CHAPTER 12:ダイレクト・アタック

 白みはじめた空の下、一群の影が猛然と疾駆していた。

 クロヴィスとガロテ、シフラ、そしてセフィリアらの突入部隊である。

 要塞の山裾に辿り着いた彼らは、先を競うように斜面を駆け上がっていく。


 すでに攻撃は始まっている。

 目の前で榴弾が炸裂しても、一行の速度はいささかも衰えない。

 吸血鬼はむろん、ダンピールも飛来する砲弾を見切り、爆炎のなかに安全圏を見出す程度は造作もなくやってのけるのだ。


 進路上の無人砲座や迎撃ドローンも問題にはならない。

 そんなものをいくら揃えたところで吸血鬼を足止めできないことは、八百年まえの最終戦争で実証ずみだ。

 シャウラのクナイが監視センサーを潰し、ニコライのショットガンが迎撃ドローンを撃墜していく。


 要塞内から出撃してきたヤクトフントを片付けるのはセフィリアの役目だ。

 愛用の細剣レイピアを振るい、衝撃波の刃を飛ばすことで、ウォーローダーを斬断するのである。

 幼いころから武家の娘として鍛錬を積んできたセフィリアにとって、生身でウォーローダーを破壊するのはそう難しいことではない。


「見えてきた。あれが突入口だ!!」


 クロヴィスが山腹に突き出した排気ダクトを指さした直後、すさまじい熱と爆風が一帯を吹き抜けていった。

 ヴェルフィンが発射した大型対艦ミサイルが命中したのだ。

 ダクトは跡形もなく破壊され、ぽっかりと黒い口を開けている。


「セフィリアとニコライは薬品保管庫に行け。僕とシャウラは”工場ファクトリー”にむかう」


 あくまで冷静に告げたクロヴィスに、セフィリアは怪訝そうな目を向ける。


「たった二人で大丈夫なのか?」

「心配ない。あまり大人数で動くとかえって敵の注意を引いてしまうからね」

「しかし、見たところあまり武器も持っていないようだが……」

があれば充分さ」


 言って、クロヴィスは戦闘用ジャケットの前を開く。

 裏地に吊り下げられているのは、金属の箱をいくつも張り合わせたような奇妙な物体だった。


「携行用気化爆弾サーモバリックボム。最終戦争で人類軍が吸血鬼狩りに使った兵器だ。こいつを狭い空間で爆発させれば、あっというまに鋼鉄も溶ける灼熱地獄の出来上がり……というわけさ」

「だが、そんなものを使えば貴公も無事では……」


 セフィリアの問いかけに、クロヴィスは「僕らが死ぬことを恐れていると思うのかい」と不敵な笑みで応じた。


「フォルカロン侯爵の研究はなにがあろうとこの世から消し去る。それがあの魔女のエゴによって産み落とされた僕たちの使命だ。そのためなら、この生命など喜んでくれてやるさ」

「……」

「僕たちのことはいい。君の目的はアゼトくんのワクチンを手に入れることだろう。人の心配をするまえに、自分に課せられた役目を果たすことだけに集中すべきだと思うよ」


 クロヴィスの言葉に、セフィリアはむっとしたように眉根を寄せる。


「下手な同情は身を滅ぼす。ワクチンを手に入れたなら、さっさと脱出することだ」

「そんなことは貴公に言われなくても分かっている!!」

「リーズマリア姫といい、君たちは吸血鬼にしては優しすぎるようだからね。それに……」


 ひとりごちるみたいに呟いた最後の言葉をかき消すように、クロヴィスは駆け出していた。


***


「これはどういうことじゃ、グッゲンハイム伯爵?」


 玲瓏な声は氷の冷たさを帯びていた。

 フォルカロン侯爵はあくまで平静を装っているが、その声音には隠しきれない苛立ちが滲んでいる。

 イグナティウス・グッゲンハイム伯爵は平伏しつつ、御簾のむこうに座るフォルカロン侯爵に告げる。


「むろん逆賊リーズマリア・シメイズ・ルクヴァースの一党の仕業です!! それ以外に考えられません!!」

「そんなことは言われずとも承知しておる。儂が尋ねているのは、なぜ奴らが先に攻撃を仕掛けてきたのかということじゃ」

「そ、それは……」


 言葉に詰まったグッゲンハイム伯爵に、フォルカロン侯爵は深いため息をつく。


「本来ならこちらが先制攻撃を仕掛けるはずであった。戦はつねに機先を制する者が有利なのじゃ。これでは計画が台無しではないか」

「面目次第もございません……」

「うわべだけの謝罪などいらぬ。リーズマリアの首級くびでも持ってくるというならべつだがな」


 フォルカロン侯爵の言葉にはしずかな怒気がみなぎっている。

 声を荒げてこそいないが、鬱積した怒りはいつ爆発しても不思議ではない。


「それにつけても、憎らしいのはリーズマリアよ。先帝陛下の娘だからと甘い顔をしておればどこまでもつけあがりおって。ディートリヒごとき青二才の命令に従うつもりなぞないが、このマキシミリアン・フォルカロンの顔に泥を塗った報いはきっちりと受けてもらうぞ――――」


 言い終わるが早いか、フォルカロン侯爵の姿を隠していた御簾がはらりと落ちた。

 

 グッゲンハイム侯爵が目を瞠ったのも無理はない。


 御簾の奥に佇むのは、濃い黄褐色のドレスをまとったひとりの少女だった。

 年齢は十三、四歳といったところ。

 薄紫がかった長髪と、死蝋をおもわせる病的なまでに白い肌が目を引く。

 なにより目を引くのは、顔のほとんどを覆う黄金細工の仮面マスクだ。

 半吸血鬼ダンピールの濁った紅瞳を隠すための道具だとは、むろんグッゲンハイム伯爵は知る由もない。


「そ、そのお姿は……!?」

「いかにも儂が十三選帝侯マキシミリアン・フォルカロン侯爵じゃ。信じられんのも無理はなかろう。だが、これを見れば疑念も晴れようて」


 フォルカロン侯爵は指を鳴らす。

 大広間の床にぽっかりと黒い穴が生じたのは次の瞬間だ。

 その空間を埋めるように、低いうなりを立てて床下からなにかがせり上がってくる。


「これは――――」


 輝く金糸雀色カナリアイエローの装甲をまとった巨人騎士を見つめて、グッゲンハイムは愕然と呟いた。


 究極の破壊兵器たるブラッドローダー。

 そのなかでも最高峰の性能をもつ聖戦十三騎エクストラ・サーティーン

 いま大広間の一角に佇立するのは、フォルカロン侯爵家が秘蔵する一騎――――”ヘスペリディス”であった。


 無数の装甲片を綴り合せたアーマーを全身にまとったその姿は、鱗甲鎧スケイルアーマーをまとったいにしえの騎士を彷彿させた。

 重厚な兜は一対のねじれた角飾りをそなえ、装甲片を撚り合わせたしころはうなじから背中にかけて長く伸びている。前方にはやはり長い目庇まびさしが突き出しているため、ブラッドローダーの顔を窺うことはできない。

 装甲に覆い隠されたは、わずかに間接の駆動部を覗かせているだけだ。

 美しい装いの下に、恐ろしいなにかを隠している――見る者にそんな印象を抱かせずにはおかない機体であった。

 

「出陣じゃ。のグレガリアスはすでに全機出撃させてある。おぬしはここに残り、戦闘データの記録でもしておれ」

「侯爵閣下はどちらへ……!?」

「儂は城内に入り込んだの駆除をせねばならん。リーズマリアを殺すのはそのあとだ」


 フォルカロン侯爵はドレスの裾を翻しながら、愛機ヘスペリディスに近づく。


「わが愛騎ヘスペリディスよ、虫けらどもを始末するまでいますこしの辛抱じゃ。ノスフェライドとゼルカーミラなら相手に不足はない。久方ぶりの戦、たっぷり楽しませてもらおうではないか」


 主人の言葉に呼応するように、ヘスペリディスの兜の奥で妖しげな血光が迸った。

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