CHAPTER 18:ディヴァイン・シルバー

「……何者だ?」


 アラナシュは訝しげに呟くと、索敵センサーを作動させる。

 

 センサーの有効範囲内にあらたに出現した反応がひとつ。

 こちらに近づいてくるスピードから判断して、ブラッドローダーとみてまちがいない。

 大気圏内をマッハ三◯以上の速度で飛べる物体は、この世にブラッドローダー以外に存在しないのである。


 最も可能性が高いのはノスフェライドだ。

 アゼトが”水銀の蛇メルクール・シュランゲ”の拘束を脱し、ノスフェライドを召喚したのか。


 しかし、どうやって?

 ひとたびアゼトの身体を縛めた”水銀の蛇”は、たとえリーズマリアが力を貸したとしても引き剥がすことはできないはずだ。

 なにより不可解なのは、アルダナリィ・シュヴァラの超高速電子頭脳ハイパーブレイン・プロセッサが導き出した答えだった。


 未確認アンノウン――――

 データベース上に存在しない未知の機体ということだ。

 電子頭脳と一体化した記憶領域メモリバンクには、過去に存在したすべてのブラッドローダーの詳細な情報がインプットされている。

 ブラッドローダーはもともと製造数が少ないうえ、技術が失われたためあらたに作り出されることもない。

 すでに現存しないものも含めて、未知の機体など存在するはずがないのだ。


 とはいえ、無限の演算能力をもつ電子頭脳にミスはありえない。

 アラナシュがいったんゼルカーミラへの攻撃の手をゆるめ、いましも接近しつつある新手に注意をむけたのも当然だった。


「――――!!」


 未確認機がふいに急上昇に転じた。

 成層圏を抜け、またたくまに大気圏を突き抜けていく。


 爆発的な加速であった。

 すべてのブラッドローダーは自力での大気圏離脱能力をもっているとはいえ、わずか数秒で宇宙に到達するのはただごとではない。


 そのさまは、まるで逆流れに天へと駆け昇る白銀の流星。


 頭上で閃光がまたたいた次の刹那、星は音もなく流れた。

 

「むうっ!!」


 アラナシュの意思に感応して、アルダナリィ・シュヴァラは防御態勢に入っていた。

 機体の周囲では、分離した六本腕が円陣を組み、いっせいに斥力フィールドを展開する。

 それぞれの腕には、標準的なブラッドローダーと同等の斥力フィールド・ジェネレーターが搭載されている。

 それを六基束ねることで、何者にも打ち破ることのできない鉄壁の防御陣を作り出したのだ。

 特異な構造をもつアルダナリィ・シュヴァラだからこそできる業であった。


 その中心で、まばゆい白銀の閃光が爆ぜた。

 じっ――と、なにかが灼き切れる音とともに、無軌道なプラズマ放電が四方八方へと走り抜ける。

 六重の斥力フィールドは、薄紙を破るみたいにあっさりと突破されたのだ。

 行き場をなくしたエネルギーの奔流にあおられて、六本の腕はてんでな方向に吹き飛ばされていく。


 アルダナリィ・シュヴァラ――その本体である三界聖王トライロキア・ラーガは、こうなることを予想していたのか、ひとあし先に間合いを取っている。


「ノスフェライド――――!?」


 セフィリアとアラナシュは、どちらともなく叫んでいた。


 帯電したプラズマを全身にまとって、は二機のブラッドローダーのあいだにしずかに佇んでいる。


 闇よりなお濃い漆黒の装甲。

 血色のするどい閃光をはなつ双眸。

 各部の特徴は、まぎれもなくノスフェライドのそれだ。

 だが、これまでのノスフェライドとはあきらかに異なる部分もある。

 機体のそこここが白銀色に変わっているのである。

 まばゆい銀のきらめきは、聖なるものの象徴にして、魔を祓う力の具現にほかならない。


 装甲下に隠されていた内蔵式アーマメント・ドレスを常時展開したこの形態こそ、あらたな――――そして、真のノスフェライドの姿であった。


「アゼト……ノスフェライドのその姿はいったい……?」

「セフィリア。説明はあとだ。奴の相手は俺にまかせて、すこし下がっていろ」


 アゼトの言葉に合わせて、ノスフェライドはゼルカーミラを庇うように、アルダナリィ・シュヴァラに身体を向ける。


「サイフィス侯爵、これいじょうの狼藉は許しません。ただちに剣を収めなさい」


 ノスフェライドから流れたのは、意外にもリーズマリアの声だった。

 アラナシュはくつくつと忍び笑いを洩らす。


「これはこれは、だれかとおもえば、が動かしていたとはな」

「私の言葉が聞こえなかったのですか、ハルシャ・サイフィス」

「勘違いをするなよ、リーズマリア・シメイズ・ルクヴァース。俺はハルシャではないし、あんたの家来でもない。この俺に命令したければ……」


 言い終わるが早いか、アルダナリィ・シュヴァラの姿は幻みたいにかき消えていた。

 六本腕を分離し三界聖王となったことで、すさまじいスピードを手に入れたのである。

 肉眼はむろん、ブラッドローダーのセンサーでも捕捉はむずかしい。


「――――力ずくでやってみるがいいさ」


 アラナシュの声は、ノスフェライドの背後で生じた。


「リーズマリア様っ!! お逃げください!!」


 セフィリアが叫んだときには、すでにアルダナリィ・シュヴァラはノスフェライドを必殺の間合いに捉えている。

 もはや勝負は決した。

 ろくに実戦経験のないリーズマリアでは、回避も防御もままならない。

 アルダナリィ・シュヴァラの最強を証明するには不足もいいところだが、のこのこと戦場に出てきたからには死んでもらうまでだ。


 切っ先がノスフェライドに触れた瞬間、アラナシュはかっと目を見開いていた。


「なんだ、これは……!?」


 剣はノスフェライドの装甲に触れる寸前で停止している。

 それだけではない。

 アルダナリィ・シュヴァラそのものが、まるで金縛りに遭ったみたいに硬直しているのである。

 アラナシュがどれだけ念じても、アルダナリィ・シュヴァラ本体も、六本の腕も、ぴくりとも動かない。


「ハルシャ――いや、アラナシュだったな」


 ノスフェライドから流れたのはアゼトの声だ。

 アルダナリィ・シュヴァラに背を向けたまま、なおもアゼトは告げる。


「えらべ。リーズマリアの言葉に従って戦いをやめるか、それとも……」

「俺を脅しているつもりか? どういうカラクリかしらないが、この程度で勝ったつもりとは笑わせてくれる」

「ここで死ぬかだ」


 アゼトが言うが早いか、アルダナリィ・シュヴァラをすさまじい衝撃が見舞った。

 重力制御装置グラヴィティ・コントローラーを全開しても、いっこうに機体が止まる気配はない。


 なにか巨大な力に押されているのだ。

 ノスフェライドから放たれた膨大なエネルギーの奔流であった。

 斥力フィールドでも相殺できない桁違いのパワー。

 そのまえでは、さしものアルダナリィ・シュヴァラといえども、急流に落ちた木の葉にひとしい。

 

「やってくれる……だが、かえって好都合というもの……」


 アラナシュはあえて流れに逆らわず、ノスフェライドから間合いを取ろうとする。

 そこで六本の腕を集結させ、六腕四脚のアルダナリィ・シュヴァラに合体しようというのだ。

 三界聖王形態よりもスピードは落ち、攻撃の幅も狭まりはするが、そのぶん防御力とパワーはおおきく向上する。

 ノスフェライドが得体のしれない力を発揮したとなれば、こちらもパワーで対抗するまでだった。


「なにッ――――!?」


 刹那、アラナシュはおもわずうわずった声を上げていた。

 アルダナリィ・シュヴァラが再合体を開始したのを見計らって、ノスフェライドがその内懐に飛び込んできたのだ。

 むろん、合体中に攻撃を仕掛けられることはアラナシュも想定している。

 ノスフェライドの神速の踏み込みは、その予想をおおきく上回っていたというだけだ。


「おのれ、こしゃくな真似を……!!」

「ノスフェライドとの戦いが望みだったのだろう。なら、思うぞんぶん付き合ってやる」


 ノスフェライドの右腕が動いた。

 耳ざわりな破壊音が一帯を領したのは次の瞬間だ。

 かたく握り込んだ鉄拳がアルダナリィ・シュヴァラの胴体に深くめりこむ。

 内部構造を破壊されたためだろう。

 アルダナリィ・シュヴァラの全身から赤黒い循環液が噴き出し、翡翠色ジェダイト・グリーンの巨体をまだらに染めていく。


「ノ……スフェ……ライド……」 


 アラナシュは湿ったうめき声を上げる。

 ブラッドローダーが受けたダメージは、そのまま乗り手ローディにもフィードバックされる。

 バックラッシュ――究極のマン・マシン・インターフェースである神経接続ニューロ・リンク方式の負の側面だ。

 愛機が内部構造をめちゃくちゃに破壊されたことで、アラナシュも内臓破裂にひとしい激痛を味わっているのである。


 ノスフェライドは、そんなアルダナリィ・シュヴァラに追い打ちをかけることもせず、ただ超然と佇んでいる。


「まだ続けるつもりか」

「愚問だ。この程度でアルダナリィ・シュヴァラは倒れん。貴様こそリーズマリアもろとも殺してやる……!!」

「ハルシャもそう思っているのか?」

「ハルシャも、だと? なにか勘違いしているようだな。俺はでありだ。そこに区別など存在しない」

「……」

「俺はハルシャが望むことをやっている。裏を返せば、こういうふうに言うこともできるな。――俺のやっていることは、すべてハルシャの意思だ。優しすぎるあいつの代わりに、あいつを苦しめる敵を殺すことが俺の存在理由だ」

「俺たちはハルシャを苦しめたりはしない」

「だまれッ!!」


 アルダナリィ・シュヴァラはみるまに姿を変えていく。

 均整の取れた人型から、六本腕と四本脚をそなえた異形異類の怪物へと。

 巨体をそびやかせたアルダナリィ・シュヴァラは、ノスフェライドと真っ向から対峙するかたちになった。


「リーズマリアを殺さなければ、わがサイフィス侯爵家は最高執政官ディートリヒに取り潰される。そうなればハルシャはすべてを失うことになる。あいつをすべての苦しみから守るのが俺の役目だ」

「ハルシャはリーズマリアを殺すことなど望んではいないはずだ」

「だからどうした? いまはつまらん情に流されているあいつも、いつか俺が正しかったと理解する。あいつを虐げていた父親を殺してやったときのようにな!!」


 アラナシュが叫んだのと同時に、アルダナリィ・シュヴァラの機体がすさまじい熱を放った。

 六本の腕に蓄えられたエネルギーが機体を循環し、余剰のエネルギーが大気中に放出されたのだ。

 

 機械の鬼神は、四本の脚で力強く大地を踏みしめ、ノスフェライドにむかって重々しく一歩を踏み出す。


「お遊びはこれまでだ。――――ハルシャのために死ね、ノスフェライド!!」

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