CHAPTER 17:ソード・ストーム

 蒼空を裂いて無数の光条が奔った。


 ブラッドローダーが装備する重水素レーザーだ。

 数千度のレーザー・ビームは、発射と同時に大気をプラズマ化させ、烈しい閃光と稲妻状のエネルギー放散を生じさせる。

 まばゆい稲光のまにまに、するどい軌道を描いて交差する影はふたつ。


 ひとつはセフィリアの”ゼルカーミラ”。

 そしてもう一方は、フォルカロン侯爵の”ヘスペリディス”だ。

 いずれも聖戦十三騎エクストラ・サーティーンに名を連ねる歴戦のブラッドローダーである。

 あざやかな菫色ヴァイオレット金糸雀色カナリアイエローをまとった二体の巨人騎士は、常人には捕捉不可能な速度で空を駆け、熾烈な剣戟を演じているのだ。


「思ったよりやるではないか、ヴェイドの小娘。だが、まだまだ甘い――――」


 ゼルカーミラのするどい突きを巧みにいなしつつ、フォルカロン侯爵は余裕たっぷりに言い放つ。

 半吸血鬼ダンピールの若い肉体に乗り換えたとはいえ、ほんらいは至尊種ハイ・リネージュのなかでも長老格のひとりなのだ。

 聖戦以来の豊富な戦闘経験と、老獪にして巧妙な戦術は、セフィリアら戦後生まれの吸血鬼の及ぶところではない。

 はたして、ゼルカーミラの攻撃はむなしく空を斬り、ヘスペリディスにはかすりもしていない。

 

「逃げ回るだけか、卑怯者!!」

「くっく、青いのう。小娘にひとつ戦のやり方を指南してやろう。戦場いくさばでは、頭に血が上った者から死ぬものと決まっておるのだ」


 フォルカロン侯爵が言うや、ヘスペリディスの右腕が音もなく伸びた。

 否。そう見えたのは、無数の装甲片が瞬時に結合し、鞭状の武器をあらたに形成したためだ。

 ヘスペリディスの装甲を構成する極小の鱗甲スケイルは、縦横無尽に分離・結合し、必要に応じて武器にも防具にも形を変えるのである。


「わが”鱗甲刃メッサーブラット”の威力、とくと味わえ!!」


 フォルカロン侯爵が叫んだのと、ゼルカーミラめがけて鞭が飛んだのと同時だった。

 研ぎ澄ました剛剣の切れ味と、絹糸のような柔軟性……。

 装甲片ひとつひとつを融着させ、さらにナノミリ単位で金属分子の密度を変化させることで、メッサーブラットは相反する性質を実現しているのだ。


「この程度の小細工で、この私とゼルカーミラを倒せると思うな!!」


 迫りくるメッサーブラットを迎え撃つべく、ゼルカーミラは細剣レイピアを構える。

 聖戦十三騎のなかでも最速をほこるゼルカーミラは、反応速度においても他の追随を許さない。

 ミサイルや砲弾はむろん、乗り手ローディの技量次第では、飛来するレーザーさえ撃ち落とすことができる。


 それにくわえて、現在の乗り手であるセフィリアの抜き打ちの疾さは、歴代のヴェイド侯爵のなかでも一頭地を抜いているのである。

 いかに敏捷でも、しょせん物体にすぎないメッサーブラットを切り払う程度は造作もない。――――そのはずだった。


「なっ……!?」


 目交に飛び込んできた光景に、セフィリアは我知らず驚愕の声を上げていた。

 細剣に触れるかというまさにその瞬間、メッサーブラットは分子間結合を解除したのである。


 それも、ただ分離しただけではない。

 バラバラになった装甲片は、そのひとつひとつが鋭利な刃となってゼルカーミラに襲いかかったのだ。

 全方位から同時に攻撃を仕掛けられては、さしものゼルカーミラも迎撃が追いつかない。

 盾を構え、斥力フィールドを全開してすこしでも被害を軽減しようと努めるが、それも焼け石に水だ。

 メッサーブラットは菫色ヴァイオレットの装甲を容赦なく切り裂き、抉り、ゼルカーミラはみるまに傷に覆われていく。


 ブラッドローダーが受けたダメージは、神経接続ニューロリンクによって乗り手にも反映される。

 それはとりもなおさず、セフィリア自身も柔肌を切り刻まれる痛みを味わっているということだ。

 

「どうじゃ? 痛かろう? 苦しかろう? 小娘らしく、泣きわめいて命乞いをすれば助けてやってもかまわぬぞ」

「ふざけるな。こんなもの……」

「この期に及んでまだ強がりを言いおるか――――」

「リーズマリア様やアゼト、そして死んでいったダンピールたちの苦しみに較べれば、こんな傷など痛みのうちにも入らないっ!!」


 セフィリアの言葉に呼応するように、ゼルカーミラの背中から光の翅が伸びた。

 光子加速翅フォトニック・コンバーター

 ゼルカーミラが装備するアーマメント・ドレスだ。

 大気中のプラズマ粒子を推力に変換することで、あくまで理論上という但し書きはつくものの、無制限の加速を可能とする。


「おおッ!!」


 メッサーブラットを全身にまとわりつかせたまま、ゼルカーミラは猛然と加速する。

 刃が剥がれ落ちていくように見えたのは、メッサーブラットがゼルカーミラのスピードにためだ。

 

「疾さだけが取り柄のハエめが!! それほど死にたくば、望みどおり地獄に送ってくれるわ!!」

「その言葉、そっくり返すぞ!! マキシミリアン・フォルカロン!!」


 ゼルカーミラは光の粒子を撒き散らしながら、ヘスペリディスに肉薄する。


「覚悟――――っ!!」


 細剣の切っ先が装甲に触れたそのときだった。

 ヘスペリディスの装甲が一斉に起き上がった――というよりは、無数の鱗となって逆立ったのだ。

 ゼルカーミラの細剣は鱗のあいだに沈み、まるで巨岩に挟み込まれたみたいに微動だにしない。


「愚か者めが。メッサーブラットがあれだけだと思ったのか?」

「くっ……!!」

「冥土の土産に教えてやろう。――儂のヘスペリディスは全身が武器であり防具でもあるのだ。そこへむざむざと突撃をかければこうなるというわけよ。よい経験になったであろうが、これから死ぬ者には関係のないことよなあ――――」


 フォルカロン侯爵の嘲笑が響くなか、ヘスペリディスの両腕は異形のそれへと変貌を遂げつつあった。


 メッサーブラットをまとった両手首はするどい剣へと形を変え、ゼルカーミラの機体に食い込んでいく。

 いかに機動性に富むゼルカーミラといえども、身動きが取れなくては脱出もままならない。

 光子推進器も機能不全に陥ったらしい。光の翼は消え失せ、ため息のように粒子の残滓を吐き出すばかりだった。


「このままじわじわと膾切りにしてくれる。最期は女らしく、せいぜい色気のある声で哭いてみせるがよいわ」


 フォルカロン侯爵が言い終わらぬうちに、空気を震わせて青白い光弾が飛来した。

 ヘスペリディスの頭部をかすめて飛んだそれは、彼方の空で炸裂する。

 ブラッドローダーの重水素レーザーではない。


 質量を持ったプラズマ――電磁投射砲レールキャノンから打ち出された弾体だ。


「ほお? 空を飛ぶウォーローダーとは、珍しいものもあったものじゃ」


 フォルカロン侯爵は初めて気づいたというように呟く。

 ヘスペリディスのセンサーは、すでにこちらに接近しつつある朱色バーミリオンレッドのウォーローダーを捕捉している。

 主翼とジェット・ブースターを展開したヴェルフィンであった。


「セフィリア殿!! ご無事ですか!?」


 ヘスペリディスめがけてなおも電磁投射砲を発射しようとするレーカに、


「来るな、レーカ!! 殺されるぞ!!」


 セフィリアは声も枯れんばかりに絶叫する。


人狼兵ライカントループか。いまさらゴミ虫が一匹増えたところでどうなるものでもあるまいにのう。はて、そういえばノスフェライドはどうした? 人間が操っておるとはまことか?」

「だまれ……貴様に話すことはない……」

「まあ、よい。たとえノスフェライドが加勢したとしても、このヘスペリディスを倒すことなどできはせん。リーズマリアもきっちりと始末してやるゆえ、安心して死ぬるがよいわ――――」


 フォルカロン侯爵の言葉はそこで途切れた。

 ゼルカーミラの両手首に内蔵された光粒子の刃が伸び、全身を縛めていたメッサーブラットを切り裂いたのである。

 あらゆる物質を断つ光の刃に触れては、さしものメッサーブラットも紙細工同然だ。

 

「ちいッ、小癪な真似を!!」

「私とゼルカーミラを甘く見るからだ、フォルカロン侯爵」

「奇策が通じるのも一度だけよ。次はないとおもえ、ヴェイドの小娘」

「一度だけで充分――――」


 言うが早いか、ゼルカーミラは全力で加速していた。

 その方向は、しかし、ヘスペリディスではない。

 ゼルカーミラはヴェルフィンを抱きかかえるように組み付くと、コクピットハッチを開放する。


「レーカ、そちらのコクピットを開けるか!? いまからワクチンのケースをそちらに渡す」

「セフィリア殿!?」

「受け取ったら、急いでアゼトとリーズマリア様のところへ行け。私はここに留まってフォルカロン侯爵の足止めをする。頼んだぞ、レーカ」

「この一命に代えても!!」


 強風が吹き荒れるなか、セフィリアはめいっぱい身を乗り出し、レーカにワクチンのケースを手渡す。


 ヴェルフィンが戦線を離れるのを見送ったセフィリアは、ゼルカーミラを反転させる。

 今度こそヘスペリディスと真正面から戦い、レーカがアゼトのもとにワクチンを届けるまでの時間を稼がねばならない。

 もとより勝てるとは思っていない。それでも、自分がここで一分一秒でも長く生き延びることが、アゼトとリーズマリアを救うことに繋がるのだ。


 メッサーブラットが飛来したのはそのときだった。

 狙いはゼルカーミラではない。ワクチンを持って離脱中のヴェルフィンを追撃しようというのだ。

 

「させるものか!!」


 ゼルカーミラの手元からするどい銀閃がほとばしった。

 一瞬のうちに切り刻まれたメッサーブラットは形を失い、地上へと落下していく。


 細剣を高く掲げ、セフィリアは朗々たる声で名乗りを上げる。


「我こそはリーズマリア・シメイズ・ルクヴァース様が臣下セフィリア・ヴェイド。この生命あるかぎり、これより先には一歩も通さない!!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る