CHAPTER 18:プリンセス・オーダー
冷たい静寂が部屋を充たしていた。
並行して配置された二基のベッドには、それぞれアゼトとリーズマリアが横臥している。
四十度を超える高熱のためだろう。アゼトの顔は紅潮し、息遣いもひどく荒い。
発熱が長引けばそれだけ体力を消耗し、やがてウイルスの増殖速度に免疫が追いつけなくなる。
そうなれば、なすすべもなく死を迎えるほかないのだ。
「アゼトさん……」
リーズマリアは苦しげに呟くと、ようよう上体を起こす。
”
それでも意識を保ち、こうして身体を動かすことができるのは、常識外の生命力をもつ吸血鬼だからこそだ。
「ごめんなさい。あなたがこんなに苦しんでいるのに、私にはどうすることもできないのです――――」
真紅の瞳にふつふつと涙の粒が浮かび、白い頬を流れていく。
リーズマリアは身体を引きずるようにしてベッドを出、アゼトの傍らに寄り添う。
「私はどうなってもかまいません。私が死ぬことであなたが救われるなら、よろこんでこの生命を捨てます。ですが、私に許されているのは、こうしておなじ苦痛を分かち合うことだけ……」
白くほそい指をアゼトの骨ばった指に絡めながら、リーズマリアはすすり泣くように言葉を継いでいく。
「愛しています。あなたといっしょに死ねるなら、悔いはありません――――」
船体がはげしく揺さぶられたのはそのときだった。
ごおごおとジェットエンジンを吹かす爆音も聞こえてくる。
なにか巨大なものがすぐ近くに降り立ったらしい。
リーズマリアは何度も倒れ込みそうになりながら、舷窓へ歩み寄る。
敵であれば、こちらには迎撃する術がない。ノスフェライドを動かそうにも、アゼトの意識が失われていては十全の機能を発揮することは不可能なのだ。
(どうか――――)
祈るように顔を上げたリーズマリアの目交に飛び込んできたのは、見慣れた朱色のウォーローダーだった。
「ヴェルフィン!!」
リーズマリアはおもわず叫んでいた。
主翼を展開したまま廃鉱山のアジトに突っ込んだヴェルフィンは、陸運艇に激突する寸前で這いつくばるような格好を取り、急制動をかけたのである。
ほとんど胴体着陸に等しい荒業だが、機体に目立った損傷が見当たらないのは
「姫様ーっ!!」
コクピットハッチが勢いよく開いたのと、金髪の
「レーカ、よく無事で……」
「ワクチンをお持ちしました!! これでもう心配ありません」
レーカは誇らしげに言って、ワクチンのケースを掲げる。
ダンピールたちの犠牲の上にようやく繋がれた、それは文字どおり血の結晶にほかならなかった。
***
まぶたのむこうに光を感じて、アゼトはおもわず眉根を寄せた。
暗闇の底に沈んでいた意識がじょじょに浮かび上がってくる。
高熱に浮かされ、身体が思うに任せない不快な感覚はすでに去っている。
それでも、気を抜けばふたたび眠りに落ちてしまいそうな意識に、その声はひときわ鮮明に響いた。
「アゼトさん!!」
柔らかな感触と、甘やかな芳香がアゼトを現実に引き戻した。
ゆっくりと薄目を開いたアゼトは、リーズマリアに抱きしめられていることに気づく。
「リーズマリア……?」
「よかった……ほんとうに……」
「俺はいったい……」
困惑を隠せないアゼトに、リーズマリアとレーカはこれまでの経緯を説明する。
ダンピールたちの隠れ里に匿われるまでのこと。
フォルカロン侯爵の忌まわしい実験のこと。
そして、アゼトが罹患した風土病を治療するため、フォルカロン侯爵の要塞に決死攻撃を仕掛けたこと……。
黙したまま一部始終を聞いていたアゼトは、ふとレーカに問いかけた。
「……セフィリアはどうしたんだ?」
「セフィリア殿はフォルカロン侯爵と戦っている。私を逃がすため、たったひとり戦場に残られたのだ」
レーカの言葉には、セフィリアひとりを置き去りにせざるをえなかった無念さがにじんでいる。
アゼトは何も言わず、まだ倦怠感の残る身体を無理やり起こす。
「アゼト、まだ立ち上がっては……!!」
「セフィリアを助けにいく」
「無茶だ!! フォルカロン侯爵は病み上がりの身体で戦えるような相手ではない」
「だからといって、このままセフィリアを見殺しにはできない。俺を助けるために戦ってくれているのならなおさらだ」
押し問答を繰り広げるアゼトとレーカのあいだに、リーズマリアが割って入った。
そして、有無を言わさずアゼトをベッドに押し倒すと、ずいと顔を近づけて言った。
「アゼトさんはここでお休みになっていてください」
「リーズマリア!?」
「お忘れですか? いまやあなたと私は一心同体。そして、ノスフェライドは私たち二人のブラッドローダーであることを」
「まさか――――」
愕然と目を開いたアゼトに、リーズマリアはこくりと肯んずる。
「セフィリアの援護には私が参ります。レーカ、あなたはここでアゼトさんとダンピールたちを守りなさい」
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