CHAPTER 20:エスケイプ・ウェイ

 アゼトは、自分のなかで膨らんでいく焦燥感と戦っていた。


 虚無空間に迷い込んでから、もうどれくらいの時間が経ったのだろう。

 ここは通常空間とは異なる物理法則に支配されている。

 むろん、時間の流れも例外ではない。

 分かっているのは、徐々にノスフェライドのエネルギーが減りつつあるということだけだ。


 ブラッドローダーは機体の周囲になんらかの元素が存在するかぎり、それを取り込むことで無制限に活動できる。

 だが、元素はおろか、電磁波や放射線さえ存在しない完全な虚無のなかにあってはそれも不可能だ。

 失われたエネルギーは回復せず、機内に貯蔵されているエネルギーが完全に払底すれば稼働不能に陥るのである。

 そして、この虚無空間では、ただ機体を維持しているだけでもエネルギーを消耗するのだろう。先ほどから微動だにしていないにもかかわらず、エネルギー残量の低下にはいっこうに歯止めがかからない。


「アゼト様。なにかいい考えは浮かびまして?」


 緊張感のない声を投げかけられて、アゼトははたと我に返った。

 ノスフェライドの真横には、赤紫色マゼンタのブラッドローダーが佇んでいる。

 聖戦十三騎エクストラ・サーティーン”イシュメルガル”。

 アゼトにむかって呼びかけたのは、その乗り手ローディである選帝侯エリザ・シュリアンゼ女侯爵だ。


「ここ、本当になにもないんですもの。わたくし退屈してしまって……」


 エリザの言葉に合わせて、イシュメルガルはストレッチをするみたいに手足を屈伸させる。


「無駄なエネルギーを使わないほうがいい。それと、様付けはやめてくれないか」

「まあ、ご遠慮なさらなくても結構ですのに……」

「落ち着かないだけだ」


 それだけ言うと、アゼトはセンサーに全神経を集中させる。

 周囲の空間に変化はない。

 索敵エリアを最大限まで拡大してもなんの物体も感知できず、それどころか上下左右や機体の傾きさえ判然としない。

 ブラッドローダーにはジャイロセンサーやナビゲーションコンパスといった複数の計測・誘導システムが搭載されている。

 いずれも性能的には究極の域に達しているが、この虚無空間ではなんの役にも立たないのである。


 それでも、脱出口を見つけるためには、どんなわずかな兆候も見逃すわけにはいかない。


 アゼトの集中がふいに途切れた――というよりは、

 イシュメルガルがノスフェライドを指で軽く小突いたのだ。


「ところで、リーズマリア様とはどういうご関係ですの?」

「なぜいまそんな話をするんだ」

「だって、いまのわたくしとあなたは敵同士ではないのでしょう。ほかにすることもないのですし、お話くらいしてもいいのではなくて?」

「この状況でよく――――」


 喉まで出かかった刺々しい言葉を、アゼトはぐっと飲み込む。

 ここでエリザを刺激するのは得策ではない。

 先刻までの戦闘狂ぶりを考えれば、一時休戦に同意してくれただけでも奇跡に近いのだ。

 この空間を脱出するまでは、かりそめの友好関係を保つ必要がある。


「リーズマリアとは、その……旅の仲間だ」

「ほんとうに? アゼト様のことを疑っているわけではありませんが、ただの仲間に大切なブラッドローダーを託すとは思えないのですけれど。わたくしたちにとって、ブラッドローダーは自分の身体とおなじくらい大切なものですわ」

「そう……なのか?」

「ええ。だから、ブラッドローダーを託すのは心の底から信頼できる方だけ。たとえば兄弟や自分の子供、もしくは……」


 エリザはそこでいったん言葉を切った。

 イシュメルガルも無骨な機体をもじもじと揺すっている。


「将来を誓いあった伴侶。女性にとっては、最愛の旦那様――――」


 恥じらいつつその言葉を口にしたエリザは、「きゃあ」と両手で顔を覆う。

 もっとも、実際に動いているのはイシュメルガルである。

 予想もしなかったエリザの言動に、アゼトはただ茫然と立ち尽くすばかりだった。


「だから、ほんとうのことを教えてくださいまし。リーズマリア様とはどういうご関係なの?」

「俺は……」

「ね、はっきりおっしゃって。大丈夫、わたくし口は堅いほうですわ。あなたを殺したあとも誰彼かまわず言いふらしたりはしません」


 剣呑なエリザの言葉に、アゼトは慎重に言葉を選んで返答する。


「彼女に俺のことをどう思っているのかはっきり訊ねたことはない。だが……」

「だが?」

「あの夜、死が二人を分かつまでけっして離れないと誓い合った。その約束を守るためにも、俺はリーズマリアのところに戻らなければいけない」


 それきり二人のあいだに沈黙が降りた。

 エリザがなんの反応も示さないことを不審に思ったアゼトは、ためらいがちに「どうかしたのか」と声を掛ける。


「は、あ……えっ!? やだ、わたくしとしたことがついボーッと……」

「俺から言えるのはそれだけだ。これで満足か?」

「も、も、もう充分です。リーズマリア様との関係は承知いたしましたわ。わたくしだって子供ではないんですもの、そのくらいの知識はあります」

「だったらいいが……」

「具体的なことはおっしゃらなくて結構ですわ。殿方の口から説明などされたら、恥ずかしくて爆発してしまいます」


 困惑気味のアゼトをよそに、エリザは一方的にまくしたてる。

 イシュメルガルはノスフェライドから離れると、そのままくるりと背を向けた。


「リーズマリア様、まだ百歳にもならないのに進んでいらっしゃるのね。わたくし、ちょっと悔しいですわ――――」


 通信を切ったエリザは、あるかなきかの声でひとりごちる。

 アゼトはどうやら厄介な話題を切り抜けることができたらしいということに、ほっと安堵の息を吐くばかりだった。


 ノスフェライドのセンサーが反応したのはその瞬間だった。

 どこまでも均質だった虚無空間に、突如として特異点が生じたのだ。

 外部でヴァルクドラクが空間破壊砲ラオム・フェアニヒターを使用した影響だとは、むろんアゼトもエリザも知る由はない。


 分かっているのは、途絶えたままだったリーズマリアとの感応リンクが弱いながらも復活したということ。

 そして、この一瞬を逃せば永遠に脱出のチャンスはないということだけだ。


「そっちのエネルギーはまだ残っているな!?」

「問題ありませんわ。いつでもフルパワーが出せましてよ」

「チャンスは一度きりだ。二機のありったけのエネルギーをぶつけて出口を作る」


 アゼトが言うや、ノスフェライドの全身があざやかな緑色の光に包まれた。

 内蔵式アーマメント・ドレス。

 ブラッドローダーの出力を大幅に向上させる強力なシステムだが、そのぶんエネルギーの消費量も膨大だ。

 再チャージが叶わない以上、使えるのはこの一度きりなのである。


「この技は戦いのなかでお見せするつもりだったのですが、贅沢を言っていられる状況ではございませんものね」


 エリザの言葉に合わせて、イシュメルガルの両腕が背後に回った。

 人間でいえばちょうど両肩の中間点、頚椎と脊椎の接続部に当たる部分である。

 赤紫色の装甲が音もなく左右に展開したかとおもうと、イシュメルガルの首筋に細長い棒が飛び出した。


 鍔のついた剣の柄であった。

 柄を握ったイシュメルガルは、体内に格納されていた刀身を一気に引き抜く。

 長い刀身はいくつもの節に分かれている。そのさまは、みずからの背骨を引き抜いているようにもみえる。

 イシュメルガルが手首を軽く振ると、鞭のようにしなった節は小気味いい音とともに結合し、またたくまに一振りの剣を形づくっていく。


「これこそイシュメルガル最強の武器――バルク・シュヴェアト。最後の切り札に取っておくつもりでしたけれど、特別にお見せいたしましょう」


 エリザは高らかに宣言し、バルク・シュヴェアトを構える。

 機体内に格納されていたにもかかわらず、切っ先から柄頭まではイシュメルガルの背丈と同等かそれ以上の長さがある。

 抜剣と同時に金属結晶がすさまじい速度で成長したのだ。むろん、その強度と切れ味は通常の刀剣と比較してもなんら遜色はない。


「ただの剣ではございませんことよ」


 エリザの言葉に呼応するように、バルク・シュヴェアトの刀身が赤熱化していく。

 燃えさかる炎に包まれているようにみえるのは、本体から柄を通して供給された莫大なエネルギーが放出されているためだ。

 刀身に超高温のプラズマ・フィールドを纏わせることで、あらゆる物体を触れることなく溶断する……。

 これこそがイシュメルガル最強最大の武器バルク・シュヴェアトの真の姿であった。


「目標はこちらで指示する。攻撃のタイミングを合わせてくれ」

「よろしくてよ」


 ノスフェライドとイシュメルガルはともに剣を構える。

 前触れもなく出現した特異点は、いつ消滅しても不思議ではない

 そのうえで二機の攻撃タイミングを完璧に同調させる必要があるのだ。

 長年タッグを組んできたパートナー同士でも至難の業である。ましてすこしまえまで敵同士だった二人となれば、ほとんど不可能な挑戦というほかない。


 それでも、いまは僅かな可能性に賭けるしかない。


「――――いまだ!!」


 アゼトが叫んだのと、赤と緑の閃光が瞬いたのと同時だった。

 ノスフェライドとイシュメルガルがそれぞれ刃に乗せて放ったエネルギーの奔流だ。

 二色の光は暗黒を突き進み、まっすぐに特異点へと吸い込まれていく。


 まばゆい光が周囲にあふれたのは次の瞬間だった。

 空間の壁がほつれ、外部から素粒子や放射線が流れ込んだことで、量子的にまったくの「無」であった空間が「有」の空間へと変化したのである。

 特異点を中心に空間そのものが変容し、別の位相へと移り変わっていく。

 空間に留まりつづけた物体がどうなるのかは、無限にちかい演算能力をもつブラッドローダーの超高速電子頭脳ハイパーブレイン・プロセッサでも予測不能なのだ。

 

「いそげ!! 取り残されるぞ!!」


 アゼトはノスフェライドの全パワーを推力に変え、特異点へと飛び込んでいく。

 イシュメルガルも遅れじとそのあとに続く。

 予期せぬ事態が出来しゅったいしたのはそのときだった。

 突然イシュメルガルの速度が落ち、ノスフェライドとの距離が開いていったのだ。

 先の攻撃でエネルギーを使いすぎたのか、それとも空間そのものに原因があるのかは分からない。

 いずれにせよ、このまま放っておけば、イシュメルガルだけが脱出に失敗することは確実だ。


 アゼトにとってエリザはあくまで敵だ。

 危機を脱するために一時的な休戦協定を結んだにすぎない。

 無事に脱出に成功すれば、事前の取り決めどおり、エリザとはふたたび戦うことになる。


――見捨てる。


 それが最も賢明な選択であることは、むろんアゼトも理解している。

 どうせ倒さなければならない敵をわざわざ助けるなど、どう考えても不合理で馬鹿げている。

 最悪の場合には、どちらも脱出できずに共倒れになる可能性さえあるのだ。

 

 イシュメルガルに手を差し伸べるべきか、否か。

 選択肢はいたってシンプルだ。答えも分かりきっている。


「……っ!!」


 吸血猟兵カサドレスの少年は、迷うことなくその決断を下していた。

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