CHAPTER 09:クイーン・オブ・スペード

 甲高い金属音が砂漠に響きわたった。

 するどい銀光が閃くたび、刹那の火花が咲いては散ってゆく。


 先に動いたのはヴァルクドラクだ。

 攻撃ではない。後方に飛びずさり、いったん間合いを取ったのである。


 砂の大地には、同心円を描いて広がった衝撃波ショックウェーブの痕跡がくっきりと刻まれている。

 その中心には、両足を失ったヴェルフィンを守るように一体の巨人騎士が佇んでいる。


 奇妙な機体であった。

 頭から爪先まで、機体全体に白茶けたをまとわりつかせているのである。

 遠目には、身体じゅうを包帯で隈なく覆われた古屍ミイラのようにもみえる。

 ヴァルクドラクと互角の反応速度とパワーを見るに、ブラッドローダーであることは疑いようがない。

 それも、ただのブラッドローダーではない。聖戦十三騎エクストラ・サーティーンに比肩しうる性能を秘めたマシンなのだ。


 謎のブラッドローダーの右手には、片刃の両手剣が握られている。

 ノスフェライドの大太刀に較べるといくぶん短く、刃は薄く、また刀身の反りも浅い。

 尖りの目の刃紋をもつそれは、ブラッドローダー用に鍛えられた巨大な打刀であった。


「何者だ?」


 ディートリヒの恫喝めいた問いかけにも、謎のブラッドローダーは沈黙を守っている。

 それはただ無言であるというだけではない。

 言葉を交わすつもりはないという、これ以上ないほどに明々白々な挑発だった。


「名乗るつもりはないというなら、それもよかろう――――」


 ヴァルクドラクは長剣を腰の鞘に収め、背中に懸架していたハルバードを取る。

 ハルバードはランスピックアクスが一体化した長大なポールウェポンである。

 質量を乗せた重い打撃を繰り出すだけでなく、斬る・突く・払うという三つの異なる挙動を思うがままに繰り出すことができる。

 通常のブラッドローダーには取り回しにくいという欠点も、大柄でパワーのあるヴァルクドラクには問題にならない。

 まともにかちあえば、華奢な刀などはあっさりとへし折ることができる。――――そのはずであった。


 渾身の力を込めて振り下ろされたハルバードは、しかし、謎のブラッドローダーの頭上でぴたりと静止した。

 ディートリヒが自分の意志でそうしたわけではむろんない。

 謎のブラッドローダーは、切っ先のさらに尖端――ほんの数センチの部分で、ハルバードの全質量を受け止めたのだ。

 敵の攻撃にたいする完璧な見切りと、寸毫ほどの誤差もなく剣を操るおそるべき技量。どちらかが欠けても成立しえない、それはまさしく絶技だった。


(ラルバック・イザールでもハルシャ・サイフィスでもない……)


 ふたたびハルバードを構えつつ、ディートリヒは謎のブラッドローダーの正体について推理を巡らせる。


 リーズマリア側についた選帝侯は、旅に同行しているセフィリアを除けば、イザールとサイフィスの二人だけだ。


 最初に脳裏をよぎったのはラルバック・イザール侯爵だ。

 しかし、イザール侯爵がリーズマリアを助けに来たとは考えにくい。

 帝都から差し向けた討伐軍が全滅の憂き目に遭ってからというもの、イザール侯爵領は厳重な監視下に置かれているのである。

 もし彼とブラッドローダー”ローゼン・ロート赤薔薇姫”が領地の外に出たなら、ディートリヒのもとになんらかの情報がもたらされているはずだ。


 ならば、ハルシャ・サイフィスはどうか? ――こちらも可能性はかぎりなく低いと言わざるをえない。

 ディートリヒが掴んでいる情報によれば、ノスフェライドとの戦いでブラッドローダー”アルダナリィ・シュヴァラ”は大破し、現在も修理中だという。

 サイフィス家は当主が乗るアルダナリィ・シュヴァ以外にも一族や家臣が八機ほどのブラッドローダーを保有しているが、いずれも聖戦十三騎とは較べるべくもない凡庸な機体である。

 いかにハルシャの戦闘人格――アラナシュが優秀でも、そのような機体でヴァルクドラクと互角に渡り合えるとは考えられない。


 ならば、リーズマリアの危機を見計らったように現れたこのブラッドローダーはいったい何者なのだ?


 ディートリヒの思考を断ち切るように、謎のブラッドローダーが動いた。

 動いたというよりは、ほとんど直立不動のまま、立っている場所だけが変わったようにみえる。

 最小にして最短、そして最速。

 そのすべてをそなえた挙動は、吸血鬼の超視力さえもあざむくのだ。


「うぬっ――――」


 ディートリヒはとっさにハルバードを傾け、防御姿勢を取った。

 ハルバードの柄はブラッドローダーの盾と同等の強度をもつ。

 刃こそついていないが、斬撃を受け止める程度は造作もないのである。


 刹那、乾いた大気を裂いてするどい音が響いた。

 ハルバードはちょうどヴァルクドラクの胸の前で二つに分かれている。

 刀を受け止めるはずの柄は、まるで木の棒みたいにあっさりと断ち切られたのだ。

 

 予想外の事態にもディートリヒは取り乱すことなく、二つに分かれたハルバードを投擲する。

 石突のついた一方は謎のブラッドローダー、そして刃のついたもう一方は擱坐したヴェルフィンを直撃するコースだ。

 謎のブラッドローダーが刀を振るい、二つの断片を弾き飛ばすあいだに、ヴァルクドラクは空中へと逃れている。


 謎のブラッドローダーは追撃するでもなく、その場に立ったままヴァルクドラクに視線を向ける。

 ぼろ切れに覆われた頭部の奥でするどい赤光がまたたいた。


「剣を引きなさい、ディートリヒ。ここがであることを忘れたとは言わせません」


 玲瓏たる女の声が流れた。

 頬を撫でていく微風の安らぎと、有無を言わせない鋼の威圧感。

 透きとおる美声には、ほんらい相反するはずのふたつの色合いが等しく宿っている。


 一帯に鉛のような沈黙が降りた。

 ややあって、ディートリヒは努めて落ち着いた声で宣言する。


「お断りする。たとえの命令であっても、それだけは従えない」

「あくまで私と戦うつもりなのですね」

「なぜその娘を庇う? リーズマリアは至尊種ハイ・リネージュに害をなす存在。ここで将来の禍根を断つことは、先帝陛下の御心にもかなうはずだ」

「口を慎みなさい、ディートリヒ・フェクダル。亡き陛下の御聖慮を騙ることは、たとえ息子であっても許されぬ不敬不忠の暴挙です。その程度のことはあなたも重々承知しているはず……」


 ディートリヒは無言のまま、その場でヴァルクドラクを反転させる。

 

「リーズマリア。今日のところは思わぬ邪魔が入ったが、おまえはかならず私の手で殺す――――」


 言い終わらぬうちに、ヴァルクドラクは飛行形態への変形を終えている。

 轟音とともにその姿は遠ざかり、砂漠の空へと消えていった。

 

 と、謎のブラッドローダーの視線がヴェルフィンのほうを向いた。

 機体の脚部を破壊され、もはや身動きの取れないレーカは、困惑気味に問いかける。


「あ、あなたはいったい……?」

「安心なさい――と言ったところで信じられないかもしれませんが、すくなくともあなたたちの敵ではありません」


 それだけ言うと、謎のブラッドローダーはふわりと宙に浮き上がった。


「挨拶と説明はあとです。急がなければ、セフィリアが死にます」

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