CHAPTER 21:ブラッド・デュエラーズ
フォルカロン侯爵は焦っていた。
リーズマリアが駆る
防御フィールドを突破しようにも、ヘスペリディスの攻撃は触れたとたんに弾かれ、あるいは威力はそのままに自分自身へと返ってくるのである。
こちらの攻撃は通らず、ゼルカーミラの速度には一方的に翻弄される……。
フォルカロン侯爵としては手詰まりも同然の状況だ。
これまで経験した幾多の戦いにおいて、フォルカロン侯爵はつねに
攻防自在のメッサーブラットを自在に操り、敵を意のままに動かすことでおのれに有利な状況を作り出してきたのである。
それがいまはどうだ。
セフィリアとリーズマリアを思いどおりに動かすどころか、フォルカロン侯爵のほうが二人に踊らされているありさまなのだ。
(小娘ども、いい気になっていられるのもいまのうちだけだ――――)
フォルカロン侯爵はコクピット内でほくそ笑む。
いまこの瞬間も、クロヴィス――C‐三◯◯九号がガンマ線
もともとは帝都から討伐軍が差し向けられた場合にそなえて開発していたものだ。
その気になれば空中艦隊を殲滅し、ほかの選帝侯の
フォルカロン侯爵にとって、いわば自分の王国を守るための最後の切り札ともいえるガンマ線集束砲だが、事ここに至っては手段を選んではいられない。
膨大なガンマ線を浴びれば、ブラッドローダーといえど無事では済まない。
あらゆる物質を貫通する性質をもつガンマ線には、装甲はむろん、斥力やエネルギー防壁といったバリア・フィールドも無力だ。
むろん、発射を事前に察知されれば命中は望めないが、山中深くに設置した集束砲の存在を知っているのはフォルカロン侯爵だけなのだ。光速のガンマ線ビームを発射されたあとに回避することは、ブラッドローダーといえども不可能なのである。
耐久性の問題もあって連射は不可能だが、それも大した問題にはならない。
ノスフェライドかゼルカーミラ、すくなくとも一射でどちらか一方は確実に葬り去ることができる。
連携さえ崩してしまえば、あとは残った一方を始末すればよいだけのことだ。
(なにをしている、三◯◯九号!! はよう射たぬか――――)
フォルカロン侯爵は心中で怒声を発する。
血中のナノマシンを介してクロヴィスに命令しているのだ。
固有周波数をもつナノマシン同士の直接通信は、電波を用いた通信のように傍受されるおそれはほとんどない
(儂に協力すれば妹の身体を自由にしてやるという約束を忘れたわけではあるまい)
どこまでも使えない失敗作めが――――。
心中で吐き捨てた言葉は、あるいはクロヴィスにも伝わったかもしれない。
いずれにせよ、フォルカロン侯爵にとっては些末な問題であった。
***
「セフィリア、くれぐれも無理はしないでください」
ゼルカーミラはノスフェライドの背後に回っている。
ただ堅牢無比な防壁に護られているというだけではない。ノスフェライドから放出された余剰エネルギーを受け取り、ナノマシンを活性化させることで損傷を癒やしているのである。
対ブラッドローダー戦に特化した通常の黒いノスフェライドには、このような機能は備わっていない。単騎で敵と戦い、これを撃破することを唯一至上の目的とする黒騎士にとって、味方との連携は最初から想定されていないのだ。
傷ついた味方を回復する機能は、リーズマリアが搭乗することで白銀に変わったノスフェライドだけがもつ特殊能力であった。
「お心遣いかたじけなく存じます。ですが、ご安心ください。もうひと押しでフォルカロン侯爵を討ち取ってごらんにいれます!!」
「それは心配していません。ただ……」
「どうかなさいましたか? リーズマリア様」
「先ほどから、どうも胸騒ぎがしてならないのです」
リーズマリアがひとりごちるように言ったまさにそのとき、
「リーズマリア、聞こえるか――――」
アゼトの声が脳内に直接響いた。
ノスフェライドを媒介として二人は感覚を共有している。
いまもダンピールたちのアジトで臥せったままのアゼトの声には、遠い距離を隔てているにもかかわらず、隠しきれない焦燥が滲んでいる。
「リーズマリア、俺の言うとおりに動いてくれ」
「アゼトさん!?」
「説明している時間はない。……セフィリアを連れて、早くそこから離れるんだ!!」
アゼトに言われるがまま、リーズマリアはノスフェライドを後退させる。
ブラッドローダーに乗り慣れていないこともあって、その動きはぎこちない。
「間に合わない……!!」
繰り返しみずからの脳裏に描き出される最悪の瞬間に、アゼトは苦しげな声を洩らす。
それは致命的なダメージを受ける直前、死の瞬間をシミュレートした映像を
アゼトは、光速のガンマ線ビームがノスフェライドを貫く場面を未来視したのである。
機体に乗っていないアゼトだけに幻死像が発現したのは、あくまでシミュレーションとはいえ、自身の死の瞬間を目の当たりにすることでリーズマリアが恐慌状態に陥る危険性を機体の側が考慮したのかもしれない。
いずれにせよ、幻死像から逃れるためには、死の原因となるものから早急に離れる必要がある。
だが、どれほど距離を取っても、アゼトの脳裏に浮かんだ死のビジョンはいっこうに消え去ろうとはしなかった。
「――――!!」
もはや一刻の猶予もないと思われたそのとき、あれほど鮮明だった幻死像はふっと消滅した。
同時にアゼトの思考を占めたのは、リーズマリアが死を免れたことへの安堵よりも、死の未来が突如として消滅した理由だった。
すさまじい爆発が起こったのは次の瞬間だった。
爆発の中心にいたのはヘスペリディスだ。
要塞から放たれた不可視のガンマ線ビームが直撃し、背部を鎧っていたメッサーブラットが誘爆したのである。
「ぐうう……おおっ!!」
背後からの予期せぬ一撃をまともに喰らったフォルカロン侯爵は、獣のような咆哮を上げる。
「C‐三◯◯九号……貴様、この儂を謀りおったな……!!」
フォルカロン侯爵の声は狂気と怒りに充ちている。
それも無理からぬことだ。正真正銘の我が子――それも、懐柔に成功したはずのクロヴィスに裏切られたのである。
当初はまちがいなくノスフェライドを狙っていたガンマ線
「おのれッ、出来損ないの
フォルカロン侯爵が叫ぶや、ヘスペリディスの全身を覆っていたメッサーブラットがぼろぼろと剥離していった。
ガンマ線ビームがヘスペリディスに直撃した瞬間、装甲表面では電子と陽子による対消滅現象が発生し、機体はすさまじい爆発に包まれた。
同時に、このとき発生した強大な電磁気が遮蔽シールドの役目を果たし、ヘスペリディス本体をガンマ線の直撃から守ったのである。
何層にもおよぶ積層装甲をもつヘスペリディスでなければ、フォルカロン侯爵は跡形もなく焼き尽くされているはずであった。
剥離したメッサーブラットの下から現れたのは、
先ほどまでの重厚な外観とは打って変わって、不気味なほどに華奢なシルエットは、皮も肉も削げ落ちた
やはり髑髏をおもわせる頭部の中心では、単眼型のアイ・センサーが炯々と赤光を放つ。
これこそがブラッドローダー”ヘスペリディス”の真の姿であった。
「裏切り者。小娘どもを始末するまえに、貴様から消し去ってくれる――――」
ヘスペリディスは両手を組み合わせ、重水素レーザーの発射態勢に入る。
狙いは要塞の火器管制室だ。
細身の機体といえども、そのパワーはほかの聖戦十三騎に引けを取らない。
二門の重水素レーザーを最大出力で撃ち込めば、中にいるクロヴィスごと一帯を消滅させる程度は訳もないのである。
ヘスペリディスの両腕から死の閃光が迸った。
要塞に直撃するはずだった重水素レーザーは、しかし、宙空の一点で拡散・消滅した。
ノスフェライドから分離した
「おのれ、どこまでも邪魔を……!!」
ヘスペリディスが動くより早く、白銀のノスフェライドを守るようにゼルカーミラが立ちふさがった。
「マキシミリアン・フォルカロン!! 貴様の相手はこの私だ!!」
「いまの儂になら一騎討ちで勝てると思っているのか。小娘が……片腹痛いわ!!」
「貴様も選帝侯なら、言葉より剣で語るがいい」
ゼルカーミラは
一方のヘスペリディスも背中に両手を回し、細長い筒を取り出す。
左右の手首を軽く振ると、筒の先端からまばゆい電光をまとった刃が現れた。
柄にプラズマ
超高温のプラズマ・ジェットを噴射することで刃を加熱し、標的を溶断するのである。
メッサーブラットを失った場合にそなえて、ヘスペリディス本体に装備していた隠し武器であった。
「いざ参る!!」
裂帛の気合とともにゼルカーミラが飛び出した。
光の翅を広げた
たちまち剣と剣が火花を散らし、金属同士がぶつかりあう音が大気を震わせた。
目にも止まらぬ疾さで展開される攻防に、早くも終局の兆しがみえた。
ゼルカーミラが神速の突きを放ったのだ。
狙いはむろん、ヘスペリディスのコクピットである。
「見え透いた一撃よの。小娘、儂が戦いの手本を見せてやろう」
ヘスペリディスはゼルカーミラの突きをすんでのところで躱すと、間髪を入れずに双剣を打ち下ろす。
ゼルカーミラ本体を狙ったのではない。細剣に生じた数ミリの亀裂めがけて、プラズマ・ジェットを叩きつけたのである。
はたして、ゼルカーミラの細剣は、ヘスペリディスのプラズマ刃を受け止めると同時にあっけなく砕け散った。
衝撃でのけぞったゼルカーミラに、ヘスペリディスは容赦なく追撃をかける。
両手に内蔵された光の刃を展開しようにも、使用に先立ってエネルギーをチャージする必要がある。
一瞬でも隙を見せれば、その瞬間に勝敗は決するのだ。
「くっ……!!」
「ずいぶんと手こずらせてくれたが、どうやらここまでのようだの。せいぜいおのれの未熟を悔いて死ぬがよいわ、ヴェイド女侯爵!!」
ひゅっ――と空気を裂いて何かが飛来したのはそのときだった。
「セフィリア、これを使いなさい!!」
ノスフェライドの大太刀だ。
リーズマリアの乗る白銀のノスフェライドは、鞘に収められたままの大太刀を投擲したのである。
ゼルカーミラはヘスペリディスの猛攻をかいくぐりつつ、すばやく大太刀を掴み取る。
おなじ刀剣でも使い慣れた細剣とはいささか勝手が違うが、いまは選り好みをしていられる状況ではない。
「リーズマリア様、ありがたく使わせていただきます!!」
ゼルカーミラが鯉口を切るや、重く長い刃は音もなく鞘から滑り出た。
反りのある刀身は、濡れたようになまめかしく煌めいている。
おぼろな刃紋が陽光を照り返すさまは、まるで大太刀が燃えさかる炎をまとったかのよう。
「使い慣れない武器でなにができる!! しょせん悪あがきにすぎぬわ!!」
フォルカロン侯爵は吐き捨てるように言うと、一気にゼルカーミラとの間合いを詰める。
この一撃で決着をつけようというのだ。
「フォルカロン侯爵、覚悟――――」
刹那、ゼルカーミラとヘスペリディスの軌道が交差した。
永遠のような静寂のあと、ヘスペリディスの胴体がずるりと斜めにずれた。
通りすぎざま、電光石火の疾さでほとばしった逆袈裟の一閃。
ほんのひと呼吸の差で間合いを埋めた斬撃は、フォルカロン侯爵ごとヘスペリディスを両断したのだった。
「ありえぬ……!! 永劫を手にしたはずの儂が、こんな――――」
歳老いた吸血鬼の最期の言葉は、誰の耳に届くこともなく、直後に起こった爆発にかき消されていった。
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