CHAPTER 07:ファクトリー・チルドレン
クロヴィスの言葉によれば、
いまだ
けっきょく、不承不承ながらに二人の身柄を半吸血鬼たちに委ねることになったのだった。
むろん、
――すこしでも妙な真似をすれば、おまえたちを皆殺しにする。
と、念を押すことも忘れてはいない。
ノスフェライドとゼルカーミラがつねに三人の行動を監視している以上、それは脅しなどではないのだ。
そんなセフィリアに、クロヴィスは動じるふうもなく、
「ご心配なく。客人は丁重に扱いますよ。僕たちもまだ死にたくはありませんからね……」
そう言って不敵に笑うだけだった。
セフィリアが通されたのは、コンクリートで固められた広壮な部屋だった。
もともと鉱山で使用されていた採掘機械が置かれていたらしい。壁や床のいたるところに乾いたオイルがこびりつき、壁際には錆びついたスクラップが山と積まれている。
部屋の中央にもうけられた簡素なテーブルに着いたのは、セフィリアを含めて四人。
半吸血鬼のリーダーであるクロヴィス。
巨漢のナタ使いニコライ。
そしてクナイ使いのシャウラだ。
「ほんとうならルクヴァース侯爵と直接話がしたかったのですがね」
「リーズマリア様には私が取り次ぐ。不服か?」
「とんでもない――――」
セフィリアの剣幕に、クロヴィスはわざとらしく肩をすくめる。
「聞きたいことは山ほどある。この隠れ里とおまえたちダンピールのこと、そして……」
「マキシミリアン・フォルカロン侯爵がなぜ”魔女”と呼ばれているか、ですね?」
クロヴィスの言葉に、セフィリアは無言で肯んずる。
「お話しましょう。現在のフォルカロン侯爵が何者であるかについて……」
***
かつてのフォルカロン侯爵領は、人間にも住みよい土地として知られていた。
むろん、苛斂誅求をきわめる悪政をおこない、人間の膏血を搾り取ることに余念のなかったほかの吸血貴族に較べれば――――という前置きは必要だが。
それを差し引いても、往年の領主マキシミリアン・フォルカロンはひとかどの人物であったと言ってよい。
肇国の元勲たる初代十三
そんな仕打ちにもかかわらず、マキシミリアンは皇帝に不平のひとつも漏らさず、粛々とおのれの国造りを進めていった。
税は能うかぎり軽く、裁きはあくまで公平明大を旨とする。
街道ぞいには盗賊の侵入を防ぐための砦を設置し、治安にも手抜かりはない。
飢饉や旱魃が領地を襲ったさいには、みずからの居城に蓄えていた食料を人間に惜しげもなく与えたのである。
東の国境付近にきわめて致死率の高い風土病が流行したさいには、侯爵が手ずから調合したワクチンを無償で配布したこともある。
天変地異や疫病、飢餓によって何千何万の人間が死のうと、吸血鬼たちははるかな天空からそのさまを見下ろして嘲笑するのが常だった。
自分たちの生命維持に必要な人間は
”
いつのころからか、吸血鬼と人間の別なく、世間ではフォルカロン侯爵をそう呼ぶようになっていた。
吸血鬼でありながら人間を庇護し、善政を敷く彼は、吸血鬼のあいだでも異端の存在と見なされるようになったのである。
そんな風評が当人の耳にも届いたか、フォルカロン侯爵じしんも、ほかの選帝侯たちとしだいに距離を取るようになっていった。
やがて選帝侯たちが代替わりすると、フォルカロン侯爵はアルギエバ大公に次ぐ宿老へと昇格した。
もっとも、数百年ものあいだ帝都の社交界に姿をみせず、領地に引きこもっているとなれば、その政治的影響力は無にひとしい。若い貴族たちはフォルカロン侯爵の姿も声も知らず、また陸の孤島とでもいうべき彼の領地の内情を知る術もない。
こうしてマキシミリアン・フォルカロンの名は、なかば幽霊めいた存在として語られるようになっていたのである。
長い沈黙を保っていた侯爵がふたたび公の場に現れたのは、いまから三十年ほどまえのこと。
先帝の葬儀のさなか、弔問に訪れた選帝侯たちのなかに、フォルカロン侯爵の姿もたしかにあったのである。
フォルカロン侯爵は皇帝の棺に近づくと、
――――おいたわしや皇帝陛下。あと一歩というところでわが研究が間に合いませなんだこと、お許しください。
と、意味深長な言葉を残して、そのまま領地へと戻っていった。
その一部始終は、当時まだ家督を継いだばかりのセフィリア・ヴェイドも目撃している。
***
「あのとき、私が見たフォルカロン侯爵はたしかに男性だった。それがいま魔女と呼ばれているのはどういうことだ?」
セフィリアの問いに、クロヴィスはちいさく首を縦に振る。
「そのころ、侯爵の肉体はすでに寿命に近づきつつありました。吸血鬼が真の意味で不死ではないことは、あなたもご存知でしょう?」
「そうだ。だからこそ、選帝侯の地位は子孫に受け継がれてきた。フォルカロン侯爵は娘に家督を譲ったのか」
「いいえ」
「どういうことだ?」
「あれは紛れもなくフォルカロン侯爵その人なのです。ダンピールの女におのれの心臓を移植することで、若い肉体を手に入れたというわけです」
坦々と語るクロヴィスにむかって、セフィリアはおもわず声を荒らげる。
「バカな。老いた肉体を捨てるなど、そんなことができるはずは――――」
「たしかに人間なら不可能でしょう。脳髄を移し替えたとしても、肉体と脳をむすぶ中枢神経が機能しないのですから。しかし、脳と心臓が一体化している吸血鬼なら話はべつだ」
「……っ!!」
「心臓移植術によって、他人の身体に人格と記憶をそっくり移し替えることができる。そして、その肉体が老いれば、また新しい肉体へ……と、真の意味での不老不死を実現できるというわけです」
「しかし、なぜ
「簡単な話です。出生率の低い純血の吸血鬼とちがって、ダンピールはいくらでも作ることができるからですよ。僕たちは”
セフィリアはおもわず口を抑えていた。
脳裏に浮かんだおぞましい光景に、嘔吐感が込み上げてきたのだ。
ひとりの男を永遠に生かすためだけに稼働しつづける自動生殖工場。
巨大な機械の一部となり、ただ子を産むためだけに生かされている女たち。
人間に対してありとあらゆる残虐行為を重ねてきた吸血鬼の歴史においても、ここまで酸鼻な計画はほかに類を見ない。
いまセフィリアの胸を占めるのは、そこまでして永遠の命を欲するフォルカロン侯爵への軽蔑と、生命の尊厳を踏みにじる所業への怒りだった。
ふいにセフィリアはなにかに気づいたように顔を上げると、クロヴィスを見つめた。
「まさか、おまえも……」
「僕だけじゃない。ここにいるのは、みんなフォルカロン侯爵の遺伝子から作られた実の息子と娘たちです。ほんらいなら最終選別に洩れて処分されるはずだったところを、間一髪のところで脱走に成功したんですよ」
言って、クロヴィスらはいっせいに上衣の袖をまくる。
あらわになった二の腕に刻まれていたのは、いくつかの数字とアルファベットの羅列だ。
皮膚深層に焼きつけられたレーザー刻印であった。
家畜の焼印をおもわせるそれは、スペアボディに割り振られた
腕そのものを斬り落とさないかぎり、永遠に消えることはないのである。
クロヴィスはみずからに刻み込まれた番号をなぞりながら、ぽつりぽつりと言葉を継いでいく。
「僕のほんとうの名前はC‐三◯◯九号。そして、おなじ製造ロットで生まれた僕の双子の妹は、いまも伯爵のもとに囚われています」
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