の実戦剣術である。
戦後の剣術が立ち振舞や型の美しさを重視したのに対して、聖戦世代のそれは
勝つためならどんな卑劣な手も厭わず、必要とあれば噛みついてでも敵を倒す……。
アルテミシアの厳しい指導に耐えたディートリヒは、名実ともに彼女の後継者にふさわしい実力をそなえるようになった。
それでも、両者のあいだに横たわる実力の差は歴然としている。
「私の技量がいまだ
ヴァルクドラクが重心を落としたのに合わせて、ディートリヒはいっそう凄味を帯びた声で告げる。
「この戦い、どんな手を使っても勝たせていただく」
***
同じころ――――
四機のストラディオスとゼルカーミラはなおも熾烈な戦いを繰り広げていた。
息もつかせぬストラディオスの連携攻撃を、ゼルカーミラは持ち前のスピードでいなしていく。
上下左右前後、あらゆる方向からひっきりなしに襲いかかる攻撃にも動じることなく、セフィリアはそのことごとくを一振りの片手剣だけで捌いている。
「先の戦いでは不覚を取ったが、もうおまえたちの技に惑わされるものか」
セフィリアが叫ぶや、ゼルカーミラの輪郭がふっと揺らいだ。
背面の
いかにブラッドローダーのセンサーが高性能でも、この状態のゼルカーミラを捕捉することは不可能だ。
ストラディオスの
実時間にして数マイクロ秒――常識的にはほとんど誤差の範疇と言ってよい。
それでも、実戦で生死を分けるには充分すぎるほどの時間だ。
「やああああッ!!」
セフィリアの裂帛の気合とともに銀光がほとばしった。
ストラディオスの一機――
ゼルカーミラが放った横薙ぎの一閃をまともに受け、
上半身と下半身に別れたNo.Ⅲは、切断面から血とも循環液ともつかない黒い液体をおびただしく振りまきながら墜落する。
ゼルカーミラの装甲には斑斑と黒いシミが付着し、全身に返り血を浴びたかのような凄絶さを漂わせている。
「まずは一機――――」
セフィリアはひとりごちるみたいに呟く。
仲間の壮絶な最期を目の当たりにしたにもかかわらず、三機のストラディオスは動揺した様子もない。
みずからの意志で一戦闘単位に徹した彼らにとって、仲間の死さえ戦力の損耗という以上の意味はないのだ。
なにより、いまだ三対一という戦力的な優位は揺らいでいない。ゼルカーミラがいまだ孤軍奮闘を強いられている事実に変わりはないのである。
「……!!」
セフィリアはおもわず身構えていた。
三機のストラディオスが奇妙な動きを見せたためだ。
その行動が意味するところはあきらかだった。
一機があえて討ち死にを遂げ、そのあいだに残る二機がゼルカーミラにとどめを刺すつもりなのだ。死に役にとって武器も盾も無用である以上、デッドウェイトを捨てるのは道理でもある。
それは巧妙に計算された、仲間の犠牲のうえに成り立つ非情な作戦であった。
「そうまでしてディートリヒ・フェクダルに忠義を尽くして何になる? あの男はおまえたちの死を悼みなどしない」
セフィリアの言葉に、三機のストラディオスはただ沈黙で応じる。
名前も顔も経歴も、およそ人生のすべてを捨て去り、ディートリヒの手駒となることを選択した彼らである。
名誉や称賛など望むべくもないことは、いまさらセフィリアに言われるまでもなく理解しているのだ。
転瞬、No.Ⅰが音もなく突出した。
ゼルカーミラに組み付き、動きを止めようというのだ。
むろん、セフィリアも武器と盾を捨てたNo.Ⅰが捨て身の行動に出ることは予測している。
ゼルカーミラが回避に移るかというまさにその瞬間、白い装甲の内側からまばゆい光が洩れた。
「なっ――――!?」
セフィリアが叫んだときには、No.Ⅰの機体は内側から爆ぜ飛んでいる。
ブラッドローダーの全エネルギーを用いた自爆。
その破壊力はウォーローダーの
装甲片は無数の散弾へと変わり、ゼルカーミラめがけて殺到する。
いかにスピードにすぐれるゼルカーミラといえども、空間を埋め尽くす破片の雨から身を躱す術はない。
とっさに盾を構えるが、破片の何割かは斥力フィールドを突き破り、菫色の装甲に深々と突き刺さった。
ブラッドローダーとの
セフィリアは何百何千という針に全身を刺されたのと同等の激痛に苛まれているのだ。
「この程度の痛み、どうということは……!!」
セフィリアが言い終わるのを待たずに、爆炎を裂いて二機のストラディオスがゼルカーミラに躍りかかる。
するどい痛みがセフィリアの思考を一瞬鈍らせた。
回避が遅れたことに気づいたときには、二機のストラディオスはゼルカーミラの懐深くまで入り込んでいる。
片手剣を握った腕が宙に舞った。
No.Ⅱが剣を振るい、ゼルカーミラの右腕を肘から斬り落としたのだ。
「く……うっ!!」
ゼルカーミラの機体がおおきく傾いだ。
No.Ⅳの剣によって左脚を腿のあたりで切断され、姿勢を崩したのである。
片手片足を失ったことで、ゼルカーミラの戦闘力はほとんど失われようとしている。
いままで経験したことのない激痛に見舞われたセフィリアは、意識を保つのがせいいっぱいというありさまだった。
二機のストラディオスはゼルカーミラにとどめを刺すべく、最後の猛追をかける。
緻密に計算された左右からの挟撃。
たとえ一方の刃から逃れたとしても、もう一方の刃が致命傷となる。セフィリアは文字どおり窮地に追い込まれたのだ。
「私はリーズマリア様をお守りすると誓った。こんなところで死ねるものか――――」
ゼルカーミラはみずから刃の交差へと飛び込んでいく。
と、左の手首からまばゆい光の刃が伸びた。
ずるり――と、なめらかな切断面をあらわにしてNo.Ⅳの機体がずれた。
間髪を入れずにNo.Ⅱを斬ろうとしたとき、光の刃はふっと消滅した。
手足を失ったことで出力が低下し、光の刃を維持するためのエネルギーが払底したのだ。
(これまで……なのか……)
急速に薄れてゆく意識のなか、セフィリアは唇を噛む。
もはや攻撃を受け止めることも躱すこともままならない。
セフィリアに出来ることは、敗北と死をただ従容と受け入れることだけなのだ。
ゼルカーミラの胴体に剣が届くかというとき、ふいにストラディオスの動きが止まった。
かすむ目を凝らしたセフィリアは、ストラディオスの胸のあたりからなにかがするどく突き出しているのに気づく。
鮮血に濡れて輝くそれは、見覚えのある剣の切っ先だ。
「アゼト――――……」
縦に両断されたストラディオスのむこうに佇む黒騎士を認めて、セフィリアは糸が切れたように意識を失った。
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