CHAPTER 20:マザー・アンド・サン

 高さ三十メートル、幅五十メートルはあろうかという広壮な空間がどこまでも続いていた。


 地下深くに建設された陵墓みささぎの内部だ。

 細長い長方形の陵墓は、皇帝の墓である石碑いしぶみと地下宮殿を終点とする回廊状の構造をもつ。

 途中にはいくつかの大広間があるものの、 基本的には一本道だ。

 空間ごと外界から遮断されているという特異な条件のため、陵墓内には迎撃システムやバリア発生装置の類は設置されていない。


 天井や床、壁面は一見すると本物の大理石で形作られているようにみえる。

 その正体は、ナノマシンの新陳代謝によってつねに最高の状態に維持され、数億年は朽ちることのない半永久金属なのである。

 

 いま、長い回廊を飛ぶ機影は五つ。

 ディートリヒの”ヴァルクドラク”を先頭に、四機の”ストラディオス”が続く。

 ヴァルクドラクは用済みとなった空間破壊砲ラオム・フェアニヒターの代わりに、長大な両手剣ツヴァイヘンダーを携えている。

 両手で保持するため盾と併用できないという欠点はあるが、それを補って余りある破壊力をもつ武器である。

 四機のストラディオスも、閉所での戦闘にそなえて、槍から両刃の片手剣と盾へと装備を変更している。


「来るぞ。散開しろ――――」


 ディートリヒが言うや、ヴァルクドラクと四機のストラディオスは互いに距離を取る。

 

 回廊の奥から銀色の物体が飛来したのはその直後だった。

 総数はざっと三十あまり。

 尖端がするどく突出した正三角錐型のそれは、ブラッドローダーが搭載する極超音速ミサイルだ。

 ブラッドローダーの各部には無数のミサイルや多目的マルチパーパスランチャーといった武装が内蔵されているが、それらがブラッドローダー戦で使用されることはまずない。

 戦闘機をたやすく破壊し、主力戦車を貫通する破壊力をもつミサイルも、ブラッドローダーの装甲にはまったく効果がないためだ。

 したがって、ブラッドローダー同士の戦いでミサイルが用いられるのは、もっぱら――センサーを阻害するジャミング・フレアや、レーザーを拡散させる特殊粒子の散布に限られる。


 はたして、三十基のミサイルは、ヴァルクドラクとストラディオスの手前で次々に爆ぜた。

 同時にミサイル内部に封入されていた極小の金属片が散乱し、機体表面に貼り付いていく。


「小賢しい真似を――――」


 頭部センサーに付着した金属片を払い落としつつ、ディートリヒは忌々しげに吐き捨てる。

 薄さ◯・◯一ミリほどの金属片は、そのひとつひとつに超小型コンピュータ回路がプリントされている。

 ひとたび敵機の装甲表面に貼り付けば、母機にその位置を知らせる目標指示ターゲティングマーカーとして機能するのだ。


 ヴァルクドラクと四機のストラディオスは、これで現在の位置がに筒抜けになったということだ。


(だが、それがどうしたというのだ?)


 ディートリヒは心中で呟く。

 たとえこちらの居所が分かったところで、数の優位はディートリヒの側にある。

 ノスフェライドはいずこかへと消えたまま、死にぞこないのゼルカーミラは敵のうちにも入らない。

 となれば、唯一にして最大の脅威は、皇后アルテミシアの”セレネシス”ということになる。


 皇后アルテミシアは、聖戦当時から至尊種ハイ・リネージュ屈指の強者として名を馳せてきた。

 老いたとはいえ、剣の腕はいまなお十三選帝侯のなかでも一、二を争う水準にある。

 ディートリヒと四騎士が全員でかかったとしても勝てる保証はない。

 それでも、アルテミシアを倒すことさえできれば、もはやリーズマリアの首を獲ったも同然だ。

 勝つために必要とあれば、四騎士とストラディオス全機を犠牲にすることも厭わない。

 ディートリヒは、文字どおりこの戦いにすべてを賭けているのだ。


 前方から近づいてくる機影をセンサーが捉えたのはそのときだった。

 光の翅をきらめかせて飛翔するのは、あざやかな菫色ヴァイオレットをまとった機体である。


「ゼルカーミラか。……ストラディオス、あれの相手は任せる。死にぞこないとはいえくれぐれも油断はするな」


 主人の命令に、四機のストラディオスは一糸乱れぬフォーメーションで応じる。

 一騎討ちを得意とするゼルカーミラにとって、集団戦に特化したストラディオスは最も相性の悪い敵と言ってよい。

 それは先の戦いで実証済みだ。一対四という条件が変わらない以上、何度繰り返してもおなじことの繰り返しになるはずだった。


「やあああッ!!」


 セフィリアが裂帛の気合を上げるや、ゼルカーミラの手元でするどい銀光が閃いた。

 刃こぼれを起こした細剣ではなく、幅広の刀身をもつ無骨な長剣だ。

 ヴァルクドラクは両手剣を突き出し、ゼルカーミラの初太刀を軽くいなす。


「ディートリヒ・フェクダル!! リーズマリア様のところへは行かせん!!」

「あいにくだが、貴様ごとき小物にかかずらっている暇はない」

「逃げるのか!?」

「勘違いをするな。貴様の相手はそこにいるストラディオスに任せるというだけだ」


 ディートリヒが言い終わるまえに、四機のストラディオスはゼルカーミラを取り囲むように展開している。

 包囲陣形。

 ゼルカーミラの前後左右と上下を完全に塞ぎ、退路を断ったうえで一斉攻撃を仕掛けようというのである。

 それは集団戦において真価を発揮するストラディオスが、たった一機の敵を確実に葬り去るために用いる戦術だった。

 一機の敵に四機でかかるのは非効率の極みともいえるが、相手が聖戦十三騎エクストラ・サーティーンとなれば話は別だ。


 左右に回り込んだNo.ⅠアインスNo.Ⅲドライが同時に動いた。

 タイミングを合わせ、同時にゼルカーミラに斬り込もうというのだ。

 

 転瞬、甲高い金属音が響きわたった。


「そう何度も同じ手を喰うと思うなッ!!」


 ゼルカーミラはNo.ⅠとNo.Ⅲのあいだをすり抜け、その背後に控えていたNo.Ⅳフィーアと剣を合わせたのだ。

 最初の二機の攻撃はあくまで敵の注意を引き付けるためのフェイントだ。

 彼らの背後に巧妙に身を隠したNo.Ⅳこそが、ゼルカーミラに致命傷を与える役割を担っていたのである。


「このセフィリア・ヴェイドとゼルカーミラに、もはや小手先の幻惑は通用しないと知れ!!」


 いったん間合いを取った四機のストラディオスにむかって、セフィリアは声の限りに吼える。


 四機のストラディオスには、ミサイルに封入されていた金属片――目標指示ターゲティングマーカーが付着している。

 そして、各マーカーが収集した座標や速度といったデータは、ゼルカーミラの超高速電子頭脳ハイパーブレイン・プロセッサに送信されるのである。

 セフィリアはそれに基づいて、ストラディオス各機が次にどう動くかを的確に予測したのだ。


 先の戦いで変幻自在のフォーメーションに苦しめられたのは、ストラディオスの連携を見切れなかったためだ。

 というよりは、むしろセフィリアに自分たちの動きを見切らせないように動いていたと表現すべきだろう。四騎士はあらゆる先入観や予断につけこみ、最大限に利用することで、巧妙にセフィリアを翻弄したのである。

 そのカラクリさえ看破してしまえば、聖戦十三騎きっての俊敏性をもつゼルカーミラの敵ではない。


「全員まとめて来い。徒党を組まねば戦えない卑怯者など、この私ひとりで片付けてやる」


***


 おなじころ――――


 ヴァルクドラクは、石造りの荘厳な建物の前に降り立った。

 地下宮殿の手前にもうけられた祭祀場――その中心にそびえる霊廟である。

 亡き皇帝の魂を慰めるために建設されたそれは、壁面や天井と同様、半永久金属によって形作られている。


 霊廟内部へとつづく石敷きの参道には、無色透明の装甲をまとった巨人騎士が静かに佇んでいる。


「待っていました、ディートリヒ」


 皇后アルテミシアは、極力感情を殺した声で言った。

 数十年ぶりに対面する義理の母と息子のあいだには、ひりつくような殺気が充溢している。


「皇后陛下――いや、義母上ははうえ。どうしてもリーズマリアをこちらに引き渡してはいただけないのですか」

「むろんです。殺すつもりの相手に、どうして陛下の大切な御子を渡せましょうや」

「たしかにあれは先帝陛下のただひとりの実子です。同時に、至尊種ハイ・リネージュに破滅をもたらす魔性の娘でもある。災いの芽を摘むことが悪とおおせられるなら……」


 ディートリヒの決然たる声に呼応するように、ヴァルクドラクの腕が上がった。

 両手剣を正眼に構えたまま、ディートリヒは底冷えのする声で告げる。


「たとえ義母上だろうと容赦はしない」


 鉛のような沈黙が二人のあいだを埋めた。

 やがて、ため息をつくように言葉を発したのはアルテミシアだ。


「おろかな息子を止めるのも義母ははの務め。これまで重ねてきた暴挙の数々、その一命を以って亡き陛下にお詫びなさい」

「望むところだ。それほどあの娘が大事だというなら、義母上ははうえにも冥府へ同道していただく」


 じり……と、二機のブラッドローダーは互いににじりよる。

 参道に敷かれた石畳がめくれあがったのは次の瞬間だ。

 刹那、神聖な霊廟に響きわたったのは、烈しい剣戟の音にほかならなかった。

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