CHAPTER 18:フォビトゥン・ウェポン
ディートリヒとヴィンデミアが通信を交わしてから、ちょうど七時間後の夜更け――――。
一隻の小型艦が空中戦艦”ラカギカル”に接舷した。
ヘリコン級高速輸送艦”パルナッソス”。
白と金のツートンカラーに彩られた艦体は、軍艦というよりはむしろ遊覧船のようにもみえる。
鳥類のくちばしを彷彿させる流線型の艦首には天秤の
均衡と公正を表すそれは、
「ご機嫌うるわしう、最高執政官閣下。このたびは旗艦ラカギカルへのお招きという光栄に浴し、このガイウス・サフェリス・ヴィンデミア、まこと恐悦至極にございます――――」
タラップを伝ってラカギカルの後部格納庫に降り立ったヴィンデミアは、いかにも芝居がかった口ぶりで挨拶してみせる。
ディートリヒはにこりともせず、パルナッソスのほうに視線を向ける。
「挨拶はいい。例の積み荷をさっさとこちらに移せ」
「せっかちだねえ、ディートリヒくん。だけど、そういうところも君らしいよ」
言って、ヴィンデミアは右手を軽く挙げる。
同時にラカギカルの舷側に据え付けられたジブクレーンが稼働し、パルナッソスの船倉へとアームを潜り込ませる。
やがてアームが掴み上げたのは、全長十メートルほどの細長いコンテナだ。
およそ飾り気のないシンプルな外観だが、各部には厳重な封印がほどこされている。
なにより目を引くのは、コンテナの六面すべてに記された「最高レベル危険物」を示す
「しかし、ディートリヒくん……本当にこれを使うつもりかい?」
ヴィンデミアはちらとディートリヒを見やると、意味ありげな微笑みを浮かべて問うた。
ディートリヒは空中を移動するコンテナを凝然と見つめたまま、そっけなく応じる。
「使いもしないものをわざわざ持ってこさせたとでも思うのか」
「君ならそう言うと思ったけれどね。なにしろ最初の試射から四百年のあいだ、ずっと帝都の武器庫に封印されていた代物だ。いまでも動くかどうか……」
「動く」
ディートリヒの言葉には揺るぎない自信がみなぎっている。
ずん――と、にぶい衝撃が走ったのはそのときだった。
コンテナがラカギカルの格納庫に降ろされたのだ。
「封印を解け」
ディートリヒが命じるや、作業員がすばやくコンテナの開封作業に取りかかる。
甲高い警告音とともにロックが外れたのは、それから数分後のこと。
劣化防止のために封入されていた窒素ガスを噴き出しつつ、床に接した一面を除くコンテナの各面が自動的に展開していく。
まもなくディートリヒらのまえに現れたのは、一基の巨大な
十メートルちかい全長のほとんどを長大な砲身が占めている。機関部の後端に装着されているのはグリップと一体化した
じつに四百年ぶりに外気にさらされたにもかかわらず、その表面はつややかな
ごく最近建造されたばかりの新兵器と言われても疑う者はいないはずだ。
「試製
眼前の巨砲を見つめながら、ディートリヒはだれにともなく呟いた。
空間破壊砲。
それは極高エネルギーの集束力線を投射し、文字どおり空間そのものの連続性を破壊する兵器である。
三次元空間を一枚の紙、物体をそこに描かれた絵だと仮定する。空間破壊砲は紙にナイフを突きたて、裂け目を広げることで、描かれた紙ごと絵を損壊させるのである。
この原理のまえでは、いかなる装甲もバリア・フィールドも意味をなさない。
どのような防御手段であろうと、三次元空間に存在している以上、その土台を破壊されれば消滅を免れないのである。
たとえなにもない空間であっても、空間破壊砲が命中すれば、そこには不可視の裂け目が生じる。
外界から完全に遮蔽された閉鎖空間を、外側から力まかせにこじ開けることさえ可能なのだ。
四百年ほどまえに二基が試作された空間破壊砲だが、わずか一度の試射実験でその開発・運用計画は永久凍結された。
試射に用いられた一号砲のエネルギー回路が故障し、ほんらい作動するはずのリミッターが働かなかった結果、射撃場となった孤島およびその周辺海域ごと消滅するという大惨事を引き起こしたのである。
データ収集用の空中戦艦四隻とブラッドローダー三機、百五十人の将兵が犠牲となったこの事件は、聖戦以来最悪の事故として
一説には空間ごと別の宇宙に転移したともいわれるが、いずれにせよ、犠牲者たちが跡形もなく消え去った事実は揺るがない。
いまディートリヒのまえに横たわるのは、一度も使用されることなく封印された二号砲だ。
事故の教訓にもとづき、エネルギー回路には五重のバックアップと三系統の出力リミッターが取り付けられているものの、その本質的な危険性に変わりはない。
「持ってきた僕が言うのもなんだけれど……ディートリヒくん、じゅうぶん注意したまえよ。もし暴走すれば、君も無事では済まないからね」
「危険は承知のうえだ。リーズマリアを殺すためなら、多少のリスクはやむをえん」
きっぱりと言い切ったディートリヒに、ヴィンデミアは満足げに首肯する。
「僕のメフィストリガの能力では皇帝陛下の
***
「はあ……」
地下宮殿からすこし離れた
その一角で修復中の愛機ゼルカーミラを見上げて、セフィリアは物憂げな溜め息をついた。
皇后アルテミシアが語った
至尊種が人間によって造られた新種族であり、聖戦が旧種族と新種族による吸血鬼同士の生存闘争であったという事実は、選帝侯にさえ伏せられてきたのだ。
無理もないことだとセフィリアは思う。
もし真実がおおやけになれば、至尊種の社会は根底から崩壊しかねない。
抑圧されてきた人間たちはここぞと反旗を翻し、第二次聖戦が勃発する可能性もある。
そうなれば、荒廃しつつもかろうじて生きながらえてきたこの世界は、いよいよ終わりを迎えるだろう。
この星とそこに生きるすべての生命を守るためには、真実を隠し通す必要があったのだ。
「人間、か――――」
アルテミシアは、至尊種には人間の遺伝子が組み込まれていると言った。
純血の至尊種であるセフィリアにも、いくらかは人間の部分が存在するということだ。
それでも、不思議と悪い気はしなかった。
もしアゼトと出会っていなければ、きっとそんなふうには思えなかっただろう。
これまでの旅路を振り返ると、自分もまた人間であるということがうれしくさえおもえる。
以前のセフィリアならけっして抱くはずのなかった、それは不思議な感情だった。
足音が聞こえたのはそのときだった。
「セフィリア殿、こちらにおられましたか」
レーカはこちらにむかって手を振りながら駆けてくる。
大破したヴェルフィンも工場内で修復中だが、ここではなにかもが機械まかせなのである。
おなじく修復中で無聊をかこっているセフィリアを見つけて、おもわず声をかけてしまったのだろう。
「ゼルカーミラの修復は順調のようですね」
「なんとかな。壊れてしまった盾と剣も皇后陛下から新しいものを賜ったし……」
それきり気まずい沈黙が降りた。
「あの、セフィリア殿……さきほどの話……」
「私たち至尊種が人間の手で造られた種族だということか?」
「このようなことを申し上げるのも失礼かもしれませんが、私は姫様やセフィリア殿への見方を変えたりはっ!!」
「みなまで言うな、レーカ。わかっている。ありがとう――――」
セフィリアはレーカの肩を抱くと、なだめるように金色の髪を撫ぜる。
この
自分がもはや人間に偏見を持っておらず、気分を害していないと正直に言ったところで、無理をしていると思われるだけだろう。
だから、セフィリアはただレーカを抱きしめ、感謝の言葉を述べたのだった。
かすかな揺れを感じたのはそのときだった。
皇帝の陵墓は外界から隔絶された閉鎖空間である。地震が起こるはずはない。
自然現象でないとすれば、可能性はただひとつ。
「敵襲だ!! レーカ、急いでリーズマリアさまのところへ!!」
言い終わるが早いか、セフィリアはほぼ修復が完了したゼルカーミラへと飛び移っていた。
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