CHAPTER 06:ジ・エクスペリメンツ

 夜空をまばゆい炎があかあかと照らしていた。

 猛火の下に佇むのは、菫色ヴァイオレットの装甲をまとった巨人騎士だ。

 ブラッドローダー”ゼルカーミラ”。

 セフィリアの召喚に応じて、無人のまま起動したのだ。

 

 ゼルカーミラを背にして立ったセフィリアは、クロヴィスらを睨めつけながら、


半吸血鬼ダンピールどもに告ぐ!! わがブラッドローダーの力、とくと見たはずだ。ただちにレーカを解放し、この場から立ち去れ。さもなくば――――」


 セフィリアの真紅の瞳がいっそう紅々と輝いた。血よりなおあざやかなそれは、殺意の色にほかならない。

 

「おまえたちを皆殺しにする」


 わずかな沈黙のあと、そこかしこで金属音が起こった。

 クロヴィスら半吸血鬼ダンピールたちが、いっせいに武器を地面に捨てたのだ。

 からの両手を頭より高く掲げ、半吸血鬼たちはその場に膝を突く。


「なんのつもりだ?」

「見てのとおり、降参ですよ。ブラッドローダーが相手では勝ち目がない……」

「レーカを置いて立ち去れと言ったのが聞こえなかったのか」

「むろん、彼女は解放します。そのまえに、すこし僕たちの話を聞いてほしいのです」

「だまれ!! 人質を取るような卑劣な輩と交わす言葉などない――――」


 背後で物音が生じたのはそのときだった。

 陸運艇の乗降ハッチが開く音だ。


 船内から現れた美しい人影を認めて、


「リーズマリア様!?」


 セフィリアはおもわず素っ頓狂な声を上げていた。


「セフィリア、彼らにも事情があるようです。すこし話を聞いてあげてもいいでしょう」

「し、しかし……」

「ここまでの実力差を見せつけられて、いまさら騙し討ちを企むほど彼らも愚かではないはず。……そうですね?」


 クロヴィスは平伏したまま、仲間たちにちらと目配せをする。


 ブラッドローダーに、純血の吸血鬼が二人。

 ダンピールがどうあがいたところで勝てる相手ではない。

 不審な挙動をみせたが最期、虫けらのようにひねり殺されるだけだ。


 リーズマリアは体調不良を悟られまいと、一歩ずつ踏みしめるように前へ出る。


「私の名はリーズマリア・シメイズ・ルクヴァース。そこにいるのはヴェイド女侯爵セフィリアです」


 リーズマリアが言うや、ダンピールたちのあいだにどよめきが広がった。


「ルクヴァース、それにヴェイドというと、十三選帝侯クーアフュルストの……!?」

「なぜ選帝侯がふたりもこんな場所に!?」

「では、あのブラッドローダーは、まさか……」


 どよもすダンピールたちにむかって、リーズマリアは朗々たる声で告げる。


「私たちは理由あって帝都にむかっています。ただちにわが家臣を解放し、このまま引き上げるなら、これまでの非礼は不問に付しましょう」


 と、そんなリーズマリアのまえに音もなく進み出た影がある。

 クロヴィスであった。


「あなたは?」

「クロヴィスと申します。これなるダンピールたちを率いるおさにございます」

「ならば、クロヴィス。私は無益な流血を好みません。ただちに仲間を連れ、この場から立ち去りなさい」

「おそれながら――――」


 クロヴィスは上目遣いにリーズマリアを見やる。

 濁った赤の瞳に、油の膜のような光が蠢いた。


「たとえ我らが退いたとしても、あなたさまが無事にこの地を通過できるとはおもえません」

「それはどういう意味ですか」

「このさきにはマキシミリアン・フォルカロンの城がございます。たとえおなじ選帝侯であっても、あの”魔女”が余所者を見過ごすはずはない」

「魔女?」

「いかにも。フォルカロン侯爵の所業は、まさしく魔女と呼ぶべきもの……」


 クロヴィスは顔を伏せたまま、あくまで坦々と述べる。

 

「そして、我らは魔女の支配からからくも逃れ、この地で抵抗運動レジスタンスをおこなっているのです」

「あなたたちは――――」


 とまどいを隠せないリーズマリアに、クロヴィスは感情を押し殺した声で答える。


「我々はただの半吸血鬼ダンピールではありません。魔女の手によって生み出された、忌まわしい実験動物モルモットなのです」


***


 クロヴィスらに導かれるまま、陸運艇ランドスクーナーは暗い山道を進んでいった。

 レーカはいまなお昏睡から醒めず、リーズマリアとアゼトはどちらも臥せっている。

 船の操縦を担当しているのは、ただひとり健在なセフィリアだ。


 むろん、船を守るのは彼女ひとりではない。

 上空では、ゼルカーミラとノスフェライドが周辺警戒に当たっている。

 どれほど巧妙な罠が仕掛けられていたとしても、ブラッドローダーのセンサーならば容易に発見することができる。

 リーズマリア一行に敵意を向けることがどんな結果をもたらすかは、半吸血鬼ダンピールたちもよくよく知悉しているのだ。


 と、ふいにクロヴィスが足を止めた。


「着きましたよ。ここが僕たちのアジトです」


 とは言うものの、目の前には百メートルはあろうかという垂直の一枚岩がそびえている。

 道の左手は山肌、右手は切り立った崖である。

 後退することしかできないそこは、完全な行き止まりであった。


「これがアジトだと? やはり私たちを謀っていたのか!?」

「そう慌てないでください。ほら――――」


 甲板上からするどく詰問するセフィリアをよそに、クロヴィスは一枚岩にむかって手信号ハンドサインを送る。


 岩の表面がおぼろに霞んだのは次の瞬間だった。

 硬いはずの岩石は、まるで溶けかかった氷みたいに歪んでいる。

 クロヴィスが手を突っ込むと、はたして、その指先は抵抗もなく岩の内部へと吸い込まれていった。


光学迷彩被膜オプチカルカモフラージュの技術を応用したものです。エックス線走査スキャン赤外線IRシーカーでもまず見つかるおそれはありません。そのまま船を進めてくださって結構――――」


 クロヴィスに言われるまま、陸運艇はゆっくりと前進する。

 船体はするすると岩盤に呑み込まれ、やがて岩壁に囲まれたドームのような空間に入り込んでいった。


「ここは戦前のレアメタル鉱山です。価値のあるものはすべて掘り尽くされたですが、僕たちのような者が身を隠すには都合がいい……」


 言って、クロヴィスは軽く指を鳴らす。


 次の瞬間、ドーム内に白い光が降り注いだ。

 天井付近に据え付けられていた大型ライトが一斉に点灯したのだ。


「ここは――――」


 セフィリアはおもわず感嘆の声を洩らしていた。

 吸血鬼の目は暗闇のなかでも鮮明に景色を捉えることができる。

 それでも、白い光のなかに浮かび上がった光景は驚愕に値するものだった。 


 ドームの内側には縦横にハシゴと通路が張り巡らされている。

 ところどころに吊り下げられた箱型の構造物は、どうやら住居らしい。

 洞窟内に形成されたコウモリの群生地コロニーを彷彿させる、それは奇怪な空中都市であった。


 クロヴィスは両手を広げると、ドームじゅうに響きわたるような声で告げる。


「――――ようこそ、僕たち半吸血鬼ダンピールの隠れ里へ」

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