CHAPTER 08:フェイス・ザ・トゥルース
「敵が反転しました。おそらくセフィリア殿のところへ向かったものと思われます……」
レーカは苦々しげに言うと、唇を噛みしめる。
飛行中のヴェルフィンは、ゼルカーミラの盾を両手で保持している。
ブラッドローダー用とはいえ、さほど大きなものではない。
盾とはいうものの、むろんただの防具ではない。
人間やウォーローダー用の盾が金属や樹脂といった複数の
それも鋳造や溶接によって金属同士を継ぎ合わせるのではなく、とほうもない時間をかけて単結晶の金属粒子を成長させ、盾の形に仕上げるのである。
そうして作られた盾は、世界におなじものはふたつと存在しない
製造にコストと手間がかかるだけあって、その強度はブラッドローダー本体の装甲をはるかに上回っている。
表層部に施されたレーザー反射コーティングにより、ブラッドローダーに標準装備されている重水素レーザーは完全に無効化される。
ミサイルの爆風や、成形炸薬弾のメタルジェットにしても同様だ。
かりに水素爆弾の全エネルギーをぶつけたとしても、せいぜい表層部のコーティングが剥離するかどうか。
しかもコーティングとともに塗り込まれたナノマシンの働きによって、多少の損傷なら痕ものこさずに修復されるのである。
むろん、いくら頑丈であっても、すべての攻撃に耐えられるわけではない。
ブラッドローダーの盾を破壊するもっとも簡単な方法は、質量のある武器を叩きつけることだ。
それも、剣や槍で斬る・突くといった攻撃では効果がなく、ハンマーのような鈍く重い衝撃をひたすら与えつづけるしかないのである。
とはいえ、戦場では敵味方ともにたえまなく動き回っているいじょう、悠長に鈍器を打ち込むことなど出来るはずもない。
実戦でブラッドローダーの盾を破壊することは、現実的には不可能と言ってよいのである。
それだけに、守備の要である盾を戦闘中に手放すことは、
ゼルカーミラとおなじ
リーズマリアはなにも言わず、沈鬱な表情でうつむいている。
セフィリアのもとに引き返せと命じることはたやすい。
だが、ヴェルフィンがブラッドローダー同士の戦いに加わっても役に立たないばかりか、かえって足手まといになるだけだ。
いまはセフィリアを信じるしかない。
あいかわらず思念が途絶えたままのアゼトも、かならず無事でいるはずなのだ。
と、コクピット内に
レーカの顔には隠しきれない焦燥がにじんでいる。
「姫様、後方から高速で接近する物体があります」
「敵なのですね」
「おそらく――――ですが、反応はいまのところ一機だけです」
当初、ヴェルフィンは四機のブラッドローダーに追跡されていたのである。
ブラッドローダーの強さに変わりはないとはいえ、四機から一機に追っ手が減ったことは、そのまま脅威度が低下したことにほかならない。
にもかかわらず、レーカはますます表情をこわばらせていく。
(このざわつきはなんだ……!?)
首筋から背中にかけて冷たいものが駆け抜けていく。
四機から一機に減ったのは、たんに頭数が減ったのではない。
一機で四機分――あるいはそれ以上の働きをする機体が投入されたのではないか?
レーカの不安は、敵が急加速に移ったことで現実のものになった。
すべての機体に飛行能力が備わっているブラッドローダーといえども、これほどのスピードで飛行できる機体はそう多くはない。
まちがいなく聖戦十三騎クラスの機体だ。
「――――!!」
ヴェルフィンの頭上を
人型ではなく、
飛行形態への変形機能をもつブラッドローダーは、聖戦十三騎のなかでもただ一機のみ。
ヴェルフィンを追い抜いた異形の竜は、飛行しつつ
まもなく宙空に現れたのは、
右手には身の丈ほどもある長大なハルバード、左手には刺突兵器を兼ねた鋭利な逆三角形の盾を装備している。
「ヴァルクドラク……!!」
リーズマリアはすべてを察した。
ディートリヒは自分がリーズマリアを追跡するかわりに、四機の”ストラディオス”をセフィリアに差し向けたのだ。
四対一。
いかにセフィリアとゼルカーミラといえども、多勢に無勢だ。
隙をついて離脱しないかぎり、生還の見込みはまずないはずであった。
ヴァルクドラクの眼がするどい赤光を放った。
「ずいぶんと手間取らせてくれたな、リーズマリア・シメイズ・ルクヴァース」
「最高執政官ディートリヒ・フェクダル。あなたの目当ては私だけのはず。セフィリアへの攻撃を止めさせなさい」
「笑止。あの者は選帝侯でありながら
ディートリヒはにべもなく言うと、ハルバードを振るう。
刹那、猛烈な砂嵐が巻き起こり、ヴェルフィンは砂漠への着陸を余儀なくされた。
墜落同然に着地したヴェルフィンにむかって、ヴァルクドラクはゆっくりと歩を進める。
「他人よりも自分の心配をすべきだったな」
「ディートリヒ・フェクダル。なぜそうまでして私を殺そうとするのですか」
「愚問だな。リーズマリア、おまえは生まれたこと自体が罪だ。おまえはただ生きているだけで至尊種の社会に混乱と争いをもたらす。未来のため、忌まわしい芽を摘み取るのは当然のこと――――」
ディートリヒが言い終わるが早いか、ヴェルフィンの足元で炎が噴き上がった。
脚部の補助ブースターを全開し、後方へジャンプしたのだ。
「姫様、しっかりお掴まりになっていてください!!」
「レーカ、どうするつもりなのですか?」
「残念ですが、戦って勝てる相手ではありません。砂嵐に紛れて距離を……」
砂塵を裂いてハルバードの一閃が迸ったは次の瞬間だった。
刹那、機体を揺さぶった烈しい振動に、レーカとリーズマリアはおもわず悲鳴を上げる。
コクピットへの直撃はかろうじて回避したものの、右の主翼は三分の一ほどが消滅している。
切断されたのではなく、衝撃波によって跡形もなく破壊されたのだ。
同時に背中のロケット・ブースターも大破し、燃焼剤の引火によってバックパックはたちまち炎に包まれていく。
レーカは炎が機体に移るまえにバックパックを強制
「どこまでも浅はかな真似をする。そんなガラクタ同然の機体で、このヴァルクドラクから逃げ切れるとでも思っていたのか?」
もはや飛び立つこともできなくなったヴェルフィンに、ヴァルクドラクは悠揚迫らぬ足取りで近づいていく。
ブラッドローダーにとって、いまのヴェルフィンは地べたを這い回るだけの虫けらにすぎない。ひとおもいに踏み潰すことは、赤子の手をひねるよりたやすいだろう。
あとはリーズマリアを太陽の下に引きずり出し、確実に息の根を止めるだけだ。
「殺すまえに、おまえには真実を教えておいてやろう」
倒れたヴェルフィンを見下ろしながら、ディートリヒは冷えきった声で告げる。
「リーズマリア。おまえはたしかに先帝陛下の娘だが、あの御方が望んで成した子ではない」
「ディートリヒ・フェクダル、いったいなんの話をしているのです!?」
「
リーズマリアの反応を待たず、ディートリヒはなおも言葉を継いでいく。
「だが、先帝陛下はそのあまりに強大な血の力ゆえ、とうとう皇后とのあいだに子を成すことができなかった。科学者たちは、陛下の遺伝子と適合する卵子の持ち主を見つけ出すため、あらゆる手を尽くした。そして、長い年月と膨大な試行錯誤のすえに、ようやく陛下とのあいだで受精が成立する特異な遺伝子型をもつ女を発見した……」
ディートリヒの声はあくまで冷たく平坦だった。
激情とは無縁だからこそ、その声音はいっそう非人間的な響きを帯びる。
「その女こそ、おまえの産みの母――――ルクヴァース侯爵夫人マグダレーナだ。夫であるルクヴァース侯爵は反対するどころか、喜んで妻を実験のために差し出したという。おまえは誰からも望まれず、愛されもせず、ただ道具として必要だったというだけの理由でこの世に産み落とされた存在なのだ」
「うそです……そんな話、信じられるわけが……!!」
「まだわからないのか? おまえは皇帝の血を次代に継承するという目的のために作られた人形にすぎん。自我などもたず、至尊種の支配体制に疑念を抱くこともなく、ただお飾りの女帝として死ぬまで玉座に就いていればそれでよかったのだ。そうして自分の運命を受け入れていれば、あるいは平穏のうちに生涯を終えることもできただろう。だが……」
ヴァルクドラクの腕がふっと霞んだ。
そう見えたのは、あまりのスピードのために残像が生じたためだ。
大気を裂いて銀の風が奔った。ハルバードで地面すれすれを横薙ぎに薙いだのだ。
どう――と、砂煙を立ててヴェルフィンが転倒したのは次の瞬間だ。
両足はちょうど膝のあたりでばっさりと切断されている。
ディートリヒは地面を這うような衝撃波を放ち、ヴェルフィンの足だけを破壊したのだ。
コクピットから脱出しようにも、外は遮るものとてない昼の砂漠である。
人狼兵のレーカはともかく、吸血鬼であるリーズマリアは、太陽光を浴びたとたんに絶命する。
「
ふたたびハルバードが閃き、砂を巻き上げて衝撃波が襲いかかる。
万事休すとおもわれたそのとき、青白い結界がヴェルフィンを包みこんだ。
斥力フィールド。
ほんらいなら、ブラッドローダーとエネルギー・バイパスを接続した状態でしか使用できないものだ。
このような事態が
ゼルカーミラの盾は、あらかじめ内部にチャージされていたエネルギーによってフィールド
「どこまでも往生際の悪いことだ。だが、しょせんその場しのぎの小細工にすぎん」
ディートリヒは冷ややかに言い捨てると、二撃目の衝撃波を叩き込む。
砂粒が弾け飛ぶたび、青白い斥力フィールドはわずかに揺れた。
盾のエネルギー貯蔵量には限界がある。
はたして、ヴェルフィンを包みこんだ斥力フィールドは、目に見えて弱体化しつつある。
もしこの状態でさらなる攻撃を受ければ、いずれフィールドが消滅することは避けられない。
ディートリヒの言葉に打ちのめされ、茫然自失のリーズマリアに、レーカは必死で呼びかける。
「姫様!! しっかりなさってください!!」
「レーカ……ちがうの、わたし……わたしは……」
「あの男の言葉にまともに耳を傾けてはいけません。とにかく、いまは御身をお守りすることを最優先に――――」
斥力フィールドが音もなく消滅したのはそのときだった。
急激に薄れていく青いヴェールのむこうには、ハルバードと
二本の武器でほとんど同時に攻撃を加えることで、斥力フィールドの限界値を突破したのである。
「この盾……ゼルカーミラのものか? わが身を顧みない主人への忠節も無駄に終わったな、セフィリア・ヴェイド」
ディートリヒが言うや、ハルバードと長剣が同時にゼルカーミラの盾を貫いた。
もはや斥力フィールドを維持できなくなっていた盾は粉々に砕け、
ハルバードを格納し、長剣を両手で構えたヴァルクドラクは、もはや自力では動けないヴェルフィンにむかって、一歩ずつ近づいていく。
「今度こそ終わらせてやる。死ね、リーズマリア――――」
するどい剣尖がヴェルフィンのコクピットに突き立てられるかというまさにそのとき、異様な金属音が鳴り渡った。
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