CHAPTER 19:デモリッション・ウェイブ

 するどい銀閃が夜闇を裂いた。

 ノスフェライドとアルダナリィ・シュヴァラが交差するたび、二機のあいだで烈しく火花が散る。

 

「どうした。貴様の力はこんなものか、ノスフェライド!!」


 六本の腕で猛烈な攻撃を加えつつ、アラナシュは呵呵と哄笑する。

 多彩な武器と防具をもつアルダナリィ・シュヴァラに対して、ノスフェライドの装備は大太刀と盾だけだ。

 真正面からの斬り合いとなれば、一方的に押しまくられるのも道理であった。

 

「じゃれあいはここまでだ――――」


 アルダナリィ・シュヴァラの腕が次々に分離し、ノスフェライドを取り囲む。

 極細の糸が放出されたのは次の刹那だ。


 聖縄パーシャ

 ゼルカーミラを拘束した炭素繊維ワイヤーであった。

 空中に放たれた聖縄は、ノスフェライドを取り囲むように交錯していく。


 見るがいい。

 聖縄は互いに癒着し、空中に正八面体を形作っていく。

 一見すると幻想的でさえある半透明の構造体は、獲物を確実に捕殺するおそるべき牢獄にほかならない。

 ひとたび囚われたなら、もはや脱出することは叶わないのだ。


「ただ殺すだけではおもしろくない。じわじわと檻を狭め、生きたまま焼き殺してやる」


 アラナシュが言うが早いか、牢獄はゆっくりと縮小を開始した。

 一辺が短くなるたび、内部の容積もかぎりなくゼロに近づいていく。

 正八面体を構成する線と面には、数十ギガボルトを超える超高電圧が流れている。

 ブラッドローダーの装甲は絶縁性を有しているとはいえ、熱エネルギーによる損傷はまぬがれない。


 まばゆい白光がほとばしったのは次の瞬間だった。

 夜明けと見紛うほどの光の奔流は、ノスフェライドから放たれたものだ。

 それにあわせて各部の銀色の装甲はいっそう輝きを増し、漆黒の機体をあざやかに染め上げていく。

 一時的にブラッドローダーの出力を増大させる内蔵式アーマメント・ドレスが作動したのだ。

 これまでアーマメント・ドレスの起動はリーズマリアの生命が危険に晒された場合に限られていたが、”血の秘蹟サクラメント”を結んだことによって、アゼトの意思で自由に使用することが可能となったのである。


「いまさら無駄なことだ。いくら小細工を弄したところで、もはや貴様に逃げ場はない」

「勘違いをしているようだな。――――俺は逃げも隠れもしない」

「この期に及んでまだ生意気な口を叩くか」


 アラナシュの嘲笑は、しかし、たちまち凍りついた。

 ノスフェライドに触れたとたん、六本の腕が幻みたいに消滅したのだ。

 破壊などというなまやさしい次元ではない。

 すさまじいエネルギーが充溢した力場フィールドに接触したことで、腕は分子レベルにまで分解・消滅したのである。


 いまやノスフェライドを取り巻く空間そのものが巨大な凶器と言っても過言ではない。

 攻撃を繰り出すまでもなく、近づいたものをことごとく塵に還すその力のまえでは、あらゆる物理的攻撃は意味をなさないのである。 


「もうやめろ、アラナシュ」

「そんな戯言に耳を貸すと思ったか? アルダナリィ・シュヴァラの力はまだこんなものではない」

「これ以上戦っても勝ち目がないことはおまえもよく分かっているはずだ」

「だまれ!! 人間ふぜいが、思い上がった口を叩くな!!」


 六本の腕を失ったアルダナリィ・シュヴァラは、三界聖王トライロキア・ラージャへと姿を変える。

 両手には金属粒子を固めた長剣が握られている。

 長剣の柄同士を連結すると、両端の刃が音もなく伸びた。

 数秒と経たないうちに出現したのは、すさまじい輝きを帯びた光の円月輪チャクラムだ。


「この円月輪チャクラムは実体を持たぬ粒子の集合体。いかに貴様の力でも、これほど巨大なエネルギーの塊を消し去ることはできまい!!」


 光の尾を曳いて円月輪チャクラムが飛んだ。

 ほとんど厚みのない粒子の刃は、それゆえにすさまじい切断力をもつ。

 その切れ味たるや、触れただけで山脈を裂き、大地を深々と断ち割るのである。

 むろん、まともに命中すればノスフェライドも無事では済まない。


「死ねッ、ノスフェライド!!」


 円月輪チャクラムはなおも大きさを増し、その直径はゆうに三千メートルを超えている。

 ただ巨大なだけではない。

 アラナシュの意のままに動く円月輪は、標的がどこへ逃げても執拗に追尾し、息の根を止めるまではけっして消えることはないのだ。


 円月輪が目前に迫っているにもかかわらず、ノスフェライドは動かない。

 大太刀の切っ先を下げ、盾を構える素振りもない。

 その様子は、まるで自暴自棄になったようにもみえる。

 

 円月輪が機体に触れるかという瞬間、ノスフェライドの腕がわずかに動いた。

 ざん――と、空を裂く音が奔ったのと、一条の銀光が閃いたのは同時だった。


 吸血鬼の動体視力でも捉えられない神速の抜き打ちであった。

 大太刀の軌跡をなぞるように白い波紋がひろがり、円月輪を呑み込んでいく。


 破壊波デモリッション・ウェイブ


 ノスフェライドの機体を包む超高エネルギーの力場フィールドを刃にまとわせ、斬撃とともに放出したのだ。

 その威力は、たんに円月輪を無力化しただけにとどまらない。

 破壊波は巨大なエネルギーの海嘯しおつなみとなって、アルダナリィ・シュヴァラへと押し寄せていく。


「こんな……バカな……!!」


 アラナシュは即座に斥力フィールドを全開する。

 攻防の要である六本腕をすべて失ったアルダナリィ・シュヴァラの防御力は、しかし、十全の状態とは比べるべくもない。

 ダメージをすこしでも低減すべく前面に集中させた斥力フィールドは、破壊波を受け止めるにはあまりに貧弱だった。


「こんなことがあってたまるか!! が、アルダナリィ・シュヴァラが敗れるなど――――」


 アルダナリィ・シュヴァラを守る最後の盾は、破壊波の前には無力だった。

 全身の装甲は飴細工みたいに溶解し、顔面を覆っていた仮面マスクもいつのまにか消え失せている。

 ナノマシンの再生能力の限界を超えて破壊が進行したことで、自己修復機能そのものが停止したのだ。

 いかにブラッドローダーでも、こうなってはもはや自力で復活することはできない。


 やがて破壊の波は去り、静寂のとばりが戦場に降りた。


 闇に包まれた大地には奇妙な塊がぽつねんと佇んでいる。

 アルダナリィ・シュヴァラ――正確には、その変わり果てた残骸だ。

 四肢のことごとくを失い、かろうじて胴体と頭部だけの姿には、もはや猛々しい戦闘神の面影はない。

 

 仮面マスクの下の素顔――あらわになった阿弥陀アミターバの面を、乾いた風が撫でてていく。

 破壊波に削り取られたのか、その頬に刻まれていた血涙の紋様はすっかり消え失せている。


「――――」


 ノスフェライドは大太刀を鞘に収めると、アルダナリィ・シュヴァラの残骸の前に降り立つ。

 それを見計らったように、かすかな軋りを立ててコクピットハッチが開いた。

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