CHAPTER 19:ザ・エアルーム

 ヴァルクドラクの全身から陽炎が立ちのぼっていた。

 その両手に抱えているのは、身の丈よりも巨大な砲熕兵器キャノン――試製空間破壊砲ラオム・フェアニヒターだ。

 機体との砲のあいだには何本ものエネルギー伝達ケーブルが接続されている。本体から砲にエネルギーを供給し、また砲だけでは処理しきれない余剰出力を処理するための措置であった。


 夜半をまわった時刻――――。

 砂漠の上空に浮かぶヴァルクドラクの周囲には、五機のブラッドローダーが展開している。

 修理を済ませた四機のストラディオスと、ヴィンデミアが乗る黄金の聖戦十三騎エクストラ・サーティーン”メフィストリガ”である。


「ディートリヒくん、空間破壊砲の具合はどうだい?」


 ヴィンデミアの問いかけに、ディートリヒは硬い声で応じる。


「問題ない。エネルギーの逆流バックロードは多少あるが、この程度ならヴァルクドラクの排熱システムで対処可能だ」

「それは重畳。一度目の実験のときのように僕たちごと消滅――なんてことになったら大変だものねえ」

「怖いなら母艦に戻ってもかまわないぞ」

「ご冗談を。君が空間破壊砲で突破口を開いたら、僕のメフィストリガがを固定する手筈になっているのだからね」


 緊張感なく笑うヴィンデミアに、ディートリヒはそれ以上なにも言わなかった。


「ところで、シュリアンゼ女侯爵はどうしたのかな」

「いまだ反応は消えたままだが、ノスフェライドを道連れにしたのであれば上出来だ。あれは充分すぎるほどに役目を果たしてくれた」

「彼女のことだ。そう簡単に死ぬともおもえないが――――」


 ヴィンデミアの言葉は途中でかき消された。

 ごお――と、獣の咆哮にも似た轟音が響いたのだ。

 空間破壊砲へのエネルギー・チャージが完了し、いよいよ発射態勢が整ったのだ。

 四百年ぶりに目覚めた巨砲は、いまやおそしと発射の時を待っている。


「全機退避しろ。五秒後に発射する」


 ディートリヒが命じるや、四機のストラディオスとメフィストリガはすばやく後退する。

 

 そして、五秒後――――。

 ヴァルクドラクが引き金を引くと同時に、不可視のエネルギー渦流が天地を震わせた。

 砲口をほとばしりでた極高エネルギーの集束力線は、勢いもそのままにに叩きつけられる。

 異様な光景が出現したのは次の瞬間だった。

 着弾点の空間そのものがねじ曲がり、周囲には無数の裂け目が生じている。

 三次元空間はその連続性を力まかせに破壊され、もはや空間的な整合性を保てなくなったのだ。


「ご苦労さま、ディートリヒくん。ここからは僕の仕事だ」


 ヴィンデミアの言葉に呼応するように、メフィストリガが前に出た。

 黄金のブラッドローダーは、外套マント状の装甲の合間から両手を突き出す。

 すると、どうか。

 まるで生き物の内臓みたいに蠢動していた空間は、ぴたりとその動きを止めたのだ。

 これこそがメフィストリガに内蔵された特殊能力――空間制御デバイス。

 遠隔地に保管した武装を自在に召喚するほか、短距離であれば機体そのものの空間跳躍ワープさえ可能とする。

 この能力を用いて、メフィストリガは不安定な空間を固定化させたのだった。


「さて……残念なお知らせだが、入り口はあまり長く保ちそうにない。くれぐれも長居は禁物だよ、ディートリヒくん」

「言われずとも承知している」


 ディートリヒはあくまで無愛想に答える。

 そして、もはや無用の長物となった空間破壊砲を砂漠に放り捨てると、四機のストラディオスにむかって合図を送る。


「どんな手段を用いてもリーズマリアを殺す。我らの目的はそれだけだ」


***


「皇后陛下!! リーズマリア様っ!!」


 愛機”ゼルカーミラ”を宮殿の中庭に降下させたセフィリアは、噴水のちかくに二人の姿を見つけるや、外部スピーカーを使って呼びかける。


「敵襲です!! おそらくディートリヒ・フェクダル麾下の部隊かと……」

「ヴェイド女侯爵、あなたは先行して敵の足止めを。私もすぐに”セレネシス”で出撃します」

「かしこまりました――――」


 飛び立ったゼルカーミラを見送ったアルテミシアは、リーズマリアに向き直る。

 リーズマリアの真紅の瞳には動揺の色がはっきりと見て取れた。

 安全だと思っていた場所が襲撃を受けたことで、ふだんは気丈な少女も弱気になっているのだろう。


「アルテミシアさま……!!」

「心配ありません。なにがあってもあなたは私たちが守ります。それに……」


 不安そうに見つめるリーズマリアの髪を指で梳いてやりながら、アルテミシアは背後を振り返る。

 その視線のさきには、こちらにむかって息せき切って駆けてくる金髪の人狼兵ライカントループの姿がある。 

 

「姫様ーっ!!」


 アルテミシアは、レーカのほうにむかってリーズマリアの背を軽く押す。


「さ、早くお行きなさい。宮殿の地下にはシェルターがあります。ブラッドローダーの攻撃にもしばらくは耐えられるでしょう」

「でも、私だけ逃げるのは……」

「ディートリヒの狙いはあなたです。あなたの身になにかあれば、その瞬間にすべての希望が潰えるということを忘れてはなりませんよ」


 アルテミシアはリーズマリアの手を取ると、二個一組の指輪を握らせる。

 リングは精緻な彫刻がほどこされた白金プラチナ。月桂樹の環を模した台座には、この世で最も希少な宝石であるレッドダイヤモンドが嵌め込まれている。

 透明度の高い紅石を透かしてみえるのは、”帝冠と剣”を象った皇帝の紋章だ。


「リーズマリア。この指輪をあなたに預けます」

「これは――――」

「皇帝とその配偶者だけが身につけることのできる紋章指輪シグネットリングです」

「そんな大切なもの、いただけません!!」

「預けると言ったでしょう。いずれ時がくれば、あなたも然るべき者に手渡さなければなりません。私もあなたも、一時いっとき預かっただけなのです」


 優しくも力強いアルテミシアの言葉に、リーズマリアはただ頷くことしかできなかった。


「さあ、もうお行きなさい。生きることがあなたの役目なのですから」

「アルテミシアさま、どうかご無事で――――」

「ありがとう」


 リーズマリアがレーカとともに宮殿内に消えたのを見届けて、アルテミシアはくるりと踵を返す。

 そして、左腰に差した剣の柄を握ると、だれともなく呟いたのだった。


「わがもとへ来たれ、”セレネシス”」


 刹那、まばゆい光とともに一機のブラッドローダーが飛来した。

 聖戦十三騎エクストラ・サーティーン”セレネシス”。

 無色透明の装甲をまとった優美なシルエットは、神話・伝承に語られる妖精フェアリィを彷彿させた。

 その神々しくもきらびやかな佇まいは、月光騎と呼ばれる所以でもある。


 むろん、ただ美しいだけの機体ではない。

 皇后アルテミシアとともに聖戦を戦い抜き、戦後も反乱鎮圧に活躍した歴戦のブラッドローダーなのだ。

 聖戦の終結から八百年を経た現在でも、度重なる近代化改修アップデートによってその性能は依然として最高水準にある。

 

「行きましょう、セレネシス。亡き陛下がこの世に遺された最後の希望を、至尊種ハイ・リネージュの未来を守るために……」


 アルテミシアがコクピットに入ったのと、血色の光がまたたいたのと同時だった。

 まばゆい光の粒子を振りまきながら、月光騎は戦場へと飛翔していった。

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