CHAPTER 11:モーター・ストライク

「各機、一射ごとに位置を変えろ!! 最低でも百メートルは距離を取れ!! 発射後は三十秒以上おなじ場所に留まるな!!」


 地鳴りのような砲撃音が轟くなか、レーカは通信機インカムにむかって声も枯れよと叫ぶ。

 

 陽動作戦が開始されるや、山中に展開したウォーローダーは全力でフォルカロン侯爵の要塞への攻撃を開始した。

 アーマイゼの重迫撃砲、スカラベウスの榴弾砲とロケットランチャー、そしてヴェルフィンの電磁投射砲レールキャノンが間断なく火を吹き、無数の砲弾が要塞へと吸い込まれていく。


 火砲の射程圏内とはいえ、要塞との距離はゆうに三十キロ以上はある。

 当然、砲撃は山なりの曲射弾道を取らざるをえず、命中させるためには高度な計算が必要になる。

 一般的なウォーローダーのセンサーと火器F管制C装置Sでは、敵の足止めを目的とする制圧射撃ならともかく、精確な射撃など望むべくもないのである。


 にもかかわらず、陽動部隊の放った砲弾はことごとく要塞に命中している。

 それも、ただ当たっているというだけではない。燃料タンクや送電施設、迎撃兵器といった高価値目標をピンポイントで破壊しているのである。


 すべてはヴェルフィンに搭載された高性能センサーと、そこから得られたデータをもとにレーカが導き出した弾道計算式の賜物であった。

 それが戦術データリンク網を通して全機に共有されたことで、部隊そのものの射撃精度が飛躍的に向上したのである。


 もともと人狼兵ライカントループ部隊の指揮官機として開発されたヴェルフィンにとって、この程度の部隊を完璧に制御・統率することはたやすい。

 各機からフィードバックされたデータをもとにターゲットを指示し、弾着観測まで一手に担っているのだ。

 敵にしてみれば、電子戦機や観測班のバックアップを受けた砲兵部隊を相手にしているのと変わらないのである。

 まさか、たった十五機のウォーローダーによる攻撃などとは夢にも思っていないはずであった。


「来るぞ、全機散開――――」


 レーカが言うが早いか、山中のそこかしこで火柱が上がった。

 要塞から発射されたミサイルだ。

 敵は砲弾の入射角からこちらのおおまかな位置を割り出し、反撃に打って出たのである。

 拠点防衛用だけあって、威力は携行式のそれとは段違いだ。直撃すればウォーローダーなどは一撃で破壊されてしまう。


「損害報告!!」

「アーマイゼ三番機、右腕部を損傷。戦闘には問題なし」

「四番機、測距センサー使用不能。受信パッシヴモードに切り替える――――」


 各機の報告を聞きながら、レーカは心中で安堵する。

 むろん全機無事とはいかないが、落伍するほどの損傷を被った機体はない。

 このぶんなら、まだしばらく戦闘を継続することは可能だろう。


 だが、いつまでも反撃を躱しつづけることはできない。

 いずれは追い込まれ、撤退を余儀なくされる。

 それでかまわなかった。

 セフィリアらが要塞内に突入するまで敵の注意を惹きつけられれば、陽動部隊の役目は終わりなのである。

 レーカの役目は、それまで味方の被害を最小限に抑え、無事に戦線を離脱するのを見届けることなのだ。


「デイビッド、弾薬はあとどれくらい持ちそうだ?」


 レーカは通信機インカムごしに問いかける。

 デイビッドの駆る作業用ワークローダー”ドンキー”は、いましもスカラベウスの弾倉を交換している最中だ。

 大口径弾が装填された弾倉は数百キロを超え、とても人力で運搬することはできない。

 人狼兵ライカントループ半吸血鬼ダンピールの腕力でも、スムースに弾倉交換をおこなうのは至難の業だ。

 それゆえ、こと砲撃戦においては、支援用ウォーローダーの有無が勝敗を左右するとさえ言われるのである。


「もうじき装填が終わる。これであと四、五回は撃てるはずだ」

「充分だ」


 言って、レーカは火器管制コンソールに指を走らせる。

 ヴェルフィンの背部に搭載された大型ミサイルを使おうというのだ。

 もともと艦対艦ミサイルとして開発されたそれは、百メートル級の戦闘艇を一撃で破壊するほどの威力をもつ。

 最大飛翔速度はマッハ一◯。弾頭部に搭載された赤外線IRシーカーによるアクティブ・ホーミング方式を採用しているため、発射後に母機がその場に留まって誘導をおこなう必要もない。

 

「目標入力――――敵要塞、大型排気ダクト」


 ミサイルによってセフィリアらの突入口を作り、周囲の敵を一掃する。

 これで陽動作戦は総仕上げとなるはずだった。

 

 爆発が起こったのは次の瞬間だった。

 なぎ倒された木々のむこうに見えたのは、黒焦げになったアーマイゼの姿だ。

 いかにダンピールといえども、ここまで手ひどく破壊されてはまず助からないだろう。

 いつのまに接近されたのか、木々のまにまに敵らしい機影がいくつも見える。


「こちらアーマイゼ一番機、敵襲を受けている――――」

「見たことのないウォーローダーだ!! いったいなんなんだ、こいつらは!?」


 レーカはミサイルの発射を中断し、救援に向かおうとする。

 そんな彼女の動きを察してか、「よせ」とデイビッドは冷たい声で告げる。


「我々にかまわず発射の準備を続けてくれ」

「しかし……!!」

「みんな覚悟はできている。それに、ここで攻撃の手を止めれば突入部隊はどうなる?」


 デイビッドの言葉に、レーカははっと我に返った。

 そのとおりだ。

 ここでミサイルの発射を中止すれば、陽動作戦そのものが崩壊する。

 セフィリアとクロヴィスらの突入部隊はほんらいの侵入ルートを見失い、敵中で孤立することにもなりかねない。

 まもなく朝日が昇る。残された時間はあとわずかなのだ。


 ふいにヴェルフィンの正面に黒い影が躍り出た。

 濃い黒灰色に塗られた装甲と、ずんぐりとしたフォルム。


 見紛うはずもない。

 サイフィス侯爵領で交戦した新型――グレガリアスだ。

 フォルカロン侯爵によってチューンナップを施されているとは、むろんレーカには知る由もないことであった。


「まずい――――」


 レーカはとっさにシールドを構える。

 ミサイルの発射シーケンスが完了するまであと十秒。

 それまでは、この場から一歩も動くことはできないのだ。

 ネイキッドから重装甲に換装したとはいえ、グレガリアスの攻撃をまともに受ければひとたまりもない。

 グレガリアスがレーカを仕留めるには、十秒あれば充分すぎるほどだろう。


「おおっ!!」


 刹那、雄叫びとともに無骨な機影がグレガリアスに飛びかかった。

 デイビッドのドンキーだ。

 弾薬と予備の燃料電池フューエル・セルを投棄し、身軽になった作業用ローダーは、ためらうことなくグレガリアスに挑みかかったのである。

 もちろん、純然たる戦闘用ウォーローダーと、スクラップから再生した作業用ローダーのあいだでまともに戦いが成り立つはずもない。

 見よ。ドンキーの関節部からは烈しく火花が散り、吹きさらしのコクピットはみるまにひしゃげていく。

 

「よせ!! そんなマシンでどうこうできる相手じゃない!!」

「言ったはずだ。みんな覚悟は出来ている――――と」


 デイビッドは短機関銃サブマシンガンを取り出し、グレガリアスのセンサーめがけて撃ちまくる。

 九ミリ弾などいくら浴びせたところで意味はない。それでも、デイビッドは潰れかけたコクピットのなかで引き金を引きつづける。

 ミサイルの発射準備が整うまでの十秒間――その時間を稼ぐために。

 やがて銃声が熄んだのと、ドンキーの機体が真っ二つに折れたのと同時だった。

 

 グレガリアスは、まるでゴミでも放るみたいにドンキーの残骸を投げ捨てる。

 落下の衝撃によって、潰れたコクピットから血まみれの肉塊がまろびでた。

 胸から下を失ったデイビッドであった。


 ほんものの吸血鬼ならともかく、ダンピールではまず助からない深手だ。

 土気色に変わりつつある彼の顔に浮かんだのは、しかし、あくまで満足げな微笑みだった。


 死にゆく彼の目は、たしかに認めたのだ。

 白煙の尾を引き、はるか天空に駆け上がっていく炎の矢を。

 ヴェルフィンの背中を離れた二基のミサイルは、轟音とともに彼方へと飛び去っていった。


「あとは……たのむ……」


 ミサイルを発射し、身軽になったヴェルフィンは長剣を抜くや、グレガリアスを斬り伏せる。

 その音を聞きながら、デイビッドは深く暗い淵へと落ちこんでいった。

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