CHAPTER 11:バトルフリーク・ガール

 砂塵を巻いてするどい銀光が奔った。


 ノスフェライドが大太刀を振るったのだ。

 フルパワーで繰り出す横薙ぎの一閃は、ブラッドローダーの装甲を一撃のもとに断ち割る破壊力をもつ。

 むろん、聖戦十三騎に列せられるイシュメルガルとて例外ではない。

 まともに受ければ致命的なダメージは避けられないはずだった。


 イシュメルガルは双剣の一方で大太刀を受け止め、もう一方で軽く刀身を叩く。

 火花を散らしつつ刃の上を滑った大太刀は、イシュメルガルに触れるかというところでむなしく空を切った。

 大太刀の刀身も、そのすべてに等しく破壊力が宿っているわけではない。最大の切れ味を発揮するのは、物打ちと呼ばれる先端部からやや下がった部位だ。 

 イシュメルガルは物打ちを外れた部分に双剣を当て、いわばテコ代わりにすることで、ノスフェライドの斬撃の軌道を逸らしたのである。


 だれにでもできる芸当ではない。

 イシュメルガルの乗り手ローディ――エリザ・シュリアンゼ女侯爵の類まれなる戦闘センスの賜物であった。

 もしわずかでも見切りを誤っていれば、エリザはイシュメルガルごと両断されていたはずなのだ。


 ノスフェライドとイシュメルガルはいったん間合いを取り、白砂の上であらためて対峙する。


「お見事な腕前――――さすがは名にし負う吸血猟兵カサドレスですわね」


 エリザの言葉には寸毫ほどの悪意もこもっていない。

 この戦い好みの淑女は、本心から強敵を讃えているのだ。

 たとえ相手が人間――それも、吸血鬼にとっては不倶戴天の敵である吸血猟兵だとしても、評価を割り引く理由にはならない。


「武器を替えてもよろしくて? ずっとおなじ武器では飽きてしまいますもの」

「好きにしろ」

「では、遠慮なく――――」


 エリザの言葉とはうらはらに、イシュメルガルは双剣を手放そうとはしない。

 ふいに大気を裂くするどい音が響いたのと、イシュメルガルの両手から何かが飛び出したのは同時だった。

 極細の線を引きつつ、ふたつの黒い物体がノスフェライドめがけて殺到する。


 紡錘形のそれは、双剣の柄頭が分離した鎖分銅だ。 

 分銅の素材は超高密度の重元素合金、双剣と分銅を結ぶ鋼線に用いられているのは動粘性率に富む特殊合金である。

 きわめて原始的な武器だが、じゅうぶんに慣性モーメントが乗った状態で叩きつければ、ブラッドローダーの装甲を粉砕することも可能だ。


 アゼトはとっさに機体を砂地に沈み込ませる。

 はたして、二本の鎖分銅はノスフェライドの兜の両脇を掠めていった。

 びゅっ――と、大気を圧縮する轟音が生じたのは次の瞬間だった。

 分銅に結びつけられた鋼線がほとんど直角に折れ曲がり、ふたたびノスフェライドに襲いかかったのだ。


「くっ……!!」


 機体への直撃を防ぐべく、アゼトはとっさに大太刀を構える。

 まるでそうすることを見越していたかのように、鎖分銅は大太刀に絡みついていった。

 特殊合金の鋼線は、その金属らしからぬ柔軟さゆえ、刃に触れてもすぐに切断されることはない。

 すくなくとも三、四秒ていどは大太刀を封じることができる。


 それで充分だった。

 イシュメルガルは双剣を手放すや、ノスフェライドめがけて一気に跳躍する。


 砂煙を上げて赤紫色マゼンタの機体が宙空に舞った。

 飛び蹴りを放つと同時に、両足の膝から脛に装着された刃で斬りつけようというのだ。

 脚そのものを巨大な斧に見立てた一撃と表現してもよい。


 ノスフェライドはとっさに左手に装備された盾を構えるが、全身を隈なくカバーできるわけではない。

 大太刀が使えない以上、どうあがいたところで機体へのダメージは避けられないのである。


「お覚悟あそばせ――――」


 エリザの声は弾んでいた。

 強敵とのかつてない死闘にこの上ない歓びを感じているのだ。

 本能的に血を好む吸血鬼とはいえ、これほどまでに闘争に熱狂する者は珍しい。

 生まれながらの純粋な戦闘狂バトル・フリーク

 淑女レディの仮面の下に隠された、それが選帝侯エリザ・シュリアンゼの本質にほかならなかった。


 蹴りが当たるかというまさにそのとき、ノスフェライドが動いた。

 一歩を踏み出すと同時に、鎖分銅が絡みついた大太刀はためらいもなく放りだしている。

 後方に退くでもなく身を躱すでもなく、黒騎士は迫りつつあるイシュメルガルにむかって突進する。


 ノスフェライドの左右の腕がイシュメルガルの両足首を掴んだ。

 手首から肘、肘から肩、さらには機体そのものを一個のバネに変え、ノスフェライドはイシュメルガルを振り回す。

 複雑かつ強靭な関節構造をもつブラッドローダーだからこそできる芸当だ。


 転瞬、にぶい衝撃が大地を揺さぶり、白い砂が高々と舞い上がった。

 ノスフェライドめがけて放った飛び蹴りの威力もそのままに、イシュメルガルは頭から地面に叩きつけられたのだ。

 人間ならまちがいなく首の骨が折れているところだが、ブラッドローダーの首関節はこの程度で破壊されることはない。かりに破損したとしても、ナノマシンによってすぐさま修復されるのである。

 もっとも、機体が無事だからといって、まったくダメージがなかったわけではない。

 神経接続ニューロ・リンクによって機体と一体化しているエリザは、自分が頭から地面に叩き落されたのとおなじ感覚を味わったはずであった。


「……こんな目に……」


 エリザの声は震えていた。

 イシュメルガルは早くも体勢を立て直している。


「わたくし、こんな目に遭ったのは生まれてはじめて――――」


 エリザの声を満たしているのは、屈辱的な仕打ちを受けたことへの怒りでも、人間にすぎないアゼトに手痛い反撃を受けたことへの悔しさでもない。

 それは無垢なほどに純粋な歓喜だ。

 エリザの二百年ちかい人生において、他人にこれほど痛めつけられたことはついぞなかった。

 未知の感覚に打ち震えながら、エリザは恍惚としたため息を洩らす。


「なんて素敵なの。こんな感覚、知らなかった……」

「なんだと?」

「お強い人間の殿方。もっともっとわたくしを悦ばせてくださいまし」


 言い終わるが早いか、イシュメルガルは力強く大地を蹴った。

 赤紫色の残像が揺らいだかとおもうと、その姿は蜃気楼みたいにかき消えている。

 アゼトが身構えたときには、イシュメルガルはすでにノスフェライドの後方に回り込んだあとだ。


 ノスフェライドを羽交い締めにしたまま、エリザはどこか陶然とした声音で言った。


「さあ、ノスフェライドの秘められた力を見せてくださいましな。さもないと……」


 ぎりっ――と、耳障りな音が鳴った。

 イシュメルガルに締め上げられたノスフェライドの関節が悲鳴を上げているのだ。

 ノスフェライドは必死に振りほどこうとするが、締めつけは緩むどころか、かえって強さを増しているようだった。


 苦悶の声を押し殺すアゼトに、エリザは睦言をささやくように告げる。


「このまま殺しますわよ」

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