CHAPTER 20:バニッシュメント・レイ
頭の奥深くに声が響いていた。
昏睡から醒めたクロヴィスは、重いまぶたを開く。
あたりは灯りひとつない暗闇だ。
人間ならパニックに陥るところだが、
周囲にはコンクリートの瓦礫が堆積し、ところどころに鉄骨や岩石らしきものもみえる。
クロヴィス自身、胸から下は土砂に埋まった状態である。
ほんのすこしまえまで薬品保管庫だった場所だ。
ゼルカーミラとヘスペリディスの戦いによって、堅牢な地下施設は見る影もなく破壊された。
もっとも、ブラッドローダー同士が真正面から激突したにもかかわらず、完全な崩落に至らなかったのは奇跡と言ってよい。
生身でその場に居合わせたクロヴィスがこうして無事でいることも、また。
(聞こえるか、三◯◯九号……)
ふたたび頭の奥で声が響いた。
フォルカロン侯爵が血中のナノマシンを媒介に通信を試みているのだ。
通信と言っても、一方的にメッセージが送られるだけで、クロヴィスの側から応答することはできない。
クロヴィスは片言隻語も聞き逃すまいと、声に意識を集中させる。
(三◯◯九号、貴様に指令をあたえる……)
フォルカロン侯爵の声には隠しきれない焦りがにじんでいる。
外の戦況を確かめる術はないが、どうやらかなりの苦戦を強いられているらしい。
(城の
フォルカロン侯爵の現在の肉体は、C‐三◯一◯号――クロヴィスの双子の妹である。
遺伝子的にかぎりなく近いクロヴィスならば、この城のあらゆる生体認証を突破できることはすでに実証ずみだ。
(ゆけ、三◯◯九号。妹のため、務めを果たせ……)
声が途切れるのを待たずに、クロヴィスは土砂を押しのけて立ち上がっていた。
火器管制室に続く非常用エレベーターはまだ動いているだろうか。
もし壊れているなら、這いずってでも行かねばならない。
それが仲間を裏切った自分に課せられた最後の使命なのだから。
ダンピールの少年はかたく拳を握りしめると、闇のなかへと駆け出していった。
***
コントロール・ルームへの直通エレベーターはすぐに見つかった。
クロヴィスは最後の生体認証を難なくパスすると、フォルカロン侯爵用にあつらえられた豪奢な椅子に身を沈める。
壁面の超大型ディスプレイを埋める膨大なデータは、城内にある兵器の一覧図である。
フォルカロン侯爵の城――ひとつの山を丸ごと改造した要塞には、多数の迎撃兵器が配置されている。
レーカたち陽動部隊の砲撃によって地上部分は壊滅的な損害を被ったが、地下に格納された兵器は無傷のままだ。
超小型の水爆を搭載した多弾頭ミサイル、荷電粒子ビーム砲や高周波メーザー砲といったエネルギー兵器、果ては時代錯誤はなはだしい火薬式の大口径砲まで、フォルカロン侯爵が手ずから製作した兵器はじつに数百種にものぼる。
だが、たとえそれらの兵器を総動員したとしても、ブラッドローダーには傷ひとつつけられない。
たとえ水爆がゼロ距離で炸裂したとしても、その熱量は装甲に吸収され、ことごとくエネルギーに変換されてしまう。
実体弾は斥力フィールドに軌道を捻じ曲げられ、ミサイルは
究極の破壊兵器であるブラッドローダーを倒せるのは、おなじブラッドローダーだけなのである。
とはいえ、何事にも例外はある。
ブラッドローダーに致命的なダメージを与えうる通常兵器は、ごく少数だが、たしかに存在しているのである。
ガンマ線
その名が示すとおり、超新星爆発によって生じるガンマ線放射現象――ガンマ線バーストを人為的に再現したエネルギー兵器である。
本物のガンマ線バーストが数万光年を隔てた惑星に破滅的な被害をもたらすのに対して、こちらの最大出力はその百億分の一にも充たない。
それでも、重水素レーザーや荷電粒子砲といったエネルギー兵器とは、文字どおり桁違いの破壊力をもっているのである。
いかにブラッドローダーといえども、あらゆる放射線のなかで最も強力な透過力をもつガンマ線を完全に防ぎきることはできない。
装甲をすりぬけたガンマ線は、コクピット内の
短時間のうちに大量のガンマ線を浴びれば、強靭な生命力をもつ吸血鬼でも死は免れない。
生きながらにして肉体は内側から焼けただれ、血液は沸騰する。
さらに遺伝子の
最終的には鎧であるブラッドローダーを残して、乗り手だけが灰と化すのである。
またガンマ線には質量が存在せず、その速度は光速にひとしい。
いったん発射されたが最後、ブラッドローダーの反応速度でも回避は不可能ということだ。
クロヴィスは兵装コントロール・パネルに指を走らせ、ガンマ線集束砲の操作インターフェイスを呼び出す。
まもなく画面上に映し出されたのは、太い円柱をいくつも繋ぎ合わせた奇妙な構造物だ。
大小のアームに支えられ、球形の空間に浮かべられたそれは、一見すると
驚くべきはその規格外のサイズだ。
全長二◯◯メートル、直径およそ三◯メートル。
モニター上に表示されたスペックによれば、総重量はゆうに一万トンを超えている。
この物体こそ、フォルカロン侯爵の虎の子であるガンマ線集束砲だ。
吸血鬼の科学力をもってしても、ガンマ線バーストの再現は容易ではなかった。
百億分の一の出力を実現するだけでも、これほどまでに巨大な装置を必要としたのである。
クロヴィスは火器管制システムの
どろどろと地鳴りのような震動がコントロール・ルームを震わせた。
眠っていたガンマ線加速器が目覚めた証だ。
砲の周囲に白いもやが漂いはじめた。ガンマ線の生成に伴って発生する高熱から機材を保護するため、極低温の窒素ガスが噴射されているのだ。
カウントダウンを刻むタイマーが点滅し、発射準備が順調に進んでいることを知らせる。
(ノスフェライドでもゼルカーミラでもかまわぬ……いずれか一匹、かならず殺せ……!!)
フォルカロン侯爵の声は焦燥を通り越し、あきらかな狂気をはらんでいる。
老練の吸血鬼も、二機のブラッドローダーを向こうに回して戦うのは苦しいのだ。
それが聖戦十三騎とあればなおさらである。
それだけに、どちらか一方が脱落するだけでも、戦いの形勢はふたたびフォルカロン侯爵の側に傾くはずであった。
と、画面の表示が切り替わった。
――
限界まで増幅されたガンマ線は砲の内部で渦を巻き、解き放たれる瞬間をいまやおそしと待っている。
あとはクロヴィスが
ゼルカーミラもノスフェライドもこちらの存在には気づいていない。
ひとたび発射すれば、確実に命中するはずであった。
「……許してくれ」
クロヴィスは発射スイッチに手を伸ばすと、ためらうことなく押し込んだ。
ガンマ線集束砲の砲身がわずかに浮き上がり、射角を調整する。
電磁波と同様、ガンマ線は物質をすりぬける性質をもつ。
砲口を地表に露出せずとも、地下深くから山そのものをすり抜け、標的に命中させることができるのだ。
画面の表示が
地の底から死の閃光が迸ったことを告げる、それは冷たく無慈悲な報告だった。
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