CHAPTER 10:ムーンライト・ナイト

 白い影が日差しのなかに踊った。

 長槍を携えた四機のストラディオスである。

 白騎士の群れは一見てんでばらばらな、それでいて一糸乱れぬ陣形を保ったまま、ゼルカーミラの周囲を飛び回っている。


 ゼルカーミラの装甲には大小無数の傷が刻まれている。

 斬りつけられた箇所もあれば、半ば貫通しかかった箇所もある。

 損傷のない部位はほとんど残っていないだろう。

 傷は数秒おきに増え、もはやブラッドローダーの自己再生能力をもってしても修復が追いつかないのだ。

 

「くっ――――」


 セフィリアはおもわず苦しげな声を洩らす。


 ブラッドローダーと乗り手ローディ神経接続ニューロ・リンクによって一体化している。

 レバーやフットペダルを用いた操縦とは文字どおり別次元の応答性レスポンスを実現した一方、神経接続ならではのデメリットも存在する。

 すなわち、機体がダメージを受ければ、乗り手もそれに見合った苦痛を味わうことになるのである。

 セフィリアにしてみれば、身体じゅうを切り刻まれているのと変わらないのだ。


 ゼルカーミラもストラディオスの包囲を逃れるべく動いてはいるが、状況はいっこうに変わらない。

 どこへ逃れてもたちまち四機のフォーメーションに捕捉されるのである。

 一瞬、陣形にわずかな綻びが生じたように見えても、うかうかとそこに飛び込めば敵の思う壺だ。

 それはたんなる連携ミスなどではなく、ゼルカーミラを誘い出すためにわざと作られた罠なのだから。


(この者たちはゼルカーミラの特徴を知ったうえで、それを狙って封じにきている――――)


 四方を取り囲まれては、ゼルカーミラの最大の武器である疾さを活かすこともできない。

 否。四機のストラディオスは、ゼルカーミラの速度を殺すために、疎密をたくみに織り交ぜたフォーメーションを構築しているのである。


 それも、事前に訓練を重ねた型通りの動きとはまるでちがう。

 ストラディオスのフォーメーションは、実際のゼルカーミラに合わせてこの場で組み立てたもの――いわば即興だ。

 初めて戦う敵に合わせて変幻自在に陣形を変えるなど、凡百の乗り手ローディにはまず不可能である。

 それは、無銘の四騎士たちのおそるべき強さの証にほかならなかった。


(これほどの腕を持つ猛者たちが、名誉を捨ててまで最高執政官に忠義を尽くしているというのか……!?)


 セフィリアは奥歯を噛みしめる。

 自分が旧い至尊種ハイ・リネージュであることは自覚している。

 戦場や決闘では正々堂々と名乗りを上げ、みずからの氏素性を敵味方に知らせねば卑怯者の烙印を押されると、幼いころから教えられてきたのである。

 たとえ不合理でも、古式ゆかしい礼儀作法を守ることが貴族たる者の義務だと信じて疑わなかったのだ。

 そんな過去の因習など捨て去り、あくまで合理的に戦いを進めていくことこそが、ブラッドローダー戦のあらたな常識スタンダードになりつつあるというのか?

 四機のストラディオスは、そんなセフィリアの疑問にこれ以上ないほど明白な答えを提示しているようだった。


「……ふざけるな」


 長槍の一閃を間一髪のところで躱しながら、セフィリアはひとりごちる。


「父母と姉上を殺され、そのうえ貴様たちのような顔も見せない卑怯者になぶりものにされる。私は……セフィリア・ヴェイドは!! そんなことのために今日まで生きてきたのではない!!」


 言うが早いか、ゼルカーミラの背中から光の翅が展張した。

 光の粒子を振りまきながら、ゼルカーミラは一瞬のうちに最高速度に達する。

 もっとも、上下左右どこに逃げたところで、ストラディオスの包囲網に捕らえられるのが関の山だ。

 セフィリアは地面にむかってほとんど直角に突っ込んでいく。


 ぼっ――と激しい砂煙が上がった。

 ゼルカーミラが砂漠の地下に潜ったのだ。

 岩盤や硬く締まった通常の大地とはちがい、砂漠はいうなれば砂の海である。

 斥力フィールドによって砂をかき分け、地中を高速で移動する程度なら、ブラッドローダーにとっては造作もない。


 地中で息を潜めていたゼルカーミラが次に現れたのは、それから数秒と経たないうちだった。

 ストラディオスNo.Ⅲドライの真後ろで突如砂が噴き上がったのだ。

 それがミサイルを用いたフェイントだと気付いたときには、ゼルカーミラは――真正面からストラディオスNo.Ⅲに斬撃を送っている。

 

「なっ……!?」


 ゼルカーミラが抜き打ちに放った一閃は、しかし、No.Ⅲのマスクを浅く割っただけに終わった。

 攻撃が不首尾に終わったこと以上にセフィリアを驚かせたのは、マスクの下からあらわれたストラディオスのだ。

 目も鼻も、およそ顔貌を特徴づける意匠がなにもないのっぺりとした造形。

 表層がわずかに透きとおっているのは、センサー受光部を兼ねているためだろう。

 これ以上装甲を剥がしたところで、内部のメカニズムが露出するだけだ。これがストラディオスの真の顔なのである。

 あまりに無機質なその素顔を目の当たりにして、セフィリアの背筋を冷たいものが駆けのぼっていく。

 

 ブラッドローダーは、いうなれば乗り手ローディのもうひとつの肉体である。

 ストラディオスに乗る吸血鬼もまた、自分自身の顔を捨てたということだ。

 顔だけではない。家名や爵位をふくめた過去の人生のいっさいを捨て去ったという決意表明にほかならない。

 ディートリヒ・フェクダルの理想とは、個性のことごとくを奪われたを揃えることなのか。

 そうだとすれば、あの男の理想とする世界には、個性の最たるものである十三選帝侯の存在する余地などあろうはずもない。


 刹那、ゼルカーミラを強烈な衝撃が見舞った。

 ストラディオスNo.ⅡツヴァイNo.Ⅳフィーアが同時に長槍を突き出したのだ。

 No.Ⅱの長槍はゼルカーミラの右肩、No.Ⅳのそれは左脚の膝下をそれぞれ貫通している。


「図に乗るな!! この程度の傷で、私とゼルカーミラを倒せるなどと……ッ!!」


 セフィリアが言い終わるのを待たず、槍の穂先から青白い閃光が迸った。


「ぐ……うあああッ!!」


 苦悶の声を上げながら、セフィリアは自分の身になにが起こったかを瞬時に理解していた。

 自分の身体が自分のものでなくなったような感覚。痛みと痺れが同時に押し寄せてくるそれは、感電時に特有のものだ。


 二機のストラディオスが長槍からプラズマ放電をおこなったのだ。

 その電圧はゆうに一◯億ボルトを超えている。

 ブラッドローダーの装甲は絶縁性をもつとはいえ、これだけの高電圧が流れれば絶縁破壊が生じる。すなわち、熱エネルギーによって物質の絶縁構造が失われ、通常の電気伝導体へと変化するのである。

 そうなれば、ゼルカーミラはむろん、内部のセフィリアも甚大なダメージを被ることになる。


 雷撃槍スタンピード・スピア――――。

 ストラディオスのために最高執政官ディートリヒが開発した武器だ。

 通常の刀槍がブラッドローダーの破壊を目的としているのに対して、雷撃槍はあくまで高電圧・大電流による敵の無力化に主眼が置かれている。

 複数の機体が一斉に放電をおこなえば、いかにブラッドローダーといえども機能停止に陥ることは避けられない。

 そのうえで動けなくなった機体のコクピットだけを破壊し、貴重なブラッドローダーを回収・再利用することを目的とした武器なのである。


「こ……んな……もので……!!」


 セフィリアは細剣レイピアを振るい、雷撃槍を叩き落とそうとするが、もはや四肢に力を入れることさえ叶わない。

 ゼルカーミラはぐったりとうなだれたまま、なすすべもなく電流に弄ばれているのだった。


 セフィリアの薄れゆく視界に、あらたな白い機影が映じた。

 雷撃槍を携えたストラディオスがさらに二機、ゼルカーミラの周囲を取り囲んでいるのだ。

 四機が同時にフルパワーで放電をおこなえば、ゼルカーミラの全機能は停止する。

 当然セフィリアも無事では済まないだろう。たとえ死を免れたとしても、骨まで炭化した肉体を再生するのは容易ではない。

 あるいはこのままディートリヒのもとに連行され、拷問にかけられるということもありうる。


「もうしわけありません……リーズマリアさま……」


 セフィリアは薄れかかる意識を必死に保とうとする。

 ここで眠りの淵に落ちてしまえば、この苦痛からも解放されるだろう。

 それは同時に、敗北を受け入れることにほかならない。

 たとえ勝ち目がないとしても、貴族として安逸な道を選ぶことはできない。

 両親と姉は殺されるその瞬間まで正義を貫いた。彼らは信念のためなら死さえ恐れない真の貴族だった。

 みずからの手でその誇りに泥を塗るくらいなら、耐えがたい痛みのなかで死ぬほうがずっといい……。


 セフィリアの身体を苛んでいた電流がふいに消失したのはそのときだった。

 何者かが上空から急降下し、四機のストラディオスとゼルカーミラのあいだに割って入ったのだ。

 白茶けたぼろ切れを全身にまとった謎のブラッドローダーであった。


 ストラディオスに刀を向けた謎のブラッドローダーは、玲瓏たる声でセフィリアに告げる。


「いつまで寝転がっているつもりです。お立ちなさい、セフィリア・ヴェイド」

「あなた……は……?」

「誇りある貴族なら立てるはずです」


 その言葉に後押しされたのか、ゼルカーミラはようよう身を起こす。

 まさしく満身創痍。細剣を取り落とさずにいられるのが不思議なほどだ。

 それでも、その両脚はしっかと大地を踏みしめている。


「あなたはそこで見ていなさい。この者たちの相手は私がします」


 言うや、謎のブラッドローダーは四機のストラディオスにむかって突進する。

 突進とはいうが、じっさいには瞬時に間合いを詰めたようなものだ。

 それほどまでに疾く、そして美しい動作であった。

 

 するどい銀光が二度、三度と立て続けに迸った。

 どす――と、重い音をともなって砂上に落ちたものがある。

 雷撃槍だ。

 柄の部分には、ストラディオスNo.Ⅳの肘から下の両腕がついたままだ。

 謎のブラッドローダーは間髪をおかず、三機のストラディオスに襲いかかる。


 両腕を失ったNo.Ⅳを庇うように展開したNo.ⅠとⅡ、Ⅲは、盾と雷撃槍を構えて防御陣形を取る。

 槍の穂先から青白い稲妻が走ったのは次の瞬間だ。プラズマ放電が大気中のイオンを電離させ、激しい発光現象を引き起こしているのである。

 謎のブラッドローダーも、稲妻より疾く動くことはできないらしい。

 白茶けたぼろ切れはたちまち燃え上がり、機体全体がまたたくまに炎に包まれていく。


 やがて放電はふっつりと熄んだ。

 ストラディオスは謎のブラッドローダーが完全に無力化されたと判断したのだろう。

 はたして、黒焦げになったぼろ切れはひとりでに剥離し、灰と煤と燃えさしの小高い山を作る。

 その下から現れたのは、しかし、戦う力を奪われたブラッドローダーではなかった。


 金剛石ダイヤモンドをおもわせる無色透明の装甲。

 貴婦人の優美さと戦士の力強さをひとしく兼ね備えたしなやかな四肢。

 三日月型の角飾りをあしらった兜の奥では、血色の眼光が炯々と輝いている。

 神々しくも恐ろしい、それはまさしく機械の女神であった。

 

 ブラッドローダー”セレネシス”。

 皇后アルテミシアの愛機にして、月光騎の異名をもつ聖戦十三騎エクストラ・サーティーン

 最後の出陣からすでに三百年の歳月を経ているにもかかわらず、類まれなるその美しさ、他を圧倒するその威圧感はいささかも色褪せていない。


「アルテミシア……さま……!?」


 セフィリアが言葉を失ったのも無理はない。

 先帝の死後、アルテミシアはみずからの意志で表舞台を退き、セレネシスとともに消息を絶っていたのだ。


 セレネシスは四機のストラディオスに刀を向けると、よく通る声で告げる。


「全員でかかってきなさい。役者不足ではありますが、三機がかりなら釣り合いも取れるでしょう」


 ともすれば不遜な挑発は、しかし、鼻持ちならない傲慢さとは無縁だ。

 真の強者には、自分の強さを臆面なく披瀝することが許される。

 それは虚勢や見栄などではなく、ただ事実を述べているにすぎないからだ。


 ストラディオスが一斉に動いた。

 No.ⅠとNo.Ⅱは左右から、No.Ⅲは上空からセレネシスに襲いかかる。

 No.Ⅳはその場から動かない。両腕を失った状態では足手まといにしかならないことを理解しているのだ。

 

 電撃をまとって突き出された三本の長槍は、いずれもセレネシスを真芯に捉えている。

 どの機体も盾で両腕をガードしている。No.Ⅳのように電流が通っていない腕を切り落とすことも不可能だ。

 完璧な連携攻撃のまえでは、さしものセレネシスも後退を余儀なくされる……。

 ストラディオスも、セフィリアも、そう思って疑わなかったのである。


 澄んだ金属音が一帯を領した。

 ひと呼吸の間を置いて、白い砂漠に突き立ったものが三つばかりある。

 すっぱりと切り落とされた槍の穂先であった。

 セレネシスは手首の返しだけで衝撃波の刃を飛ばし、雷撃槍を切断したのだ。


 衝撃波を飛ばす技自体はさほど珍しくもない。

 驚くべきは同時に三つの衝撃波を作り出し、動いている標的にあやまたず命中させたアルテミシアの技量だ。

 吸血鬼であるセフィリアの視力をもってしても捉えきれない、それは神速の剣技であった。


「すでに勝負はつきました。まだ続けるというなら、こちらにも用意があります――――」


 とっさに後退したストラディオスにむかって、アルテミシアは底冷えのする声で告げる。

 主兵装の雷撃槍を失ったとはいえ、ストラディオスは近接戦闘用の長剣も装備している。

 だが、彼我の圧倒的な戦闘力の差が明らかになった以上、戦いを継続したところで勝敗は目に見えている。

 アルテミシアにしても、今度こそ容赦なく皆殺しにするつもりなのだ。


 ディートリヒから撤退命令が下ったのはちょうどそのときだった。

 名も顔も捨てた四人の白騎士は、最高執政官のもとで任務を遂行する自我なき部品である。

 彼らにはみずからの判断で死ぬことさえ許されないのだ。

 四機のストラディオスは、互いに守りを固めるようにして戦域を離脱していく。


「ほんとうに皇后陛下……なのですか……?」


 おそるおそる問うたセフィリアに、アルテミシアは無言で肯んずる。


「私についてきなさい、ヴェイド女侯爵。私はあなたたちをに導くためにここに来たのです」

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