CHAPTER 13:ザ・マウソレウム

 冷え冷えとした空気が空間を充たしていた。

 

 けっして陽光の届かない大深度地下――――

 生存不可能領域インヴァイアブル・エリアの白砂のはるか下に、その空間はひっそりと横たわっていた。

 地面にはガラス質の床石がどこまでも敷き詰められている。天井や壁が見当たらないのは、あまりにも広すぎるためだ。

 

 床石の一角に佇立するのは、二機のブラッドローダーだ。

 ”ゼルカーミラ”。

 そして、”セレネシス”。

 どちらも聖戦十三騎エクストラ・サーティーンに列せられる名機である。

 セレネシスの無色透明な装甲には傷ひとつないのに対して、ゼルカーミラの菫色ヴァイオレットの装甲は大小の傷に覆われ、まさしく満身創痍といった様相を呈している。


 そして二機の傍らには、膝から下を失った朱色バーミリオンレッドのウォーローダーがしりもちをつくような格好で置かれている。

 ヴァルクドラクとの戦いで両足を切断されたヴェルフィンであった。

 もはや自力では一歩も動けなくなったヴェルフィンは、セレネシスの手でこの空間まで運び込まれたのだ。

 四機のストラディオスとの戦闘で傷ついたゼルカーミラも同様である。


「皇后陛下、ここはいったい――――?」


 セレネシスのコクピットを降りた皇后アルテミシアにむかって、セフィリアはこわごわ問いかける。

 ヴェールをかぶった黒衣の女は、玲瓏たる声で応じる。


「ここは亡き皇帝陛下の陵墓みささぎ。正確には、その入り口です」

「先帝陛下の……!?」

「私についてきなさい。機体はそのままでかまいません」


 アルテミシアに言われるまま一歩を踏み出そうとして、セフィリアははたと背後を振り返った。

 リーズマリアは、大破したヴェルフィンの胴体にもたれかかったまま動こうとしない。

 その隣ではすっかり困惑した様子のレーカがセフィリアとリーズマリアを交互に見つめている。


「リーズマリア様?」

「セフィリアとレーカだけで行ってください。私はここに残ります」

「そんな!! リーズマリア様を置き去りにするなどできません!!」

「私のことは放っておいてください」


 ふだんのリーズマリアとは別人のようなするどい声色で叱咤されて、セフィリアはおもわずたじろぐ。


義兄あに――ディートリヒ・フェクダルからすべて聞きました。私は皇帝の血を後世に遺すために作られた存在だと。だれからも愛されも望まれもせず、ただ必要だからというだけの理由で生み出されたあわれな人形だと、ディートリヒはそう言いました……」


 ヴェルフィンの装甲に顔を押し付けたまま、リーズマリアは低い嗚咽を洩らす。

 たとえ不義の結果として生まれたのだとしても、そこに愛があったならまだ救われもしただろう。

 だが、現実はそうではなかった。

 リーズマリアは、吸血鬼の支配を盤石とするための道具としてこの世に生み落とされたのだ。


 皇帝の忘れ形見として与えられた役目を全うし、ただ生きて死んでいくだけの自我なき人形……。

 それがほんらいリーズマリアに期待されていた役割であり、そのために作られたと言っても過言ではない。

 バルタザール・アルギエバも、ディートリヒ・フェクダルも、みなリーズマリアにそうあれかしと願っていたのだろう。

 だからこそ、彼らは操り人形であることを拒絶したリーズマリアを抹殺しようとしたのだ。

 憎悪や殺意さえリーズマリアという一個の人格に対してではなく、生まれ持った血に向けられているのである。


 けっきょく、だれも自分など見ていなかった。

 彼らが手にしようと望み、そして執拗にこの世から消し去ろうとしたのは、あくまでこの身体を流れる皇帝の血なのだ。

 どれほどあがいたところで、吸血鬼の支配体制を構築する巨大な歯車の一部であることからは逃れられない。そのために自然の摂理に逆らって造られた存在ならばなおのことだ。

 あまりに過酷な、しかし否定しようのない事実の数々は、リーズマリアの心を打ちのめすのに充分だった。


 アルテミシアはリーズマリアのそばに歩み寄る。


「立ちなさい、リーズマリア・シメイズ・ルクヴァース」

「……いやです」

「ここは亡き陛下の――あなたの御父上の陵墓です。場所をわきまえなさい」

「そんなもの、私には関係ない」


 ふいにリーズマリアの身体が直立した。

 アルテミシアが右肩を掴み、無理やりに立ち上がらせたのだ。

 吸血鬼の握力は最低でも数百キロはある。

 むろん手加減はしているが、意地でも動かないと決めた吸血鬼を動かすには、相応の力を込める必要がある。

 肩に走ったするどい痛みに、リーズマリアはほとんど反射的に手を振り上げていた。


「私にさわらないで……!!」


 白い繊手に弾かれて、アルテミシアの頭からはらりと黒いヴェールが落ちる。

 あらわになったアルテミシアの素顔を目の当たりにして、その場の全員がおもわず息を呑んだ。

 

 端正な面立ちの美女である。

 肌は白く透きとおり、瞳は柘榴石ガーネットをはめ込んだような真紅。

 吸血鬼の典型的な、そして理想的な美貌そのものと言ってよい。

 ヴェールが外れると同時にさあっと流れたのは、白金色プラチナにちかい淡い色の金髪だ。


 だが、その美しさ以上に目を引くのは、秀麗な顔貌に刻まれた無残な痕だ。

 右目から右頬にかけての広い範囲の皮膚が、まるでのように黒紫色に変色しているのである。

 それがなにを意味するかは、リーズマリアとセフィリアにはすぐに分かった。

 太陽光に灼かれた傷痕だ。

 吸血鬼の並外れた再生能力をもってしても、太陽に灼かれた傷は二度と元通りにはならないのである。


 いまから八百年以上まえ――吸血鬼が人間から烈しい差別と迫害を受けていた時代。

 捕虜となった女の吸血鬼に対して、人間たちは顔を灼く拷問をしばしばおこなった。

 顔に一生消えない傷をつけることで尊厳を破壊し、またほかの吸血鬼たちへの見せしめとするためだ。


 アルテミシアもまた、最も過酷な時代を生き抜いた吸血鬼のひとりなのである。

 母を凌辱のすえに惨殺されたバルタザール・アルギエバとおなじように、人間を憎んでいても不思議ではない。

 そんな彼女が人間との共存を訴えるリーズマリア一行を助け、義理の息子であるディートリヒと剣を交えたことに、今更ながらリーズマリアは動揺を覚えていた。


 アルテミシアはヴェールを戻すこともせず、一行を先導するように歩きだす。


「来なさい。あなたたちに見せなければならないものがあります」

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