CHAPTER 10:メイク・ア・フェイント

 午前三時――。

 夜明け前の最も暗い時間を見計らって、ふたつの部隊はひっそりと岩山のアジトを出た。


 ひとつはクロヴィスとシフラ、ガロテら半吸血鬼たちにセフィリアが同行する突入部隊。

 そしてもうひとつは、レーカのヴェルフィンを中心とする陽動用のウォーローダー部隊である。


 半吸血鬼たちが保有するウォーローダーは十四機。

 いずれも長い年月をかけてスクラップから再生し、どうにか動けるように整備したものだ。

 その内訳は、スカラベウス・タイプが五機に、アーマイゼ・タイプが八機。残る一機は、厳密にはウォーローダーではない。

 さまざまなウォーローダーの部品を流用して作られた多目的作業用ワークローダー、通称”ドンキー驢馬”だ。

 フレームがむき出しの四肢や、簡素なロールケージが組まれただけの露天オープントップ式コクピットから察せられるように、とても戦闘に耐えられる機体ではない。


 じっさい、アジトではもっぱらフォークリフトやショベルカー代わりに使われていたのである。

 それでも、味方の物資・弾薬と燃料電池フューエル・セルの運搬くらいの用はこなせるとの判断から、ウォーローダー部隊に加わることになったのだった。


――これが最後の戦いなら、後生大事に残しておいても仕方ない。使えるものはすべて使うまでだ。


 クロヴィスの命令により、ドンキーの操縦は軍医のデイビッドが担当することになった。

 もともと使い慣れていたというだけではない。

 陸運艇内で臥せっているアゼトの治療に当たろうにも、肝心のワクチンがないことには医者にもどうすることもできないのだ。

 アゼトのかたわらにはリーズマリアがつねに寄り添っていることを考慮すれば、戦闘員でもある彼が前線に出るのはなるほど理にかなっていた。


 しばらくおなじ方向に進んでいたふたつの部隊は、峠の分岐点にさしかかったところで別々の進路を取った。


 突入部隊はこのままフォルカロン侯爵の要塞に近づき、山腹にもうけられた排気ダクトから内部に侵入する。

 そのあいだ、セフィリアのゼルカーミラはつねに成層圏で一行の動きをモニターしている。

 万が一フォルカロン侯爵がブラッドローダーを投入した場合には、即座にセフィリアのもとに駆けつけ、これを迎え撃つためだ。

 ジャミングによって要塞のレーダー・センサーから各部隊を隠蔽するのも役目のひとつである。

 ブラッドローダーは、すべての機体が最高性能の電子戦能力を備えているのだ。


 いっぽうのウォーローダー部隊は、要塞を遠望する谷ぞいの斜面に展開し、敵の注意を惹きつけるための陽動作戦を実施する。

 すなわち、たえまなく配置を変えながらの制圧射撃である。

 スカラベウスには一二◯ミリ榴弾砲と多連装ロケットランチャー、アーマイゼは歩兵分隊が運用する重迫撃砲をそれぞれ装備している。

 そこにヴェルフィンの電磁投射砲レールキャノンと、背部に搭載した大型対艦ミサイルが加わることで、敵にはすくなくとも数個中隊ぶんの戦力が潜んでいると錯覚させることができるはずだった。

 同様の作戦をアーマイゼやスカラベウスだけで実行するなら三十機から四十機は必要になるところを、ヴェルフィンの並外れた大火力によって、わずか十機たらずの小部隊で実現できるようになったのである。


 むろん、敵が本気で反撃に出れば、わずか七機ではとても食い止めることはできない。

 その場合には、可能なかぎり射撃を継続しつつ、各機の判断で戦線を離脱する手筈となっている。

 陽動作戦の目的は、突入部隊が要塞内に入りこむ隙を作ることだ。それさえ完遂したなら、あえて生命を危険に晒す必要はないのである。

 

――けっして無謀な作戦をおこなわないこと。

――そして、ひとりでも多くの者が生還できるよう努めること。


 その二点を、出撃にあたってリーズマリアはセフィリアとレーカによく言い含めた。

 クロヴィスら半吸血鬼ダンピールたちが捨て鉢になり、我が身をなげうつ暴挙に出ることを危惧しての言葉であることは言うまでもない。

 それはまた、タイムリミットをまえに気がはやるレーカとセフィリアへの戒めでもあった。


***


 夜が白みはじめた。

 時刻はまもなく午前四時を回ろうとしている。


 クロヴィスらとセフィリアは、すさまじい速度で山々を駆けていた。

 駆けるというよりは、木の枝から木の枝へと跳躍しているというべきだろう。

 かなりの重装備に身を固めているにもかかわらず、一行の身のこなしはあくまで軽い。

 吸血鬼とその血を引く者以外にはぜったいに真似できない芸当であった。


「もうじき夜明け、か……」


 危なげなく次の枝に跳び移りながら、セフィリアはだれともなく呟く。

 完全に夜が明けきるまであと三十分ほど。

 作戦計画プランでは、遅くともその五分前には要塞内に侵入していなければならない。

 もしなんらかの理由で予定に遅れが生じた場合は、セフィリアだけが先行して突入することになる。

 その場合、クロヴィスたちは囮となり、要塞内であらためて合流するかたちになる。


 吸血鬼にとって致命的な太陽光も、半吸血鬼ダンピールたちにとってはそこまで重大な問題とはならない。

 あらゆる生体機能が真夜中に最高潮に達し、正午に最低となる点は吸血鬼と同様だが、ダンピールのそれは吸血鬼に較べてはるかにゆるやかなのだ。

 セフィリアを先に行かせたあと、朝日を浴びながら外で戦うことさえ可能なのである。


 とはいえ、チームが分断されれば、それだけ作戦の成功率は低下する。

 の破壊とワクチン奪取という目的を達成するためには、全員が無事に要塞内に突入せねばならないのである。


「こんなときになんだが……ひとつ、訊いてもかまわないか」


 セフィリアは木から木へ飛び移りつつ、クロヴィスに問うた。

 クロヴィスは動きを止めることなく、セフィリアのほうに視線を向ける。


「なにかな」

「貴公の双子の妹はいまもフォルカロン侯爵に囚われていると言ったな」

「もう生きている望みはない……と言いたいんだね」


 すげなく言ったクロヴィスに、セフィリアは言葉を詰まらせる。


「気にしなくていい。妹……シャルロットに生きて会えるとは思っていない。脱走するとき、彼女を置き去りにしてしまったのは僕の責任なのだから。僕たちが戦っている理由は、僕らのような忌まわしい存在を二度と作らせないようにするためだ」

「クロヴィス……」


 と、樹木に閉ざされていた景色がにわかに変化した。


「見えてきたぞ!!」


 ちいさく叫んだのは、一行の先頭を進んでいたニコライだ。

 その後方にいたクロヴィスは、すばやく枝葉のあいだに身を隠しながら、仲間たちに「止まれ」と手で合図を送る。

 木々のあいだを跳び移った直後のセフィリアは、木の枝に片手でぶら下がるような格好になった。


「あれがフォルカロン侯爵の城だ」


 言って、クロヴィスははるか彼方を指さす。

 その異様な外観は、枝葉の隙間からでもはっきりと見て取れた。

 遠目には黒い岩山のようにもみえる。

 だが、よくよく目を凝らせば、その表面が自然の岩石にはありえない金属光沢を帯びていることに気づく。


 山全体が完全に機械化されているのだ。

 なだらかな山裾の途中で自然の地形は消滅し、それより上の山体はそっくり人工物に置き換えられている。

 山肌にはみみずのようにのたくった奇怪なパイプが何千本と敷き詰められ、そこここに設けられた排気管がたえまなく煙を吐き出している。

 ところどころに存在する開口部と、そこから水平に伸びる平坦な金属板は、航空機を離発着させるための滑走路だろう。

 フォルカロン侯爵があらんかぎりの技術と財力を注いで築き上げたそれは、まさしく狂気の科学要塞にほかならなかった。


「マキシミリアン・フォルカロン、いつのまにこんなものを――――」


 セフィリアはおもわず息を呑んだ。

 いかに権勢をほこる十三選帝侯といえども、これほどの規模の要塞を保有している家は多くない。

 数百年にわたって外部との交流を断ち、自身の消息さえ途絶えさせたのも、すべてはみずからの王国を作り上げるため。

 げに恐るべきは、水も洩らさぬ情報統制を可能としたフォルカロン侯爵の支配力であった。


「作戦はアジトで打ち合わせたとおりだ。陽動部隊が砲撃を開始するのと同時に、僕たちは中腹の大型排気ダクトにむかう。敵との戦闘は極力避けるつもりだが、やむをえない場合は強行突破する」

「たしか山裾からは十五分ほどかかると言っていたが……」

「純血の吸血鬼ならもっと早く到達できる。もし僕たちが遅れたらかまわず先に行ってくれ、セフィリア・ヴェイド」


 言って、クロヴィスは懐から細長い機械を取り出す。

 立体投影式の電子マップだ。

 平面の地図とは異なり、複雑な三次元構造を瞬時に把握することができる。


「これは君に預けておく」

「しかし――――」

「僕たちはもともとあの内部で生まれ育ったんだ。地図に頼らなくても、そうそう迷いはしない」


 クロヴィスが言い終わるが早いか、地鳴りのような轟音が響いた。

 山肌にぱっと光が生じ、オレンジ色の巨大な火球が膨れ上がったのは次の瞬間だ。

 ヴェルフィンの電磁投射砲レールキャノンだ。


 レーカ率いる陽動部隊が攻撃を開始したのだ。

 重迫撃砲とおぼしい爆発が続けざまに生じ、山のそこここで火の手が上がる。

 

「こちらも作戦開始だ――――幸運を祈る」


 クロヴィスの言葉に呼応するように、セフィリアとダンピールたちは一斉に動き出していた。

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