CHAPTER 22:バース・アゲイン

 菫色と白銀の巨人騎士は、崩れた要塞の片隅に降り立った。

 セフィリアのゼルカーミラと、リーズマリアの乗るノスフェライドである。

 

 土砂に埋もれかかった通用口から、小柄な人影がゆっくりと現れた。

 クロヴィスだ。

 戦闘服は泥にまみれ、ところどころ血が滲んでいるが、半吸血鬼ダンピールの回復力ならすでに傷は塞がっているはずであった。

 日差しを恐れる様子もなく、クロヴィスはゼルカーミラとノスフェライドへと近づいていく。


「わざわざ僕を殺しにきてくれたのかい――――」


 薄笑いを浮かべるクロヴィスに、セフィリアはゼルカーミラに乗ったまま語りかける。

 

「貴公は最初からこうするつもりだったんだな」

「いったいなんの話かな」

「フォルカロン侯爵に寝返ったふりをして、奴を殺す機会をずっと伺っていた。違うか?」

「仮にそれが事実だとしても、仲間を裏切り、妹を手にかけた罪が帳消しになるわけじゃない」

「ニコライとシャウラはすべて納得したうえで貴公に殺されたはずだ。フォルカロン侯爵の抹殺という目的を成し遂げるために、貴公にすべてを託して……」


 切々と語るセフィリアに、クロヴィスは自嘲するみたいに肩を揺らす。


「分かっていないな。僕が消えなければ、僕たちの戦いは終わらないんだよ」

「なぜだ?」

「”魔女”は滅び、忌まわしい”工場ファクトリー”も二度と稼働することはない。あとは、フォルカロン侯爵の遺伝子を最も濃く受け継いだ僕がこの世から消えれば、すべてにカタがつく。そうすることで、やっとなにもかもが終わるんだ」


 クロヴィスは「さあ射て」と言わんばかりに両手を広げてみせる。


「生きながらえたとして、ダンピールにどんな人生がある?」

「それは……」

「僕らは人間からも吸血鬼からも忌み嫌われる存在だ。安住の地などどこにもありはしない。長くみじめな一生を、ドブネズミみたいに這いずって生きていくだけだ。そんな僕らとおなじ存在をこれ以上増やしたくなかった。だから、自分のエゴのためだけにダンピールを生み出すフォルカロン侯爵が、どうしても許せなかった……」


 クロヴィスはがっくりと項垂れたまま、くぐもった声でぽつりぽつりと言葉を継いでいく。

 涙を見られまいとしているのだ。

 手にかけた仲間たち、そして救えなかった双子の妹シャルロット……。

 すべての後悔と自責の念が綯い交ぜとなって、クロヴィスの心に重くのしかかる。


おもてを上げなさい、クロヴィス」


 白銀のノスフェライドから玲瓏な声が流れた。

 すこしでもクロヴィスの目線に合わせるべく、ノスフェライドは片膝を突く。


「リーズマリア姫……」

「最初に私たちと会ったとき、あなたは自分はダンピールのおさであると言いました。生き残ったダンピールたちもいます。長として、彼らを導く責任があなたにはあるはずです」

「なにが長だ!! いまの僕にそんな資格などない……!!」

「資格の話などしていません。あなたを信じてここまでついてきた者たちを、このまま見捨てていいはずがないと言っているのです」


 リーズマリアはなおも噛み含めるようにクロヴィスに語りかける。

 ブラッドローダーの装甲を隔てているとはいえ、ほとんど生身で向かい合っているのと変わらない距離だ。


「人間も吸血鬼もダンピールも、本来すべての生命は等しく尊ばれるべきなのです。もし私の言葉が夢物語に聞こえるとすれば、それは現在いまの世界が狂っているということ。私が危険を承知で帝都を目指すのは、次期皇帝としてこの狂った世界をあるべき姿に変えるためなのです」

「バカな!! そんなことが本気で出来ると思っているのか!?」

「出来るできないではありません。私はそのためにこの世に生を享け、こうして旅を続けているのです」


 あくまで決然と言い切ったリーズマリアに、クロヴィスはなにかを言おうとして、むなしく唇を噛むばかりだった。


「僕の身体にはフォルカロン侯爵の忌まわしい血が流れている。それでも、生きていてかまわないのか……?」

「生まれ持った血ですべてが決まるわけではありません。生き方を決めるのは、血ではなく心なのですから。……そうでしょう、セフィリア?」


 リーズマリアに水を向けられて、セフィリアは「仰せのとおりです」と答える。

 かつては十三選帝侯クーアフュルストの一人としてリーズマリアたちに剣を向けたセフィリアだが、いまはこうして志を共にしている。

 それも血の宿命に従うのではなく、自分の意志で運命を選び取ったからこそだ。


「私はかならずダンピールが生きやすい世界を作ります。それまでダンピールたちを束ね、この地の人間とも共存の道を探ってほしいのです」


 黙ってリーズマリアの言葉に耳を傾けていたクロヴィスの唇に、ふっと微かな笑みが浮かんだ。


「リーズマリア姫。あなたの言葉は、やはり僕には現実離れした理想論に思えてならない」

「……」

「だが……それがほんとうに夢物語で終わるのかどうか、結末を見届けてみたくなった」


 言って、クロヴィスは顔を上げる。

 泣きはらした痕もそのままの顔は、しかし、このうえなく晴れやかだった。


「フォルカロン侯爵はもういない。これからは僕の……僕たちの人生を生きることにする」


***


 クロヴィスを抱えたノスフェライドとゼルカーミラが飛び立ってまもなく、はげしい震動がフォルカロン侯爵の要塞を襲った。


 フォルカロン侯爵の死を引き金として、要塞の自壊システムが作動したのだ。

 堅牢な山体を支えていた地下構造が破壊され、山体そのものが地の底の奈落へと吸い込まれていく。

 無数の兵器群も、ダンピールを生産する生殖工場ファクトリーも、遺伝子改良のための実験施設も、そしてブラッドローダー”ヘスペリディス”の残骸も……。

 無情な大崩落は、すべてを二度と光の射さない闇へと埋葬していった。


 崩落が完全に熄んだのはそれから数日後のこと。

 要塞があった場所には、瓦礫に埋め尽くされた荒れ地だけが広がっている。

 遠い未来、この場所を訪れた旅人は、かつてここに吸血貴族の大城郭が存在したとは夢にも思わないだろう。

 その内部で忌まわしい生体実験の数々が行われていたことも、また。


 十三選帝侯マキシミリアン・フォルカロン侯爵が生涯をかけて追い求めた夢の、それはあっけない終幕であった。

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