CHAPTER 03:ブラック・オプス

 数時間後――――。


 夕闇がせまるなか、一隻の大型航空艦が帝都の軍港を旅立った。

 ラカギカル級空中戦艦の一番艦ネームシップ「ラカギカル」である。


 濃い緋紫色ティリアンパープルに塗られた流線型のシルエット。

 遊覧用ヨットとみまがう優雅な外見とはうらはらに、そのサイズは一般的な航空艦の二倍から三倍はあろう。

 舳先から船尾までの全長はおよそ一三◯◯メートル。全幅は四百メートルに達するのである。

 水上艦との比較は無意味だが、あえて総排水量を算出するなら、百万トンを超えるだろうことはまちがいない。

 その巨大さたるや、重力制御システムを常時稼働させていなければ、みずからの質量によってたちまち崩壊してしまうほどなのだ。


 これだけ巨大な艦にもかかわらず、武装は自衛用の対空火器のみ。

 格納庫の容量に至っては、わずかに十五機分が確保されているにすぎない。

 戦艦とはいうものの、その実態はブラッドローダーを輸送する運搬機トランスポーターなのである。

 はたして、艦内スペースの大半は、決戦兵器たるブラッドローダーとその乗り手ローディを万全の状態で戦場に送り届けるための格納庫と居住空間に割り当てられている。


 もし敵のブラッドローダーと遭遇した場合は、こちらもブラッドローダーを出撃させるほかに対抗手段はない。

 大量のミサイルやレーザー砲を搭載したところで、高い運動性とジャミング能力を兼ね備えるブラッドローダーには、そもそも命中させることができないのである。

 であれば、最初から艦としての戦闘能力を捨て、ブラッドローダーの運用支援に特化したほうが賢明なのだ。

 ブラッドローダー以外のあらゆる兵器が存在価値を失い、ブラッドローダー同士の闘いによってのみ戦争の勝敗が決するようになった時代の、それは極端だが合理的な設計思想の結晶といえた。


 軍艦とはおもえないほど豪奢な内装がしつらえられたラカギカルの艦内でも、艦の最奥部に設けられた貴賓室ラウンジは別格だ。

 調度品はいずれも一級品が揃っている。落ち着いた色合いの内装は、ビクトリア朝時代のカントリーハウスを模したものだ。

 唯一、天井から吊り下げられたシャンデリアだけは有害な紫外線を完全にカットしたである。


 部屋の中央に据えられたテーブルでは、二人の男女が向かい合って座っている。

 ディートリヒ・フェクダルとエリザ・シュリアンゼである。


「最高執政官さま、本日はお招きいただき光栄に存じますわ」


 ゆるくウェーブした桃色の髪を揺らしながら、エリザはぱあっと花がほころんだような笑みを浮かべた。


「最高執政官さまがわたくしにお声をかけてくださったのは何年ぶりでしょう? とっても珍しいことですから、あとで日記につけておかなくちゃ」

「必要だから呼んだ。それまでのことだ」


 浮かれ気分のエリザに水をかけるように、ディートリヒは愛想のない声で応じる。


「それで、今回はどういうお仕事ですの?」

「極秘任務ゆえまだ詳細は明かせん。我ら二人と、私の直属の部下だけで遂行することになる。言うまでもないが――――」

「”くれぐれも他言は無用”とおっしゃりたいのでしょう?」


 エリザはふっと微笑むと、ティーカップを薄桃色の唇に当てる。

 そして「まあ美味しい」と場違いな声を上げたあと、世間話でもするみたいな調子で続けた。


「それで、任務の内容はリーズマリアさまの討伐でしょうか」

「……」

「わたくし、あの方に個人的な怨みはありませんけれど、お仕事なら仕方がないですわね。ああいう反逆者を野放しにしておくと、せっかくお父さまやお祖父さまが苦労して築き上げた至尊種ハイ・リネージュの社会が壊れてしまいますもの。なるべく苦しまずに殺してさしあげたいものですわ」


 邪悪な言葉とはうらはらに、エリザの声には悪意の欠片も感じられない。

 クロテッドクリームとイチゴのジャムをたっぷりつけたスコーンを口に運び、またしても「美味しい~」と歓声を上げている。

 ディートリヒはそんなエリザをしばらく見つめたあと、ひとりごちるみたいに言った。


「問題はノスフェライドとゼルカーミラだ」

「わたくしが両方引き受けてもかまいませんわ」

「シュリアンゼ女侯爵、奴らを甘く見るのは危険だ。アルギエバ大公とレガルス侯爵に続いて、フォルカロン侯爵までもが討たれたことをゆめ忘れるな」

「ご心配いただいてうれしく存じます。でも、わたくし、きっと大丈夫だと思います。それより、最高執政官さまが戦場でお怪我をなさったら大変ですもの」


 自分の意見に真っ向から反駁されているにもかかわらず、ディートリヒは咎める様子もない。

 この娘にはなにを言っても無駄なのだと、最初から諦めているようでもあった。

 やがてスコーンを平らげ、ふたたび茶を一口飲んだエリザは、豊かな胸をそらして宣言する。


「どうかこのエリザベート・シュリアンゼと、聖戦十三騎エクストラ・サーティーン”イシュメルガル”におまかせくださいまし。かならずご期待に応えてごらんにいれますわ」


***


 ラカギカルの格納庫ハンガーは艦の最前部と最後部にそれぞれ設けられている。

 これは居住区画と戦闘区画を隔離するという目的に加えて、ブラッドローダーがラカギカルの電子戦システムを兼ねているためだ。ブラッドローダーを搭載しているかぎり、艦は広範囲の索敵と、敵に対する強力なジャミングを同時に展開することができるのである。

 

 いま、前部格納庫では、一機のブラッドローダーが出撃の刻をいまやおそしとまちわびている。


 全身があざやかな赤紫色マゼンタに染め上げられた機体である。

 そのビビッドな色彩にもまして目を引くのは、研ぎ上げた刃物をおもわせるするどい装甲だ。

 否。実際に、その前腕部から肘にかけては片刃の剣が、膝から脛にかけては斧が仕込まれているのである。

 その威力は、ブラッドローダーの手持ち武器といささかも遜色はない。

 ただ殴り、蹴るだけで、敵のブラッドローダーに致命的なダメージを与えることができるということだ。

 武装が埋め込まれているのは手足だけにとどまらない。頭部や胸、腰、肩といった部位にも多数の暗器が隠されている。


 もはや全身が凶器の塊と言っても過言ではないだろう。

 左手に装着された盾も、たんなる防御兵装ではなく、それ自体がウェポン・キャリアなのだ。


 シュリアンゼ家がほこる聖戦十三騎”イシュメルガル”。

 超攻撃型ブラッドローダーとして開発されたこの機体は、全身至るところに武器を内蔵している。

 特筆すべきは、重水素レーザーやミサイルがもっぱら牽制にのみ用いられるのに対して、イシュメルガルの武装はそのすべてがブラッドローダーを破壊しうる威力を持っているということだ。


 むろん、武器の数はただ多ければよいというものではない。

 実戦で使いこなせなければ、多彩な武器もただのデッドウェイトにすぎない。

 それぞれの武器の性質を知悉し、最適なタイミングで使用する技量をもつ乗り手ローディでなければ、その真価を発揮することはできないのだ。

 イシュメルガルが聖戦十三騎のなかで最も乗り手をえらぶ機体と評されるのは、けっして誇張などではない。


「イシュメルガル、お仕事の時間ですわ」


 ドレスから軍服に着替えたシュリアンゼは、愛機にむかって呼びかける。

 その声に呼応するように、するどい三本角をそなえた兜の奥で赤光が明滅した。

 ブラッドローダーが言葉を発することはない。

 にもかかわらず、その獰猛な光は、見る者に恐怖を与えずにはおかない凄味を帯びていた。


 エリザは「とってもいい子ね!」と叫んで、コクピットに飛び乗る。

 

「反逆者を討伐し、最高執政官さまにお見せしましょう。私たちが最強だということを――――」

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